88 第四部 変化したラヌビス
儂は一体どうしてしまった?
なんと、速く走れるようになった! しゃべりは、どうだ。
この世界の生き物の雌の言葉も、ちゃんと聞き取れる。
あれか! 魔核。あれを飲んだおかげか。あまりの刺激に喉が焼き切れるかと思ったが、こうなれたのは幸いだった。
不快に感じていた環境が普通に生きられる環境へと転じたのだ。
だがこの頃は水だけでは力が出なくなってしまった。
光太郎の目を盗み、食糧を盗み食いするのはどうにも釈然としない。
この際、奴に正直に明かすべきか。明かさぬべきか……。
痩せても枯れても儂は、皇。神とも呼ばれた存在だ。
食い物をねだる、というのはどうにも収まりがつかない。
儂は今、コウタロウの”親”という者たちの世話になっている。
忙しいコウタロウは儂をここに置き去りにした。水はどうするんだぁ!
儂は犬を装って、去って行く奴に大声でほえたのに、見向きもされなかった。
「ク~ン……」
この家の小型種が、儂の頭を撫でる。何という屈辱!
しかし、ここの水は飲める水だった。
のどごしが柔らかく、冷たく、甘露だった。
この小型種は、コウタロウの脇枝だろうか。妙に匂いが似ている。
しからば、”親”というのは、元木だろう。
儂らとは違う生態を持っている故、変換が難しい。
スパルタン国にいた頃は、儂の周りはすべて成長した個体だった。
小型種は見覚えがなかった。一千年あまりあの地を統べて来たのに、滅多に外へ行くことがなかった弊害だと思われる。
「ラヌちゃん。お手!」
なに? 手を乗せればいいのか? 簡単だ、ほい。
「ラヌちゃん、かしこいなー。えらいえらい」
「……」
喉をさすられ、耳をくすぐられ、頭を撫でられる。
「くっ、ク~ン」
コウタロウ、早く帰ってこい。儂を迎えに来んか!
儂の食事はなんと豆を煮たものと、塩辛い味噌汁というスープだ。
「こんな物、喰えというのか」
つい言葉が出てしまった。
小型種は一瞬かたまり、そして「すごいね」とあっさり納得する。
大丈夫か? それともこの世界には喋る犬が実在するのかもしれない。
だったら儂は、堂々と自分を出せる。
だが、暫くは様子を見ることにする。何事も観察してから結論を出す。
それが生き残りには最善の行動だ。
万が一、恐れられ、以前のように神に祭り上げられれば、また自由が無くなるではないか。
儂はもう、自分の世界へ帰るのは諦めた。
眼窩に埋め込んでいるエネルギー庫の中身は、もう空になってしまった。
本来の姿にも戻る事も叶わない。
この後、一生犬として生きていかねばならないようだ。
残り少ない寿命。この美味しい水と共に終われるのは良いことではないだろうか。
儂の残りの命が、たった百年しか残っていなくとも……。




