67 神殿の仕事2
ケムは俺の肩をそっと叩き、そして帰っていった。
一人残された俺は、その場に跪いたままで、神官からの言葉を待つ。
「其方は、何処から来た」
この答えは慎重にしなければならない。何故なら帝国はエルタゴスを狙っている。万が一エルタゴスだと答えればどうなるか。
俺は、ない頭をフル回転した。そして出した答えがこれだ。
「気が付いたら、ここにおりました。以前の記憶は全くありません」
「……誠か? 確かにその様なことがあるとは知っているが……其方を見ても、どこの国の者とは予想が付かぬ、まあよい。私についてきなさい。これから、仲間となる者を紹介しよう」
この神官はまだ若いようだ。髪の毛をそり上げてしまっているので定かではないが、声の張りや身のこなしが、二十代前半ではないかと見える。
日占官としての位が低いのかも知れない。
初めこそ、物々しい態度だったが、段々と打ち解けてくると、物言いが砕けてきた。
「私は、今は通り一遍の日読みしかしていないから。護衛はいらないのだけども、ケムの顔を立ててやったのだよ」
そう言われたので、俺もこう答える。
「それはご迷惑をおかけしました。俺の仕事は本当は、ないということですか」
「いや、あるぞ。これからは一緒に地下にも行ってもらう。私は泳げないのでね。もし水に落ちたら助けてもらおう、ふ、ふ」
冗談なのか? ここは一緒になって笑うべきところなのか? リアクションに迷っていると、俺の仲間になるという人が住む区域に着いた。
そこは洞窟ではなく、広く空いた地上にも見えた。
よく見まわすと、周りは岩。
岩に囲まれた地上ということなのだろうか?
空は見える。口を開けながら見上げていると、一角の岩から声がかかった。
「新しい仲間ですかメルカ様」
岩には小さな入り口があったようだ。
そこから一人の大柄な男がしゃがみながら出てきた。
立ち上がると俺と同じくらいの背丈がある。俺は、この世界では滅多に見ない体格の男をまじまじと見てしまった。
「そうだ。私の護衛をしてくれる、コトゥルだ。十六歳だそうだから、色々教えてやってくれ、では」
※
俺の護衛仲間は五人いた。
十六歳から三十歳まで、すべて体格がよかった。
ここでは俺も普通に感じる。
毎朝、外の中庭――始めに見た岩に囲まれた空間――で、訓練をする。
剣の討ち稽古と体術だ。
どちらも得意な俺は、一目を置かれるようになった。
そして十メートルはある岩の上に飛び上がってみせると、ヤンヤの喝采を浴びる。
「コトゥール、すごいなお前は。どこで習った?」
「え、いや自然に……いつの間にか出来ていた」
そう言うと、哀れみを浮かべた眼差しでみれれる。
俺に、記憶がないという設定のせいだろう。
「その内に思い出せるさ。気を強く持て」
ポンポント肩を叩かれ、それぞれの神官の護衛へ向かうのだ。
俺も、メルカ神官の元へ向かう。
メルカ神官は黙祷をし、その後地下にあるプールへ向かう。
ぐるぐると岩に切られた階段を降りると、水が溜まった円形のプールがある。プールの水位の測定を記録する。それがメルカ神官の仕事だった。
「この塔の上には日読みをする神官が行くのだ。私も早くその任に就きたいものだ」
彼はこの仕事が好きではないようだ。
確かに地下はかび臭く陰湿な雰囲気が漂う。
水は黒く深く、今にも飲み込まれそうな不気味さが漂っている。
でも、すごく大切な仕事なのだそうだ。
水位が変わる時期、それはすなわち災害を事前に知る為の物でもある。
そして何時もの年よりも水位が低ければ、その年は飢饉の恐れあり、と予測できる。
僅か数ヶ月先のことであったとしても、国として対策が立てられるのだから。
「日読みとは実際何を見るんだろう」
俺がぽつりと呟くと、メルカ神官がニンマリとして、
「世界の未来と、魔素の在処を知ること」
魔素、魔素と言うことは、この地にもサンクチュアルのような場所があるということか。
俺の目が見開いたからだろう。彼は噴き出して笑いが止まらないようだ。
何がおかしいのか、と怪訝な顔をして訪ねると、
「本気にした? ふ、は、は、は」
何だ冗談だったのか。こいつ本当に食えない奴だ。
どこまで本気なのか、まったく予想が付かない面倒くさい野郎だった。
「君も変だと思うでしょう。でもこの国の王は本気で探している。大きな声では言えないけどね。王は”人神”と言われているし、見た目もまさにそうだ。でも私はどうにも気味が悪くてね。君にしか言えない。これは内緒だ、分かったね」
――人神……本当に天祖原と似ている。
王は見た目まで異質だという。滅多に姿を見ることが叶わないらしいが、メルカは見たのだろう。
俺がここに来る前は、メルカ神官は相当忙しかったらしい。
国の一大事業の仕事にも関わっていたそうだ。多分、あの巨大な建造物のことだろうけど、俺はまだ見ていない。
その仕事は、今は一人の異国人が受け持っているらしい。
――それってデルードのことだろうか。
ここに来ても進展がないことに、俺は苛立ちを覚え始めていた。
何年もここにいたら、異界へ帰ったところで知り合いは皆、死に絶えているだろう。
そうなれば、俺の“異界での存在意義”がもうどこにも残らない。
デルードの消息は、どうやったら掴めるのか。
そんな時、メルカ神官が王宮へ呼ばれることになった。
俺は護衛として同行する。
「王を見ることが出来る」
胸の奥がざわついた。
そして――デルードも、きっと王宮にいるはずだ。
彼は俺と違って、立派な魔法が使えるのだから。




