66 神殿の仕事
この国を支えている大河、ネロス河は大きな川だ。
幅は季節によって変わるという。
この河口に近い場所では、流れが緩やかで水は灰色に濁っていた。
今は雨期も終わり、水深は八メートルほどだそうだ。
農民たちが遠くまで一列に並び、腰に下げた袋から種を蒔いている。
その後ろを、若い農夫らが板をくくりつけたロバを引き移動していく。
あまりにも、のどかな光景にあくびが出そうになった。
俺もロバを引きながら、ケムと一緒に神殿への道を進んでいた。
「俺に出来る神殿の仕事って何だ? 言っておくが文字は書けないぞ」
「あはは、お前にそんなことは望んでいないさ。日読みの神官の護衛だな」
「日読み?」
「ああ、日読みをして、治水や季節の災い、植え付け時期や刈り取り時期。その他、国の未来を占うというのもあったな。兎に角、重要な仕事を受け持っている日占官は、狙われやすいんだ」
「ふーん」
ケムはよく分かっていないだろう、という風に俺を見て肩をすくめた。
「水が多すぎれば飢饉、少なすぎれば税が取れない。
星の巡りが乱れれば、神殿は民を鎮めねばならん。
日占官の言葉ひとつで、国が揺れることもある」
「ひせんかん……か」
ここの神官は殆どが男だった。
エルタゴスとは真逆だ。神殿にいたのは圧倒的に女性が多かった。
あの国では、魔素を操る力はなぜか女性に強く出る。
男性もいるが少数だった。
ここの男たちは女性よりも権力がある。
奴隷の値段も男が高めだった。
生活のすべてが人力に頼る社会構造のためだろう。
女性が珍重されるのは織物産業か……例の仕事くらいだった。
俺は、巨大な人型の石像に守られた大きな洞窟の前に立っていた。
人型の石像は五メートルはあるだろう。
顔は人ではなく、鷹に見えるが、何だろう?
「ここが日占官がいる神殿か?」
まるで仁王像が守る寺社のようだ。
世界は違えど、人間の考える事は一緒、ということか。
ケムも側にいて、何かを待っている。程なくして、門から黄色い腰布を着けた男が出てきて、俺たちを中に招き入れた。
ケムはロバをその場に繋ぎ、荷物もそこに置いていく。
俺はそれを、大丈夫かと身振りで伝えるが、ケムは頷くだけだ。
神殿で盗みを働く奴はいないのだろう。
ひんやりとした洞窟の中は、驚くほど洗練された造りだった。
天然の石をくり貫いて作られたのか、はたまた、どこからか運んで作ったのか。
どちらにしても、考えられないくらい手間と時間が掛かっているのが分かる。
石と石のつなぎ目はピッタリとくっ付き、刃一枚も入らないほど密着している。
「すごい技術だ。ここの建築は、街の建物とは別物だ」
サンダル履きの足音は、ひたひたと洞窟内に響いた。
広さが五メートルの通路を奥に進むと入り口に差し掛かる。
ドアがないそこには、薄布が掛けられ中が透けて見えた。
ここまで歩いてきて途中にあった部屋の入り口にもドアがなかった。
すべて布が使われている。
この世界で布はとても高価だ。異界でも同じだった。
それなのに縦横三メートルはある入り口に、たっぷりの布で覆いをしている。
神殿はそれだけ豊かということだろう。
奥から、「入れ」という声がかかる。
ずいぶん離れた処からの声だ。
布をくぐると広い空間があった。
三段ほどの階段があり、更に奥に空間が取られていて、そこには立派なテーブルと家具、そしてたっぷりの布とクッション。
目に飛び込んできた色彩の豊かさに、一時目が眩んだ。
俺たちは階段の下に跪く。ケムは膝を着いたまま上半身を投げ出すような格好で挨拶した。
俺も慌てて真似をする。
「ケムよ。其方が紹介したいというのは、その者か」
「は、この通り体格もよく従順です。砂漠の民ではありません。異国より渡りきた戦士で御座います」
「ふむ、よかろう、其方年は?」
「……十六歳です。コウタロウと申します」
「……コトゥルウ?」
やはり俺の名前は発音出来ないようだった。




