70 囚われ人
デルードが出て行って一時間。まだ間に合う。
神殿の門を抜け、走り出そうとした瞬間、声を掛けられた。
デルードだった。
「来ると思ったよコタルㇽッロ。よく無事でいてくれたな」
「デルード……さん。今の話はどういうことですか」
「まあ、少し大変な事になっていてね、私も困っている……少し歩きながら話そう」
俺たちは川の畔に向かって歩き出した。
歩きながらデルードは今まであったことを端的に語った。
彼は、攫われて船に乗せられ、俺より先に港に下ろされていた。
そのまま真っ直ぐに宮殿に連れて行かれ、そこで異形の王と謁見した。
「王は私を見て喜んだよ。今まで、サクラ神官を攫っては来たがすべて女性だった。その為、力がない魔の使い手だと思い込んでいたようだ……本当は女性の方が力が有るのにね」
「では、攫われた人は他にもいるということか!」
「ああ、私も話には聞いていたが、五、六人消息が途絶えたとは聞いていた。まさか自分も攫われるとは思ってもみなかったよ」
「俺たちを担いで船までよく運んだな。俺、気を失ってほとんど覚えていなかったけど」
「私は途中で気が付いた。男が十人いたが、薬を塗った針を刺された。君にもだ。その後は……船で目が覚めた」
あの船の中で少しだけデルードと話をしたけど、その後の記憶がないところを見ると、薬を盛られていたのかも知れない。
「俺には治癒があるのに……どんな薬だったんだろう」
「治癒か。珍しいスキルだね。まだほとんど知られていないものだ。大司祭様が使えるけど、他にはいないんじゃないかな。この地には、毒とは言えない薬があるのだろう。私は知らないものだ」
デルードは始めサクラたちを救出するつもりだったが、王の考えを知るにつれ、諦めざるを得なくなったという。
「王がこれからしようとしていることは、この国を去ること、だそうだ」
「去る? 自分の国から?」
「王は――この世界の外から、突然落されてきた異物だ。王の他にも四人いたそうだが、今では死に絶え、彼一人になってしまった。この世界では彼はあまりにも異質すぎる。帰りたいと思う気持ちは分かるが、私達とは相容れない考え方をする生き物だ」
そう言って河の彼方を見たデルードは、悲しそうな目をしていた。
「王は犬みたいな見た目?」
「君、いつ見たの?」
「謁見の時、影が映ったんだ。だからそうではないかと思った。彼の世界では皆あんななのかな」
「そうみたいだよ。だからここに落されたときは戸惑っただろうね。でも、王は不思議な力を持っている。魔素とは少し違う……私には分からない力だ」
獣人の世界か。長く生きる孤独。異世界で独りぼっち……苦しいだろう。
それでも、この世界を蔑ろにしてまで自分を通すということは、この世界の人を踏み台にしても構わないと考える生き物、ということなんだろう。
王たち――以前は五人いた異形の生き物は、力を持ってこの国を制圧してきた。
今は、ただ一人残された異形の皇。そして彼は、故郷へ帰ろうとしている。
その為にこの地の魔素を吸い上げ、異界の扉を開けようとしているのだろう。
「異界の扉……デルード。僕の異界は、この星の中にあるのだろうか」
「星? 世界は真っ平らで星とは天に輝く物だよ」
ん? なんだか変だ。
もしかして魔法の世界の認識はずいぶん遅れているのか……それともこの世界は本当に真っ平らなのか……
頭の悪い俺には理解できない。
でも、ここはサンバラ国と同じ星にある世界だと仮定したら、歩けばたどり着けるのか???
穴はただの転位陣、転移ホール? だったのか?
頭の中がグルグルして痛くなってきた。もう止めよう。考えてもどうしようもないことだ。
「ピラミッドなんてもう放っておいて、デルード。サクラを救出してさっさと帰ろう。それが一番だ」
「ぴら……? なんだかよく分からないが、君に言われるとそう思えるから不思議だ」
だが、デルードには大きな問題があった。
王から不思議な術を掛けられて、逃げ出すことができないのだという。
「君に託したい。どうかサクラたちを救い出して一緒に逃げて欲しい。私はここに残るよりほかない……どうせ王がここからいなくなれば、術は解けるのだから」
「デルードにも外せない術って……」
「成り立ちが根本から違うようだ。月の満ち欠けから力を受ける我らの魔。そして日の光を根源にした不思議な紋……」
難しすぎて分からない。
今は、俺に出来ることをするしかなさそうだ。




