60 第三部 プロローグ
俺は何でこんな処にいなければならない?
身につけている物は、下穿き一枚。足は裸足だ。
そして腕には鉄の手かせが嵌められ、自由が利かない。
足も同じく、五十センチの鎖が渡された枷が掛けられている。
暑くて、臭くて息が苦しい。
ドロドロに身体は汚れ、汗と土で髪の毛もゴワゴワ。口の中はカラカラだ。
「み、水……デルㇽㇽ」
手の平にコップ半分の水が出て、そのまま地面に落ちていく。
慌てて手にしゃぶりつく。何とか少しだけ喉に入った。
「ギュルㇽㇽッ」
目の前にいるこれは何だ。やけにデカいトカゲだ。
トカゲと俺は、丸く区切られた場所に押し込められている。
ここの奴らの言っている言葉はまったく分からない。
まだトカゲの方が分かりやすい。
こいつは腹が減っている。
俺を食べたいと――たぶん、しゃべっているんだ。
トカゲちゃんが、尻をフリフリしながら突進してきた。
大きく口を上げながら。
――こいつ馬鹿だな。あれじゃあ前が見えないだろう。
俺は高く飛び上がる。
周りの奴の、悲鳴とも罵声ともつかない歓声が地面を揺らす。
俺はそのまま足に力を溜めて、トカゲちゃんの頭を踏み潰す。
「グギュッ」
俺の足が貫通して、トカゲちゃんの頭に穴が開き、色んな物がどろりと出てきた。
ゆっくりと足を引き抜き、足を振って気味の悪い物を振り落とす。
その後、俺はその場で観客をねめ回す。
一瞬静寂が走り、その後また大歓声が巻き起こった。
※
「****トゥ、コトゥル**、*****ツ!」
――またこのパターンだ。
ベルーダがいないここでは、言葉を理解する術はかけてもらえない。
ここは、俺みたいなのが入れられている牢だ。
さっきの見世物で、生き残った奴らが、入る場所だった。
「るっせい! 何言ってるか分かんねえよ。俺の事、変な名前で呼ぶな! コウタロウだって何度言えば分かるんだ」
「コトゥル**」
こいつは、同じ奴隷仲間の……えと何だったか名前は忘れた。
兎に角、俺の後ばかり付いて歩く奴だ。
身体はそんなに大きくはないが、剣の使い手らしい。
年は三十歳は過ぎていそうだ。
俺の事を息子と重ね合わせているようだった。
飯の時間になると牢の小さな扉が開けられ、バケツに大量の汁物と器。
そしてなんだか分からない肉が、ぶつ切りで出てくる。
「さっき俺が倒したトカゲちゃんだろうな」
俺は食いもんに関しては文句は言わねぇ、食えるうちに食う。なんでも食う。それが俺が今まで生きてきた証みたいなもんだ。
奴隷たちにはそれぞれ特技があって、手かせや足枷がされていない者もいる。
この、俺にへばり付いている男もそうだ。
彼は剣の使い手だから枷はない。
俺も最初は枷は嵌められていなかった。
売られたとき、めちゃくちゃ暴れたせいで、こうなってしまった。
暴れたとき、後ろから何本かの矢が刺さった記憶がある。
多分矢には、薬が塗られていたんだと思う。
その後の記憶が曖昧だった。
でも実を言うと、この枷は、俺には簡単に外せる。
身体能力……強化か。それを使えばいいのだが……。
だけどここでは俺は異質な人間だ。
どこへ逃げても知られてしまう。
身体が異常に大きいし、顔かたちも、言葉も違う。
しばらくここで大人しくして、言葉を覚える必要がある。
そしてデルードを探しに行かねばならない。
あいつも売られたに違いないんだ。
サンクチュアルで意識を失い、気が付いたら船の中で、檻に入れられていた。
そしてデルードもいたんだ、あそこに。
「コタルㇽッロ。よく聞け。多分これは帝国の船だ。私達は拉致されて、帝国へ連れて行かれる。帝国の言葉を少し教えるから覚えておけ。何とかして君を見つけ出してやるから、それまで生き延びろ」
そうだ、生き延びてなんとかヌアタラへ帰らなければ。
こんな処に何年もいたら、父ちゃんや、チュム師は年取って……
クソッ! 何だってこうなっちまうんだ。
折角、魔法の本も読めるようになったのに。
これから帰って異能たちに教えてやろうとした矢先だったのに。
デルードに教えてもらった言葉も、今ではあやふやだ。
俺の頭は、今でもポンコツだった。
そのポンコツ頭の俺の額からは、未だに魔素の線が延びている。
真っ直ぐ、サンクチュアルのある方向へ。
そのさらに先には、俺の故郷の天祖国、更には父ちゃんが移住した、ヌアタラがあるんだ。
俺は遠く故郷の空を思い描き、心の中で祈った。
「俺が帰るまで、生きていてくれ」




