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93 エルタゴスの朝日

大司祭大司祭ルナリアは、目の前にいる十三歳の少女と少年をじっくりと見た。

ベルーダが、孤児院の子供たちに試した結果、とうとう光の属性を得たと連れてきたのだ。


「ルナリア様の仮説が証明されました。彼らに傷を負わせて、魔核を飲ませたら、この通り光の属性を獲得したのです」


満面の笑みを浮かべて蕩々と述べるベルーダを見て、ルナリアの心はざわついた。

――一体何人に試したのじゃ? 少し暴走しすぎでは?

だが、ルナリアの口から出た言葉は心とは裏腹だった。


「よくやってくれたのう。そなたの熱心さが功を奏したのじゃな」

「はい、ありがとうございます。つきましては、前回の十歳の子供にも試すという提案を受理していただけませんか?」


ここでルナリアは、言葉に詰まる。


「……ベルーダ……」

「大司祭様のお考えは分かっております。そして心配も。でも、もしコタル ㇽッロのような濃い魔素が獲得できるとすれば、どうでしょう。そうなれば魔法世界の新たな夜明けとなりませんか?」


ベルーダの押しの強さに反対できないルナリア。

ルナリア亡き後、このベルーダが月の神殿の大司祭となるのだ。

ここで小さな行き違いや不和は避けたかった。


「もし、魔物に取り付かれたら……なんとする」


喉から絞り出すように、ようやく言葉を口にした。


「任せてください。サンクチュアルで行います。そうなれば、万が一ベスタとなっても処理可能です」


最早、なにも言いたくない。ルナリアは顔をそらし、ベルーダを見ることさえしなくなった。

そして、決定的な言葉を押し出す。


「……よきに、計らうがよい……」

「ありがとうございます。きっと満足いく結果を出して見せます。では」


ベルーダが部屋を出て行き、残された二人の少年少女はオロオロとし始めた。


「案ずるでない。これより其方らは、わらわの元で修行に励むことになったのじゃ」

「……はい、よろしくお願いします」


可愛らしい、よく響く声に、ほんのりと微笑むルナリアの目は悲しそうに曇っていた。


一方、ベルーダは意気揚々と街の孤児院へ来た。


「今度は十歳の孤児を選出しなければ」


実は、魔核は誰でも適合する。

ただ魔核から魔素を取り込む力が強いものが少ないだけなのだ。

有力者たちの子供にはすべて魔核を渡してはいたが、適合が上手くいき、成果を発揮するものは少なかった。

その中でよく適合できたエリートだけが神殿で修練を積むことが出来る。

神殿に来る事が出来るというのは素晴らしい名誉であり、出世の第一歩でもあった。


孤児院長は平身低頭でベルーダを迎え入れた。

エルタゴス国の月の神殿は国の中では一番権威があり、しかもそこのナンバー二となればなおさらだった。

孤児院長に連れられてきた、十歳だという子供たち。

大きいのもいれば小さな者もいる。


「この子、本当に十歳なの。十歳以下は返すわ」

「いえ、皆十歳で御座います。この子たちを引き受けていただければ非常に助かります」


揉み手をしそうな勢いで、孤児院長は愛想笑いをした。

ベルーダは、この男をじっと見る。すると孤児院長は脂汗を流しながら、三人の子を下がらせたのだった。

残った子どもたちに魔素を纏わせてみる。その後魔素を消すと、一人だけ魔素をほんわりと纏ったままの子を見つけた。


「見つけた! あなただけこっちへいらっしゃい。他の子は、ノビスになりたければ連れて行ってあげます。どうします?」


子ども達は口々に、連れて行ってほしいと縋った。

適性のない子ども達は、新たな働き手としてノビスの集落に預けられた。

ノビスたちは、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるだろう。彼らも同じように、孤児院や農家の口減らしなどでここへ来たのだから。


この世界は……魔法の国エルタゴスは豊かだ。

それでも貧困や孤児が出てくる。ノビスになれると言うのは、実は恵まれた子ども達だと言ってもいいのかもしれない。

コタル ㇽッロが異界へ戻ったと聞いたときには、相当取り乱したベルーダだった。


「なぜ私に断りもなしに戻った!」


ノビスが預かっていたというコタル ㇽッロの手紙を見て、頭が煮えかえるほど激怒した。

だが今は、新たな研究でその激情は消え去っていた。

ベルーダは、魔素を吸収出来そうな孤児を連れてサンクチュアルの一階層へ来ていた。

そこには採集人のパパスやぺぺも一緒にいる。


「いい? この子が万が一ベスタになったら躊躇なく消すのよ」

「……はい」


パパスもぺぺも結果を危惧している。

――こんな小さな子。絶対取り込まれてしまう。

彼らの手には禍々しく光る剣が握られている。


十歳の孤児は、何のことか理解していない。ただ自分は神殿で新たな素晴らしい生活を送れると思っているようだ。目は輝き希望に満ちていた。


「さあ、これを飲みなさい」


ベルーダに言われるがまま魔核を飲み干す。

初めはしかめっ面をした。ぺぺもパパスも覚えている刺激だった。

喉に刺さるような刺激だ。

子供は始めなんともないようだったが、しだいに目がうつろになり、そして変化した――ベスタに……。


彼らはサンクチュアルから戻ってきた。

皆それぞれ心が疲弊し、口数は少なかった。

ベルーダにとって初めての挫折。どうしていいか分からない。

今まで研究を長い間続けてきて、これなら行けると思った結果が惨敗だった。


「あの子……あの子の人生を終わらせてしまった……」


あの子供の笑顔が脳裏に浮かんできた。それは大きな喪失感を伴った。

自分は今までなにを求めていたのか分からなくなってしまったのだ。

採集人たちの冷たく無気力な目が突き刺さる。

今まで自分を母親のように見てくれていたパパスまでもが。


――私は一体なにをしてしまったというの?


ただただ、神殿をこれまで以上に大きく偉大にしたかった。それだけだったのに……。


ベルーダは今回の事に大きな喪失を感じた。喪失という言葉は適切ではない。彼女の実績には汚点などないのだ。前もって大司祭にも許可を取ったし、周りに危害を加えられないように注意も払ったのだから。

だが、彼女は自分の足下が消えてような喪失を味わったのだ。


「私のしたことは人として間違っていた?」


彼女はルナリアの元を訪れ今回の結果を報告し、その後、月の神殿を去ると告げた。


「そうかえ、決心は変わぬのか……それでは其方はエルタゴーの神殿へ行くがよい。しばし心を静め、落ち着いたなら戻ってまいれ」

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