32 アル・テミーラ神殿の司祭
「司祭様!」
「どうしたのですか、パパス」
「サンクチュアルの魔素が抜けかかっています」
「分かりました。すぐに対処します。べルーダ、貴方いってきて。ルナ・サクラから数人と、ノビスを補助として連れて行きなさい」
「はい、承知いたしました」
ベルーダと呼ばれた司祭は、ルナ・プリエステだ。
ルナ・プリエステは五名しかおらず、ベルーダはその三番目に位置する。
彼女は月の女神、アル・テミーラ神に使える司祭であり、魔の力を操る魔女だ。
司祭には明確な序列がある。
● 大司祭
● 月の司祭
● 聖職者
● 見習い(アコライト)
信者下仕え(ノビス)
ベルーダは六十歳だ。
月の司祭の中でも高位に位置する司祭である。
彼女は五人の男性ノビスと、サクラから選んだ女性二人を連れ、
魔素の吹き出し口があるサンクチュアル五階層へと向かった。
五人の男性ノビスは、この報告を持ってきた採集人だ。
「パパス、それにしてもずいぶん早く戻れたのね。いつもなら二日くらいかかるでしょうに」
「そうなんです、変なんでやんす。早く着いたのは、なぜでしょうか?」
「三階層が、変化……したのかもしれない。去年の修復の時も、どこかおかしかったのよ」
ベルーダは三階層に着くと、魔素の流れを読んだ。
「そうね……変化しているわ。空間の歪みが少し収まり、時間の狂いも減っている」
ベルーダ一行は急ぎ五階層を目指した。
途中の四階層には、ベスタの姿がほとんど見当たらなかった。
魔素が抜けきってしまっているのだ。
「でも、今回はパパスがすぐに気付いてくれたお陰で、修復が早く出来そうよ」
「へ、へ、」
パパスは、敬愛する月の司祭に褒められ、頭をかき顔を赤らめた。
まだ十八歳と若いパパス。
そして親のようにベルーダを慕っている。
孤児である彼に、親の顔は思い出せない。
そんな彼が、女性司祭を慕うのは無理からぬことだった。
そんなパパスを、一時哀れみの籠もる眼差しで見つつも、 ベルーダは毅然と振り向き、五階層に足を踏み入れた。
五階層は、サンクチュアルの心臓部だ。
他の階層よりも狭く、神殿の中に入るような神聖さが漂うところだった。
天然の岩が、まるで作られたような正確さで積み重なり、その中心部は大きな黒い球……五メートルはあるだろう。
普段ならこの球から絶えず魔素が滲みでているのに、今はどこかに漏れ出している。 手を翳すとやはりはじかれてしまう。黒い玉の不思議な性質だった。
去年の今頃も、ベルーダはこの球の修復に来ていた。
ベルーダは、魔素を練り上げ『ヴィタ・ṙṙルナ』と唱える。
すると、弾かれていた自分の身体が玉の中に溶け込んでいく。
黒い塊の中へ入ったベルーダは、魔素の流れを辿る。
目では何ひとつ見えない、完全な闇の中を、魔素の”感知”だけで慎重に探っていく。
「……ああ、ここね」
魔素が裂け、外へ漏れ出している“ほつれ”を見つけると、
ベルーダは静かに魔素を練り上げた。
続けて、漏出部分に手を向け、低く呟く。
『ヴィタ・ṙセラ』《吸収》
すると、ほつれから溢れていた魔素が逆流するように吸い込まれ、
ゆっくりと元の流れへと戻っていった。
最後は、ほつれに蓋をする作業だ。
『ヴィタ・ṙフェル』《封止》と唱えた。
ほつれはひたっと素早く閉じ、堅い殻のような魔素が上から覆いかぶさる。
黒い球の表面が滑らかに整って、そこからゆっくりと魔素がしみ出してきた。
作業が終わると、黒い玉の外へ押し出されるように、いつの間にか排出されていた。
「フーッ」
何とか修復を終わらせたベルーダが、付き人たちに声を掛けようと顔を上げる。
だが、ノビスや、サクラたちが立ちすくみ、怯えている様子が目に入った。
彼らの視線を辿ると……
ベルーダの足下には――見知らぬ若者が倒れていた。




