36 木の皮の靴
ノビスの家は二十畳ほどの部屋と、入り口の側には二畳ほどの水屋があり、すべて土間だった。
水屋には、タイルストーブ(ストーブ兼竈)がありそこで煮炊きする。
生活空間になっている広い部屋の床には、敷き藁が敷かれている。
部屋の中央には、大きなテーブルと背もたれのないスツールが六脚備わっていて、そこで食事や作業をする。
壁にはアルコーブがあり、俺達の寝床として使われていた。
一畳ほどのアルコーブにはカーテンが掛けられて寒さを防ぐ造りだ。
そこにも敷き藁が敷かれ、毛皮や毛織物の掛け布団があった。
神殿があるこの場所は少し高地になっているため、里よりは寒い。
雪も少し降るが、極寒というほどでもなかった。
タイルストーブが石壁にくっ付いて設置されているため、熱が壁を伝って部屋を暖めているようだった。
煙は壁の中を通って天井に作られた煙突から逃がしている。
壁を触るとほかほかする。
この近くのアルコーブは温かいが、俺のアルコーブはここから一番離れている。
「俺は寒さは気にしないから良いけどな」
便所は、外に共同のが数基ある。
掘っ立て小屋で、大きな穴に足場となる木の板を渡している。
これが一杯になると土をかぶせて埋めてしまう。
違う場所に、また新たな便所を掘って使うそうだ。
俺の村とは違う。
俺の村では、ションベンと大便は分けていた。
便は肥やしに使ったり、ションベンは藁の山にかけて発酵させて肥料にしていた。だけど、ここではそういう使い方はしないようだ。
「土が違うのか、気候のせいか……何となく勿体ない気がする」
俺の住む家には、ノビスが五人いる。
交代で食事の支度や簡単な掃除なんかもする。
俺の役割は決まっていて、便所のツボの処理だった。
冬の間は、外に出るのがおっくうになるためツボに溜めておき、毎日俺が捨てに行く係だった。
匂いも慣れれば気にならなくなる。大体、村でも似たような生活だったし。
誰よりも早く目覚めるのは俺の特技みたいなもんだ。
ストーブに火を入れ、鍋に水を張っておく。
暫くすると先輩たちが起き出してきて食事の支度を始める。
その間、便器の中身を捨てに外へ出て行く。
外に出ればすっきりとした冷たい冷気が肌を包み込む。
深呼吸を一つして、便所へ行く。
ツボの中身を捨てて、側にある水瓶の水でささっとすすいで終わりだ。
俺がなんでも嫌がらずにやるためか、先輩ノビスに可愛がられるようになった。
「今日から森へ行く。コタルㇽッロも、連れて行ってやるぞ」
未だに名前の呼び方が変だが、もう諦めている。
――この際、コタウでもウッロでも良いか。
「森へ行ってウサギでも狩るのか」
「まあ、いたら狩るが――目的は木の皮だ」
「木の……かわぁ?」
俺が素っ頓狂な声を出すので、先輩ノビスたちは笑いながら俺の背中をどんどん叩いてくる。
――何が面白い?
俺は訳が分からないまま、彼らの後を付いて森へ入っていった。
ノビスたちの腰には、大きめのナイフがぶら下げてあった。
これは山刀だそうだ。刃渡り三十センチ幅七センチくらいのナイフだ。
俺にも渡された。腰の紐にくくりつけておく。
やや重さがあって、紐が引っ張られて位置がずれるし、歩く度にあちこち山刀が移動する。
歩きながら、何度も位置を直す仕草を見て、またノビスたちに笑われる。
森の端に着いた。これ以上奥へは行かないと言われる。
「コタルㇽッロ。この木に登れるか?」
俺は木を見上げ、造作もないと答える。
先輩たちは俺が木登りをするのを見たいのだろうか?
俺は一息にジャンプし、七メートルほど上にある枝の上に立った。
先輩たちは口をあんぐりと開け俺を見上げている。
俺は、先輩たちのアホ面がおかしくて、大声で笑った。
気を取り戻した先輩が俺に向かって叫ぶ。
「木の皮に切れ目を入れろ。内皮を取る作業だ」
そうかと納得した。木の皮を剥ぐ作業は村でもやったことがあった。
一度しか経験できなかったから、すっかり忘れていた。
村では、木の皮の繊維を使って服の生地を作っていた。
高価な物で、徴税として持って行かれる品だった。
この木は俺の村に生えているオヒョウと似ている。
先輩ノビスに”ニレの木”だと教えられた。
内皮をスルリと剥がした後は、樹皮を元に押し戻して上下を紐で縛っておく。
数年後には、内皮が再生して、また採れるようになるそうだ。
三十本ほどの木から内皮を採り終え、家に帰ってきた。
「作業が早く終わった。コタルㇽッロのお陰だな」
普段は木に登るのに時間がかかったらしい。俺の場合は一瞬だからな。
「で、これで高価な生地を織るんだろう?」
「高価は高価だが、これはサクラの靴になるんだ。春の祭事に履くためのな」
――靴だって! こんなぺラペラの皮で?
「すぐに破けてしまわないか?」
先輩ノビスは誇らしげに言った。
「だから毎年、おいらたちが作っているんだ」
「……毎年」




