62 その夜
「我には、十二歳の息子がおってなぁ……」
いつものケムの話が始まった。
俺は、手枷と足枷をそっと外す。周りにはぐっすりと眠り込んだ奴隷たちが十人ほどいた。
小さな天窓から月明かりが入って明るい。今夜は満月だと分かる。
『まずいか……俺は気配が消せるからいいが、ケムは無理かも知れない』
ごにょごにょと独り言を呟くと、ケムが俺の方を向いてそっと言う。
「お前も眠れないか。我もだ」
しばらく迷っていると、外が急に騒がしくなった。
――クソッ、今日はもう諦めよう。
通路をバタバタと看守たちが走り回っている。
違う音もするが……何だ?
うなり声、それも複数だ。
奴隷たちも起き出しざわざわし始めた。
ドアに耳を押し当てる奴までいる。
すると、鋭い悲鳴があちこちから上がった。獣だ!
獣が逃げ出して看守たちを食い殺している!
奴隷たちは怯え牢の隅に固まった。
俺はケムの手を取り、
『走れ!』
と、叫んだ。ケムも普段見せることない険しい顔をして俺の手を引き、こう言った。
「待て、もう少しだけ待つんだ。獣たちは今腹を満たしている。それが終われば武器を手に入れ、堂々と出て行けるようになる」
※
ケムの言った通りになった。
獣たちは腹を満たすと檻に戻ってしまった。
折角自由になれるのに……不思議なものだ。
ケムが、奴隷たちに話している。
「逃げたい奴は逃げてもいい。だが掴まるなよ。今度こそ殺される」
奴隷たちは銘々勝手に逃げ出した。
皆がいなくなってから、徐にケムは行動を起こした。
「クトゥル、これから看守の部屋へ行って武器を取ってこよう。そして着替えがあればもっといい」
看守の部屋には武器も着替えもあったが、俺に合う服はなかった。
「クトゥル、お前は我の護衛ということにする。何を言っても頷いておれ」
ケムは身軽に走り出し、二人とも誰何されることなく抜け出すことが出来た。
「は、は、金も手に入れたぞ。ここから砂漠はすぐだ。我の部族はもう無いが砂漠の知恵はある。クトゥル、ついてこい」
※
ケムは真っ直ぐ砂漠を目指した。
俺は何も知らないので付いていくしかない。
迷いない足取り。ケムは細長い窪地のようなところをひたすら歩く。
『こんなところに来て大丈夫なのか?』
俺は段々心細くなってきた。息子を亡くし、部族は散り散りになってしまったケム。頭がおかしくなっているのでは?
食いもんは大きな袋に入っているので心配ない。
看守は食いもんを貯め込んでいたのだ。
獣たちに与えるのをちょろまかしていたようだ。
『自業自得だな』
だけど問題は水だ。水を持ってくるにも入れ物がなかった。
革袋は獣にかみ切られてしまっていた。
俺の水魔法は拙い。コップ一杯分も出ないのだ。
デルードが言っていたことが思い出される。
――砂漠のようなところで水を大量に出せば、魔素が枯渇する。
あの魔法を放って気を失った俺は、魔素枯渇状態だったんだ。
こんなところで倒れれば命取りになる。
ケムは、ある地点で止まり、何やら空をみてまた歩き出す。
『何してんだ?』
砂漠の夜は凍えるような寒さだ。でも俺は案外と平気だ。
ほとんど裸だが、身体の中を熱が廻り寒さには耐性があるみたいだ。
ケムもちゃんとした服を着て、さらに白茶けた大きな布を身体に巻いていた。
俺にもその布を寄越したが、俺は着ないでただ肩に掛けているだけだった。
「さあ着いたぞ」
ケムがそう言ったのは、空がオレンジ色に染まりだした頃だった。




