68 スファルタン皇
王の御前に相まみえるときが来た。
俺はドキドキしながらメルカ神官の後に続き、
王宮の迷路のような通路を歩く。
王宮は思ったほど立派な建物ではなかった。
神殿の方が何倍も壮麗だ。
ここにもたくさんの布が使われてはいたが……。
布を多用するというのは、この国では富の象徴だ。
王の間は広く、奥の方に御簾代わりの布に遮られて、
王の姿はぼんやりした影が見えるだけだ。
しかも俺は、メルカ神官の側にもつけなかった。
このままでは、壁際にただ立って遠くから見ているいるだけになってしまいそうだ。
俺は目に力を入れ、小さな声で呪文を唱えた。「……デルㇽㇽㇽ」
御簾のような布の影がくっきり浮かび上がる。影は三つ見え始めた。
二つは立っている。一つが椅子に座っている。
椅子の上に浮かび上がる頭には耳のような形が見える。
影が横を向いた瞬間、鼻が突き出ているのが分かった。
――犬の……影。異形というのはこう言う事だったのか。
獣の顔の人型。
神殿にあるあの石像は単なる象徴ではなかった。
過去に、鳥頭の王もいたのかも知れない。
メルカ神官は布のカーテンの中で、長く話し込んでいた。
数時間過ぎた頃、男が二人連れ立ってカーテンから出てきた。
そのもう一方の男を見て、俺は思わず声を上げそうになった。
デルードだ。だが彼は俺には目も向けず知らん顔をしている。
――そうだ、知り合いだとは言ってはいけないんだ。
俺もすぐに平静を装う。
デルードとメルカ神官は連れ立って別室へ向かった。
俺はその後を付いていく。
彼らは一つの扉に入って扉を閉めてしまった。
そして部屋の外側入り口に陣取った。
皇宮では神殿と違い、扉があった。
密室で相談する必要があるからだろう。
ここは、国の中枢だから、当然のことだ。
彼らの話し声が聞こえてくる。ゴソゴソとハッキリしない。
だから俺は、耳に魔素を集中させた。「……デルㇽㇽㇽ」
――さっき試したら目がよくなった。耳だって何とかなりそうだ。
かすかに彼らの声が聞こえ始め、やがてハッキリ聞こえだした。
「こたびの御依頼はどう言うことかな。私には理解が及ばぬ」
「王は、エルタゴスにあるサンクチュアルと、同じようなものを作りたいと仰せです。私はそれに協力するよう要請を受けました」
「其方の国にある、あれを? 魔素もないこの国に?」
「はい、魔素は確かに少ない。しかしこの地にもあります。それを”集める場”をご所望です。今、建造が終盤に差し掛かっているあの巨大な施設が、それです」
「……狂っている……?」
「しっ。壁に耳あり……です」
「あ、は、は、そうでした。それで、魔素をどうやって?」
俺はその話を聞きながら、良いではないのか? 作ってしまえば。
そうすれば、エルタゴスに、今後ちょっかいを掛けられなくなるのではないだろうか。
などと気軽に聞いていた。
だが次の言葉を聞いた瞬間、耳を疑った。
「私が媒体となるそうです……」
――デルードが、……媒体? 媒体って、何だ?
呆然としているうちに話が進んでしまっていて、肝心の所を聞き逃していた。しまった! 俺はまた魔素を耳に溜めた。
「多分、魔素を集めれば地力が奪われ、土地が痩せてしまうでしょう」
「では無理ではないですか! いや、やってはいけない!」
「王は、それでも構わぬと仰せになりました」
「……」
その後、深刻な顔をしたメルカ神官が部屋から出てきた。そしてデルードも。
デルードはチラリと俺を見ただけで、反対方向を目指して歩き去った。
いつも口の軽いメルカ神官は、その日一言も交わさずに神殿に戻った。
俺はその日の仕事を終え、自分に与えれられた空間に寝転がる。
ここは岩をくり貫いた空間で一人一人に二畳ほどの空間が与えられている。
岩の狭い個室スペースに、小さな穴がいくつか開けられていて、物置代わりに出来る様になっていた。
ろうそくを立てる穴もある。だが、ドアはなかった。
側を誰かが通ればすぐに分かるし、隠れて何かすることも出来ない、そんな空間だった。
「何の為に王は魔素を集める? 魔核が欲しいのだろうが、そこまでする必要があるのか?」
魔法は確かに役立つだろう。ちゃんと使えれば。
俺のような中途半端なものなら、あっても意味はないのだし。
しかも王は年がいっているはずだ。今更卵を飲んでも意味はない。
子供に飲ませたいのだろうか?
「王に子がいるという話は聞かない……」
「コトゥル」
俺はビックリして飛び起き、天井に強か頭をぶつけた。
「何一人でブツブツ喋っている?」
「いや、別に……」
「王には子供はいない。確かにな。王はな、一千年生きているって言うぞ」
「……何だって……千年も人は生きられるものなのか?」
「だから、異形もそうだが、神と崇められているんだ。記憶がないお前は忘れているんだろうがな」
護衛の同僚は「飯に行くぞ」と俺を誘った。
他の護衛たちも、ぞろぞろと神殿の調理場へ連れ立って入っていった。




