78 おかしな犬
気づくと、俺は柱に縛り付けられていた。
腹の部分が、雑にロープでぐるぐる巻きにされている。
上を見上げると、柱が中程から折れて隣のミズンマストに寄っかかり、敗れた帆がぶら下がっていた。
「服がびしょびしょ……ヘ、ヘックシュッ!」
垂れた鼻水を肩で拭いぼんやりと考えてみる。
――俺が気絶している間になにが大変な事が起こった……皇の船から攻撃された? いつ……?
何も覚えていない……。
「俺また魔素切れ……で、気絶したんだな……」
俺の盛大なくしゃみで、振り向いた船員がこっちに走り寄ってきた。
「おお。気が付いたか、まったくひでぇ目にあった。以後こんな事するんじゃねぇぞ分かったか!」
すっげぇ睨まれて頭をゴツンと叩かれてしまった。
……俺がこの状況を作ったってことか。
船は辛うじて動いているものの、あちこち壊れ、船員たちが走り回って応急処置をしている。
あの風の魔法はもう使えない。多分、以前のように魔法が暴発したんだろう。
せっかく覚えた極大魔法なのに……俺には魔法は向かないようだ。
巻き舌もできないし……不器用すぎるんだ、俺は。
船員は、ぶつくさ言いながら俺の拘束を解き「飯でも食ってこい」と乱暴に尻を叩く。
俺がやっちまったってことだ。飯を食ったらベルーダに謝ってくるか。
申し訳なくなって、肩を落しながら船室へ降りると、俺の寝床に犬が寝そべっていた。
「なんだぁ、この犬、どこから来た」
いつからいたんだこの犬。図々しく俺の寝床を占領して。
犬はちらりと上目遣いで俺を見て、また寝入ってしまう。
仕方がないので、寝床の上にハンモックを新たに吊って、俺の寝床の確保をした。
濡れてしまった服を急いで着替えて犬をひと睨みし、それから船室を出た。
その後ギャレーに行って、食いもんを受取り甲板へ戻った。
甲板では船員たちも飯を持ち寄り車座になって食事を取っていた。
「コタルㇽッロ! こっちへ来い」
呼ばれた俺は、ホイホイと船員たちの間へ入って座り込んだ。
俺の手には固いパンと塩漬けの魚のスープ。そして薄いワインが握られていた。
他の船員たちは、豆のスープとパンそしてオリーブオイルも持ち寄っていた。
俺はオリーブオイルを分けてもらい、パンに付けて食べる。
豆のスープの方がよかったかな、と横目で見ながら魚のスープをすする。
「で、皇の船は港へ帰った?」
俺が質問すると船員たちは、一様に哀れみの目で俺を見る。
――何だよ。何かあったのか早く教えてくれ。
「コタルㇽッロ! お前のヘンテコな魔法で、俺たちみんな死ぬとこだったんだぞ。皇の船なんかどっかへ吹っ飛んじまったさ」
「エッ」
「そうだぞ、お前の魔法がとんでもないのは分かったから……いいかっこすんじゃねぇ。今度やったらぶん殴るからな!」
そうか。あの風の魔法は本当にとんでもないものなんだ。
暴発したんじゃなかった。威力が、大きすぎたんだ。
しつこい皇に頭にきてしまって、つい、ぶっ放してしまったが、何にも覚えていないのはダメだ。
また魔素切れになってしまったようだ。
切実に、中間の魔法が欲しい。だけど俺には無理かもしれない。
俺はしょぼんと項垂れる。
「あ、デルード……さんは?」
「ああ、船長室で話し込んでる。後で行ってこい」
よかった、デルードは皇に掴まらなかった。このまま、一緒にエルタゴスへ帰れるんだ。
胸のつかえが取れて、気持ちが浮き上がった。
食事の片付けを終え、寝床で着替えようと船室に降りると、犬が、俺がせっかく吊ったハンモックに寝そべっている。
俺は少しムッとするが仕方がないと諦め、今まで犬が寝ていた寝床を手でささっと払いのけた。
「犬はのみがいるからな!」
当てつけに大声で嫌みを言う。
一瞬犬は、俺を睨んだ……?
その後、犬は鼻をクンクンさせ俺の匂いをかんでいる。
俺の機嫌を取っているようだ。
「お前、腹減ってんだろ、何か持ってきてやる、待ってろ」
またギャレーへ行き、ふと考える。
「犬って、食べさせちゃいけないものってあったっけ?」
コックの親父が、黙って手渡してくれたのは、ワインで薄めた水とネズミの肉だった。
「これって犬に飲ませてもいいのか?」
俺はその水を自分で飲み干し、魔法で新たに出してやる。
「デルㇽㇽㇽ」
何度か繰り返し、水は深皿いっぱいになった。
「あれ、魔素が減った感じがないな」
デルードが言った言葉――砂漠では水の魔法の威力が落ちる。
俺の水魔法が威力が増したのは、周りが海だからだろう。
水を続けて出しても気分は悪くなかった。
犬のところに戻り、水とネズミの肉を床に置いてやる。
犬は飛び降りてきて水をガフガフ飲んだ。
でもネズミの肉はお気に召さないようだった。
「何も喰わないと元気でないぞ」
犬はチラリと俺を見て、また寝そべってしまった。
今度はハンモックには上がらず、元の寝床へだ。
俺はフーッとため息をつき、船長室へ上がっていった。
船長室にはサクラの司祭たちもいた。
狭い船長室の床に座り、デルードとベルーダが頭を寄せ合って話し込んでいた。
俺が入って行くとぱっとこちらを見て、もの言いたげな目つきで睨んでくる。
俺は、目を泳がせ「へ、ヘッ」と愛想笑いをして、縮こまってぺこりと頭を下げた。
「済みませんでした。余計なことしてしまって……」
「本当にそうよ。でも結果オーライ。後は帰還するだけよ。寄港地について船の修理があるけど、その後はエルタゴスへ帰れるはず」
「コタルṙṙッロ。君のお陰で印が消えた。礼を言う」
「え、よかった。じゃあ、皇は死んだんだね」
「そうだ。メルカ神官が行動を起こしたんだと思う。なんとか間に合ったよ」
「サクラたちは?」
「大丈夫よ、大司祭様が治せる欠損だわ。あまり酷いと、大司祭様でも無理なのだけれど、これなら大丈夫よ」




