89 ヌエタラの迷宮「天祖穴」
「ヴィṙタ・ブリṙṙオ」「ヴィṙタ・ベロṙṙス」
ヌアタラの異能たちは優秀だった。
俺の拙い教習でも、ちゃんとエルタゴスの発音と巻き舌が出来ている。
彼らには火と、水、それに風の適性があったようだ。
少しの訓練ですぐに、初級魔法が使えるようになった。
今練習しているのは身体強化と、速く走れる魔法。
無属性に属する魔法だが、これは意外と魔素の効率がいい。
俺は呪文など必要ないが、彼らにとっては初めて習う魔法だった。
ある程度身体強化が出来る様になれば、天祖穴に入って行く。
俺がこの間天祖穴に入ったとき、魔物が異常に多かった。
ダンジョンが出来て間もないため、魔素の揺らぎが不完全なのかもしれない。
それとも長く魔物を間引きしなかったからか。時間のズレがどれくらいか分からないので、何とも言えない。
このままでは魔物が階層を渡り、溢れ出て危険だ。
チュム師に相談したところ、すぐに魔物を殲滅せよとのお達しが降りたのだ。
天祖穴とは、サンクチュアルを示すヌアタラでの呼び名だ。
元天祖原の跡地に出来たためそう呼ばれたようだ。
この天祖穴の魔物はサンクチュアルとは違っている。
魔物は土地の記憶を吸い取って出来上がっているのではないかと、俺は考えている。
その他にも、獣を喰らい擬態する魔物もいるが、これは以前と同じだった。
ラヌビスは邪魔なので、俺の実家に預けてきた。
ヌアタラの水は軟水だから、俺が態々出してやる必要はないだろう。
置いて行かれると察してか、ずいぶんと吠えていたが、首に縄を付けておいたから、追っては来れない。
あいつも、皇のプライドくらいはあったのか、その後は大人しくしているよだ。
「あいつ、水以外は要らないと言っていたが、意外と何でも喰うんだな」
この間実家へ帰ってみたら、握り飯を上手そうに食っていた。
今日から三交代制で、天祖穴に潜る。
その際魔物を倒し、そして魔素の卵も持ち帰る。
この二つの簡単な仕事だ。
初めて潜る兵士達は緊張しているようだが、俺は黙って見ている。
異能にとって魔物は危険ではないからだ。
魔物は異能を怖がっているのか襲ってはこないし、戦意も見せない。
剣で何度か切れば、黒い水となって消えてしまう。
魔核を取り込んだ異能たちは、ある意味”魔物”と言えるのかもしれない。
「そうなると、俺も魔女たちも魔物……か?」
魔核を取り込むことで魔素が身体に馴染み、魔法の力が使えるようになるのだから。”魔の者”、と言うことだ。
「第一班は俺についてこい。残りの班は残って練習」
「「「「はっ」」」
俺は、この魔法兵達の部隊の長を任されている。
異能という言い方は最早使わず、魔法兵となった。
一階層はサンクチュアルと同じ砂漠だ。
広さも同じくらいだろう。その為皆の腰には水筒がぶらさがっている。
ここを一時間で走り抜け次の階層へは入ることになる。
階層の出入り口は、俺が前もって確認済みだ。
今日一班に教えれば引き継ぎも出来るだろう。
二階層に入ると、魔物がうようよいた。サンクチュアルでは考えられないほどいた。
このままにしては置けない。
「フグṙレンバルṙṙṙ・エルṙṙディアぁぁぁ!」
「うわぁああ、アフロṙスセレṙṙ・エルṙṙディṙア!」
焦った魔法兵たちが魔法を無駄討ちし始めた。
「こらぁーっ! 魔法なんか使うな。魔素切れで動けなくなったらどうする。身体強化をかけて剣で倒せ。分かったな!」
俺は大声で叱咤する。目の前に魔物がいれば、こうなるのが分かっていた。
初めてで緊張して、魔物も慌てて逃げていくのが見えていないようだ。
その後は落ち着いてきたのか、順調に剣で倒し始めた。
身体強化を掛けているために、三度切り込めば魔物は消えていく。
百体を超える魔物は、あっと言う間にいなくなった。
「さあ、次へ進むぞ。今度は人型がいる。心して進め」
「はい!」
俺は口ではこう言ったが、天祖穴にいる人型の魔物は苦手だった。
みた目が普通の人と変わらない。
やや薄らとしてはいるが、綺麗な着物を纏い、寂しそうな顔をしている。
始めて見たときは天女かと思ったほどだった。
だが、亡霊のような魔物たちはどこか焦点が定まらず、別のものを見ている。
日常を繰り返すもの。琵琶を奏でるもの。ぼんやりと宙を漂うもの。
戦士の魔物もいた。古風な鎧を着け、王と思われる魔物をけなげに守る姿に胸が塞がる。
ここにいる魔物たちは、古代天祖原の人々の”記憶”だ。
魔素はその記憶を喰って魔物化している――そう、おれは思っている。
哀れな記憶をこうして見せてどうしようというのか。
俺はむしゃくしゃして拳を振るう。目の焦点を合わせない。
決してまともに見る事はしない。
まともに目を合わせれば、きっと俺は膝をついて、無様にむせび泣くだろう。
「ここの魔物はあらかた片づいた。さあ、魔核の卵を集めて回れ」
俺はここの魔物を見ると疲れ切ってしまう。疲れなど滅多に感じないおれが、だ。
だから部下に指示をして、自らは動かなかった。
ここの魔物は、数日後にはまた復活し、同じ事を繰り返す。
俺にとって、神経が削れる仕事だった。




