72 奪還
ケムは自宅から、全財産を持ってきている。
俺のやりたい事を何となく察していたようだった。
幾ら場末の娼婦に落ちたとしても、身請けとなると大金がかかるという。
客の足下を見て、吹っ掛けてくるというのだ。
「コトゥルは、我の護衛のふりをしていろ。何があっても口を開くな。お前の言葉は、まだまだだからな。外国人だとすぐにバレてしまう」
「分かった」
薄汚れた布の覆いをはねのけ娼館の中へ入ると、五人ほどの女たちがこちらを一斉に見た。
「あら、お客さんよ親父さん!」
「へい、へい」
奥から五十がらみの小男が顔を出す。
「いらっしゃいませ。どうですかい? ここにいるのでよかったら、三十ビラでよござんす」
「いや、他のを見せてくれ」
「おお、これは砂漠の民の旦那。砂漠の民の娘は今いないんでげす。他のでよければ何人かご用意出来ます」
「そうだな、エルタゴスから来た女がいい」
「おおー、います……ですが、ちょいと事情がありまして、客は取らせられねぇ事になっていまして」
「そうか、だが見るだけなら良いだろう。見せてくれ」
「……へい、仕方がないな。ちょっと奥まった場所にいますんで、こちらです」
奥へ通された。そこは暗く窓も小さく格子が組まれた木枠だけがあった。
部屋は十畳ほどで、魔女たちは床に座ってぼんやり宙を見ていた。
俺たちが入ってきても反応を見せない。
すべてを諦めきった人の姿があった。
「おい、お客だ、きちんと座って挨拶しろ!」
女たちはゆっくりした動作で座り直し、上半身を折り曲げるようなお辞儀をする。
女たち――魔女だったサクラたちは、皆痩せこけ手足に力が入らないように見える。
「ちゃんと喰わせているのか。ずいぶん痩せている」
「へい、この女たちは、王の怒りに触れた者達でして、舌を切られておりやす。だもんで、流動食しか食えない。いくら食わせたくっても、身体が受け付けないんでやんす。のどに詰まらせて、一人、肺炎で死にやした」
「……」
俺は声が出そうになった。 わけの分からない大声を……。
ここにいるやりきれなさを心の底から吐き出したかった。
だけど、堪える。ケムの邪魔をしてはダメだ。
拳を握り、奥歯を噛みしめギリギリと歯がきしむ音を立てた。
誇りをもぎ取られ、生きる希望すら見いだせない。
ただ日々をやり過ごし、死を待つのみ。
「この女たち、なぜ客を取らせられないんだ?」
「え……上からのお達しでして、死ぬのは構わないと言われておりやすが……寝覚めが悪くってね。何でも魔女だっていうし。こっちも困っているんで」
「そうか、なら死んだことにすれば良い。我が買ってやっても良いぞ」
「へぇ、酔狂な旦那だ。へ、ヘ、でもね、こっちもそうなるとヤバい橋を渡ることになりやす。安くは売れねぇな」
「ほほう、我に向かってたいそうな口を利く。お前、命を大事にしろよ」
「……あ、そ、そうだ。一人二十ピラ、そ、そう、それでよござんす。どうせ手間がかかってしょうがなかったんで、ヘ、ヘ」
俺はケムにいわれて重い袋を懐から出し、手渡す。
ケムはそこから数枚の金を取り出して、また俺に袋を持たせた。
袋の重さは殆ど変わらない。
この軽くもならない袋に対しても怒りが吹き上げてきた。
不思議なものだ。人間の命がこの袋の重ささえないとは。
ケムの全財産だ。少ししか使わなかったのはよかったことだろうが、それでも俺の怒りはまだメラメラと燃え続けていた。
俺は、ケムにいわれてロバと荷車を調達してきた。
荷車に女たちをそっと乗せる。軽すぎて、一気に五人でも運べそうだ。
だが、一人ずつ優しく丁寧に、そっと降ろす。
女たちは無抵抗だ。ただされるがままだった。
ロバにひかれる荷馬車。
その後ろを俺はついていった。
ケムの家に着き、奴隷のセトに流動食を作ってもらう。
俺は一人一人に、スプーンで掬って食べさせた。
一通り食べ終わった彼女達に、エルタゴスの言葉で話しかけた。
「サクラの司祭様。俺は元ノビスの採集人をしていた、コウタロウというものです。これからエルタゴスへ帰りましょう。そして大司祭様に治してもらいましょう」
そう言った途端、女たちは一斉にこちらを向き目を輝かせ、泣き出した。
オウオウという言葉にならない叫び声がいつまでも部屋にこだましていた。




