54 紙
ベルーダの執務室に招かれ、異界の話をせがまれる。
だが、その前に俺はベルーダに話しておきたいことがあるのだ。
「ベルーダ。サンクチュアルは、生きているのか?」
「……そういう説は、あるにはある。でも誰にも確かめることなどできない。なぜそんなことを聞くの?」
俺は今回感じたことと、どうやってここに来たのかを話した。
「穴との鼓動と一緒? そう……あなたには共感と、共鳴、そして浸潤までできるということなのね」
「そういう魔法……いや異能は知られている?」
「似たようなことは知られている。事実、私は浸潤が出来る。私の他にはもう一人いる。でも、まだ知られていない魔法が沢山あるはずなの」
ベルーダは椅子にもたれ、手を組み、落ち着いた口調で話し始めた。
この魔法の国、エルタゴスの成り立ちを。
エルタゴスは五百年前に出来たばかりの新興国だという。
それ以前は、地方に散らばる小領地に過ぎず、帝国に支配されていた。
今も、エルタゴスの周りには、国とは名ばかりの小さな領地が点在している。
帝国とは、五百年以前、この一帯を占領し支配していた南の大国のことだ。
内海を挟んだ南側に位置し、海洋を渡る航海技術に優れてはいたが、今は侵略はしてこなくなった。
――それはなぜか。
この地にサンクチュアルが”現れた”からだ。
以前あの山は、富士山のような円錐形をしていたらしい。
それが、ある日突然今の姿になった。
そして、サンクチュアルも同時に出来上がったのだという。
「昔はね、山裾に”魔核”が落ちていたそうよ。人はそれを拾い異能を授かっていた。でも滅多に見つからない貴重な物だった。そして、ベスタが多く出現もしていた。人々は恩恵と一緒に、災いも被るその山を、恐れもし、敬いもした。そこに”月の女神”を重ねて信仰の対象としていたの」
日本の山神信仰のようなものだったのか。
しかし、この山神には災いがついて回っていたが、今はサンクチュアルが覆い、災いを防いでくれている。
「信仰するのは当たり前、ですね」
「ええ、人間の力など蟻みたいなもの。自然には太刀打ちできないわ」
「五百年前から今日に至るまで、少しずつ魔法の解明が進んではいる。だけど、力のすべてではない。だから、あなたの異能――力もこれから知られていくかも知れないわね」
要するに、何も分からないということなのだ。
俺は、がっかりした。
だが、俺にはもう一つ、ここに来た目的があった。
「俺、魔法を本格的に覚えたい。ちゃんと体系立てた理論も」
「……ま、まあ、でもね、魔法はあなたには、難しくないかしら」
「自分が使うんじゃ無くって、教えられるようになりたいんだ。異界――俺の国には今、異能者が少しいる。だけど力の使い方が分からないんだ。宝の持ち腐れだろう」
「……まあ、この国に攻めて来る事が無いあなたの異界なら、教えても問題ないとは思うけど。魔法も使えなくてあなた、どうやって教えるつもり?」
俺は布袋から紙を出して、これに書いて持って行けば忘れないし、教える事が出来ると、力説した。
ベルーダは俺が差し出した紙を手に取り、訝しそうに見た。
一枚一枚確かめるようにめくる。そしてガバッと顔を上げ、
「コタルㇽッロ! あなたの異界の紙って、これが普通なの?」
「はい、商人やお偉い人達は皆使っています。他は文盲なので、持つ意味はないですが……」
「何ってこと……パピルスなんて目じゃないわ。こんなに薄いのに、滑らかで……こんな量……どれだけ価値があるのか分からない」
「いえ、それほどでも……」
俺は、ベルーダが何に興奮しているのかが分からなかった。
「何を言っているのあなたは。いいですか、この枚数を羊皮紙でそろえるとなるとどれほど厚みがあるか、しかもこれは軽い。素晴らしい。この作り方を教えなさい!」
「い、いや、俺は作れないし、作り方も知りません」
俺はベルーダの剣幕に押され、タジタジとなってしまった。
暫く考えてベルーダは、くいっと片眉を上げ得意そうに言った。
「あなたの話が本当なら、もう一度異界へ帰りなさい。行き来が出来るという事ですもの。一年くらい異界へいても良いわ。きちんと学んできて、紙の作り方をよ! どうせ異界の一年はこっちでは一ヶ月なんですもの」
「そ、そんな無茶な……」
折角こちらに来たのに、また帰るだなんて格好がつかないではないか。
何も学ばずに帰れば、皆になんて言えばいい?
それに、時間の流れが変わってしまった今は、長くはいられないのだ。
もしまた時間が変わったらどうなる?
兎に角、俺は頭を絞って思い出そうと躍起になった。
――確か和紙は、木の皮を剥いで作っていたような気がする。前世の記憶では西洋紙には”パルプ紙”というのもあった。パルプは木を細かく砕いて作るはずだ……何とかこれだけの知識でベルーダは納得してくれないだろうか。
「あ、あの。ベルーダ?」
「何? 帰る気になったの」
「いや、そうじゃ無くって……この国で、紙、のようなのは他にないのかな……って思ってさ、たとえば、木を細かくして、えーと、水に入れる? そして漉く……みたいな」
ベルーダは腕を組み、むーっと唸りながら考え込んだ。
「……無い事もないわね。たしかノビスたちが作っていたはず。荒くて粗末な包み紙が」
「おー! あるんだ。元から技術があるなら、何とかなりそうだ」




