83 変化した聖域
俺は今、サンクチュアルに来ている。
パパスとぺぺも一緒だ。
俺がいなくなってから変化したという、サンクチュアル。
俺の異界、ヌアタラとの時間差はどうなったか……。
帰ってみないことには確認のしようがないが、
まずはこの目で変化を見て見ないことにはどうにも落ち着かない。
どっちにしても、今すぐにはヌアタラには帰れないのだ。
魔法世界エルタゴスに戻った目的がまだ完結していない。
サクラたちが今、急ピッチで写本してくれているそうだから、その間に魔核の卵を出来るだけ集めてベルーダに差し出せば、喜んでくれるだろう。
あと、一つだけベルーダに聞きたいこともあるし。
俺が、気を失った人の頭をのぞけるというのは、ベルーダが使っていた、”言葉を相手の頭に入れ込む”というのに似ていると思うんだ。
「その詳しい方法を知りたい」
俺の場合は受け身だ。相手の言葉が入ってくる。
だがベルーダのは”自分の言葉を流し込む”というものだった。
今、魔法の本を持って帰っても、エルタゴスの言葉で書かれた本を、俺の言葉に書き直さなければならない。
だがもし、エルタゴスの言葉を相手の頭に流し込めば、魔法の呪文をそのまま言わせれば良いだけではないのか?
俺の場合は巻き舌ができなかったせいで時間が掛かったが、ヌアタラの戦士たちは違った。
ちょっと教えただけで、初歩の魔法を発現出来たのだから。
俺たち採集人は、サンクチュアルの三階層の入り口をくぐった。
俺の目の前にはたくさんのベスタが徘徊して居た。
「ここ、四階層とそっくりだ。変化したのは三階層だったのか」
「違う、三階層が消えてしまったみたいなんだ。だからここは四階層で間違いない」
ぺぺが俺に不安そうに教えてくれるが――
ここは迷宮、ダンジョンだと思っている俺は――十分あり得るのでは?
そう思った。
迷宮という認識はこの世界にはないようだが、
前世で遊んだゲームでは何でもありだった気がする。
階層が変化するなど、些細な変化などありそうではないのか?
俺たちは四階層を隈なく探し回り、魔核を集めて回った。
四階層が変わったという感覚はなかった。
同じようにベスタと呼ばれる魔物はいるし、俺たちが近づけば逃げていく。
パパスが、ベスタを間引きしているのも同じだ。簡単に倒せていた。
魔核の品質も以前と変わってはいないようだ。
俺たちが集めた魔核は五十個にもなった。
ここにいる時間が長くなったからだ。
以前は三階層の空間の変化や気まぐれな時間の迷走があるため、すぐに帰らねばならなかった。
今はギリギリまでここにいることが出来る。
「三階層がなくなって魔核がたくさん採れる様になった。すごいんだぞ。余った魔核を孤児たちがもらえるようになれたんだ」
「孤児たち? 何で。金持ちの商人が欲しがるだろうに」
「……ベルーダ様の研究……だと思う」
パパスがボソッと言った。
ベルーダは研究熱心だ。
俺の話を聞き、低い年齢の子供に魔核を試したいのだ。
彼女は危険だと言っていたが、俺の体験を参考にして試すのだろう。
だけど、俺の場合は、前世の記憶がある。そのせいで子供でも自我がしっかりしていたと思う。
普通の子どもには、危険だという事実は変わらない。
ベスタに変わってしまった子供を、殺さねばならなくなる。
ベルーダに、俺には前世の記憶があるというのを話した方が良いのではないか?
おかしな体験だが、隠しているつもりもなかったのだから。
今まで話したことはなかったけど、それは誰も信じないだろうと思っていたからだ。
俺たちは採集した魔核をベルーダのところへ持って行った。
「まあ、たくさん集まったのね」
「ベルーダ様。俺、話があるんだけど……」
「え、そうね。私も君に話したいことがある。執務室で、話しましょう」
執務室で二人きりになった。
俺はまず、ベルーダの研究について聞いた。彼女は詳しく話してくれた。
「孤児を実験材料にしているのは、本当よ。でも十三歳からの子供に限っている。大司祭様からも止めろと言われてしまったから。安心して」
俺は疑いの目で彼女を見たが、これ以上は難しい。低年齢にはやらないと大司祭様に釘を刺されたのなら、態々俺が言うことでもないか。
その後、彼女は俺に変なことを聞いてきた。
「あなたが初めて魔核を飲んだとき、もしかして、怪我をしていなかった?」
「え、どうだったかな……あの頃は何時もあかぎれや傷が絶えなかったような気もする――そう言えば足を捻挫していたな」
「やっぱり! では、魔核を飲ませるとき、どこか傷を付ける必要がありそうね……」
それ以上は黙り込んで考え込んでしまったベルーダ。
俺は仕方なく、執務室を後にした。
「小さな傷ぐらいは、いいかもな。ベルーダ、あまり暴走しないで欲しいよ。何かあったら処罰されてしまうぞ……」
心配だが、俺にはどうしようも無い。俺はヌアタラへ帰ってしまうんだから。




