51 静かな決意②
俺は、チュム師に話してみることに決めた。
「チュム師。俺、また魔法の国へ戻ります。そして、ちゃんと学んできます。そうすれば異能たちに教えてやれる。どうでしょう」
「……また戻って、確実に帰れるのか? 君が行きたいというのなら止めんが。親はどうする?」
「俺がいなくても、弟たちがいます。それに……今の俺では、チュム師の手伝いも碌にできない。これからのヌアタラを守ってくれる異能たちに、力をつけてもらいたい――そう思っています」
「そうか、この分では、三年、もしかすれば二年後に穴が開くだろう――君のやりたいようにしなさい。いや、是非とも学んできて欲しい」
俺は決意した。「行く……いや戻って勉強する!」
勉強なんて大の苦手だが、やればできる……はずだ。
その為には準備が必要だ。あの書きにくい獣の皮では無理だ。
サンバラ国が使っている、植物性の紙を大量に取り寄せる。
そして一瞬迷ったが、希少な木炭製の鉛筆もどき。
墨を固めただけの簡単なものだけど、筆よりも携帯に便利だろう。
ペンは魔法の国にもある。
「他に必要な物はないか……」
数ヶ月掛けて準備をしたが、まだ何か忘れている気がする。
魔法の国にはなくて、不便だった物は……そうだ、耳かき!
「そうだよ耳がむちゃくちゃかゆくて大変だった。後は味噌と魚醤、これさえあれば鬼に金棒だ」
俺は、大切な紙を油紙に包み、布袋の一番上にしまい込んだ。
下には味噌と魚醤。その上には、ふんどしなんかの着替えが入れてある。
布袋の口をぎゅっと絞り、そこにも紐をつけて縛る。肩に斜めに掛けて見て、大丈夫そうだと納得する。
「……よし」
これで、いつ穴が開いてもいい。
父ちゃんにだけは話しておくことにした。
後で聞かされて心配かけりよりもその方が良いだろう。
母ちゃんに今から話せば……泣かれてしまうかも知れない。
実家へ戻り、父ちゃんと二人きりになった時に切出した。
「父ちゃん、俺……三年後、ここからいなくなる」
「……何でだ。また、サンバラの都へ行かされるのか?」
「違うけど、似たようなもんだ。でも五年したらまた帰れるんだ。それまで元気でいてくれる?」
「そればっかりは保証できねぇが……頑張って生き残ってみせるさ。お前の顔を見るためにもな……」
父ちゃんは、暫く俺と一緒に黙々と野良仕事をこなした。たまに背を伸ばし俺をじっと見るけど、何も言わず、また鍬を土に入れ始める。
俺も父ちゃんと同じく黙々と畑を耕した。
その日は暗くなるまで畑にいた。鍬を丁寧に洗い終わって、父ちゃんと目を合わせて無言で頷きあう。
――行ってきます。
その後、走って宿舎に帰った。
※
次の年、穴の見廻りをして、堅かった穴の塊が僅かに蠢くのが見えた。
「もう始まるのか……」
それからは一日二回、朝夕見廻り、出来たての卵がないか見て回る。
魔素を多く含み、飲めば異能の力が格段に上がるという卵。
三日に一個の割合で見つかる。
俺はすぐにチュム師に報告し、異能を授かる人選を急いでもらうことにした。
まだ死にかけの卵ができるには早そうだ。
一体この状態からどれくらいで穴が開くのか……。
「コウタロウでかしたぞ。これで予想がつきそうだ」
チュム師はそう言うが、俺は不安だった。
この分で穴の活性期が早まれば、毎年穴が開くことにならないか?
俺は考えた。
「俺がこの塊の中へ入って中からベルーダがしたように修復すればどうだろうか」
そうすれば、穴が開く時期を自分達で知ることができ、万全の準備出来るのではないか?
穴に手を翳すと、以前のような弾かれる感覚がない。
「なぜだ?」
じっくりと思い返す。
三個目の卵を飲んだ後、俺はどうなったか……何も試していなかった。
「もしかして、あの三個目の卵の力?」
塊に手を入れてみる。すると手はするすると中へ沈んでいく。
「どんな力なのかな……同調……共鳴……シンクロしている?」
塊からどくんどくんと脈動が伝わってくる。
それは俺の鼓動と同じリズムを刻んでいた。




