63 洞窟。
「ここには三ヶ月は居れるはずだ。雨期にはまだ月が満ちていないからな」
――三ヶ月もこんな処にいるつもりか!
冗談じゃない。俺はデルードを探し出し、そしてエルタゴスヘ返らなければならないんだ。
『俺は帰りたいんだ。港へ連れて行ってくれ』
身振り手振りを加えて話してはみたが、言葉は通じなかった。
「まあ、何を言いたいかは何となく分かっている。今出ていけば、俺たち奴隷を探す奴らに見つかってしまうだろう。三ヶ月もすれば、ほとぼりも冷めるさ。ここで少しだけ言葉を覚える時間を取れ。そうすればお前の国へ帰るにも役に立つぞ」
そう言われてしまえば言い返せなかった。
ここは洞窟の中だった。気温は一定に保たれ空気も循環している。
何より綺麗な水があった。
ケムによれば、この泉はとても深いのだという。
砂漠にも、地下深くには大量の水がある。しかし砂はその水を地下へと逃してしまうという。
ここには苔が生えていた。苔はふわふわしていて感触がいい。
その上に座り、ガサゴソという虫の気配があれば、俺は迷わずつかみ取る。
ケムはそれをみて顔をこわばらせた。
「サソリだぞ、死にはしないが刺されれば相当腫れて痛むのだぞ!」
『大丈夫さ。俺には治癒があるんだ。これ……食えそうだな』
俺の手にサソリが何度か尾を突き刺すが、チクッとする程度だった。
『デルㇽㇽㇽ』
俺の手に火が灯る。サソリを近づけ焼く。チリチリと音を立ててしばらくすると食べ頃になった。
『ケム、喰う?』
「ああ、もらおう」
言葉は、相変わらず通じなかったが、身振り手振りで何とかなるもんだ。
それからは喰えそうな虫やトカゲを捕まえては、焼いて食べた。
持ってきた食いもんは保存が利く。こののち三ヶ月、何とか食いつながなければならないのだ。
ここでは水はたっぷりある。身体だって洗えるほどあるのだ。
俺の髪はボサボサに伸びてきている。この頃は、薄らと髭も生えるようになっていた。
ケムの髭は黒くて立派だ。髪の毛も黒い。そして肌の色は紅茶のような色だった。
ここに来て一ヶ月もすると片言なら話せるようになった。
「ケム、りっぱ。ひげ」
「ああ、髭か。これだけは奴隷になっても剃られなかった。戦わせるのに悪役として丁度よかったんだろうな。これは俺の自慢だ。は、は」
ケムの持ってきた剣は、幅十センチ以上ある反り返った剣だった。
俺にも使い方を教えてくれる。
俺が持つとおもちゃのように小さく感じる。
ケムの身長は百六十五センチほどで、俺は百九十五センチはあるだろう。
頭一つ分以上大きいのだ。
洞窟の天井に頭がつかえてしまう。
そうしているうちに、いつしか洞窟を出る時期が迫ってきた。
「ここは水無川の辺にある洞窟だ。雨期が来れば水没する。出るぞ」
「ああ、食いもんも結構貯め込んだしな。水はどうする?」
「まあ、すぐに雨が降るようになるから大丈夫だろう」
洞窟を出れば、近くには獣はいるが、一番危険なのは人間だ。
ケムの話によれば、帝国の見廻り兵が危ないという。
見廻り兵は厳しく訓練された戦士で、帝国に絶対服従だ。
そしてよく砂漠の部族を襲って、女や若い男を捕まえ奴隷として売り、小遣い稼ぎをしているそうだ。
「そうか。俺も帝国の兵士に攫われて売られてきた。元はエルタゴスにいた」
「ほほう。エルタゴスは魔女の国だと聞いたことがある。お前の魔法はそのお陰だったのか」
「そうだ。勉強していたんだ。そこで……」
「まあ、詳しい事はいい。話してくれたとしても分からないしな。お前はそこの出身だったのか」
「……いや、もっと遠くだ」
洞窟を出て二十日後。海が見える場所に着いた。
小高い丘になっているその場所から見下ろすと、石造りの大きな街が広がっていた。
「スファルタン帝国の中枢、スファルだ。ここの王は半身獣人。神の化身だと恐れられている」




