69 デルードの叛意
ここに来て半月が経つ。
時間が飛ぶように感じるのは、俺が焦っているせいだろう。
護衛たちは仕事らしい仕事がなく、漫然と日々を過ごしているのだから。
神殿には恐ろしい敵も盗賊も、怖い獣も入ってこない。
日々単調な観察という仕事をこなす神官達。
彼らはその後をついて回るだけだった。そして、俺も。
「コトゥル、其方、休みを欲しがらないな。ケムのところへでも行ってみたくはないのか?」
「え、休みがもらえるんですか?」
「……申請すればな。他の護衛たちと話し合って決めればいいだけだ」
知らなかった。そうか、護衛たちは、俺に気を遣っていたに違いない。
記憶喪失と教えられ、知り合いなどいないと考えたのだ。
ケムとは連絡を取りたかったのは事実だった。
早速、休みを申請し街へ出かける。
ケムは家にいた。
「ただいま、元気にしてたか」
「おお、休みがもらえたか。我も会いに行こうか迷っていたところだ」
ケムは、今、港を回っているそうだ。
帝国とエルタゴス国は国交はないが、それでも商船は行き来しているという。
帝国の産業である香辛料はエルタゴスでも珍重されている。
そして驚いたことに魔核も入ってきているそうだ。
「嘘だろう、魔核が……どうやって?」
「密輸だろうな。金が欲しい貴族は与えられた魔核を売り、それを買う帝国って筋書きさ。だが殆どの魔核は効果が無いそうだ」
期限切れの魔核か?
一年しか持たない魔核。そんな物を売れば信用を無くすだろうに。
「コトゥル、今来ている商船の商人が、お前を探しているようだぞ」
「え、商人の知り合いはいないけど」
「お前が懇意にしていた人が寄越しているはずだ。もう一人の男のことも聞かれたが、俺は知らないし答えられない。どうする、会ってみるか?」
会ってみた方がいいだろうか。連れて帰ると言われたら、俺は飛びついてしまいそうだ。だけどデルードを置いては帰れない。
きっと、ベルーダが心配しているはずだ。
無事だということだけでも伝えてもらいたい。
俺は手紙を書いた。
それもエルタゴスの文字ではなく、サンバラの文字で書く。
この世界では誰一人として理解は出来ない言葉だ。ベルーダを除けば。
ベルーダならこれだけで分かると思う。
俺が教えた言葉を、音字だとすぐに理解した人だ。
彼女は天才的な頭脳の持ち主なんだから。
”コウタロウ。デルード。無事。神殿”
「これをその商人に預けて欲しい。大丈夫、誰に見られても困るようなことはないから、安心して」
「ああ、任せておけ」
希望が見えてきて、俺の心に光が差してきた。
ケムには感謝してもしきれない。彼は俺のために港を回っていたようだ。
儲けにはならない仕事に変えてまで、足を運んでくれていたのだ。
神殿に戻ると、すぐにメルカ神官のもとへ休暇が明けたとの報告へ行く。
そこに、デルードがいた。
相変わらずデルードは、素知らぬ風を装っている。
何か考えがあるのだろうが、何となく不信感が芽生える。
――あいつは何を目論んでいる?
俺は定位置につき護衛の任務に戻る。
彼らは、大きな建造物の話をしていた。
「東西南北きっちり方角を合わせた四角錐の建造物――あれが、もう直ぐ完成します。この地には魔素が少なすぎる。宙からの魔素も取り込む必要があるということでした」
「そんなに集めて、生き物に悪影響はないのですか?」
「あります。ですが、そうしなければ、王が必要とする魔素は集まらないのでしょう」
聞かない振りをしても聞こえる。
――まるでピラミッドのようだ。宙の気を取り込む?
「人も生き物全般に言える事ですが、微量の魔素を身体に取り込んでいます。それがなければ、虚弱になり、作物は育ちにくくなるでしょう」
「私は、なんとしても止めたいのですが……」
「ではどういたしますか? 謀反でも起こしますか」
「……」
千年も生きるという異形に立ち向かうなど、一介の神官には無理だろう。
俺ならどうする? 縁もゆかりも無いこの国の為に事を起こせるのか?
それでも俺は、じっと彼らの話に耳を傾けていた。
「私はここへ無理矢理連れてこられました。私の国とここは国交がなく、しかもこの様な無体までされています。もし逆らえば、舌を切ると脅されました。このまま王の言う通りにしていれば、何れこの国は滅びる。私にとってはどうでもいいことなのです。でも、あなたはこの国の神官だ。決断されるなら、止めはしませんし、告げ口もしません」
「……」
「決心がつかないようですね……そうですか。では、私はこれで」
デルードは帰っていった。
「メルカ神官、今のお話は一体何のことですか」
「あ、君……いたのか……気付かなかった。そうだね、王が……いや、なんでもない。君は下がって。今日はもう休むといい」
俺はデルードの後を追った。




