第一部外伝① ソク・タラ
「コウタロウ! 戻れ、コウタロウ」
あれは、吸い込まれてしまった。
その後魔物は黒い靄になって消え失せ遺跡の中心には、拳ほどの塊が堅く縮んで、まるで死んでしまったように見える。
ソク・タラは何度も振り返り、石のように変わってしまった穴を見るが、穴は、ピクリともしない。
彼は、後ろ髪を引かれる思いで遺跡を出た。
――脈動も、何もない。
触ろうとすれば弾かれ、取り出そうにも叶わない”穴”。
あれは、穴と言えるのか。黒い塊ではないか。
拠点では、怪我をした戦士たちや雑兵が、そこら中に横たわり治療を受けている。
若い側近が走り寄ってくる。
「チュム師、ご無事でしたか!」
「ああ、被害と死傷者の確認、報告せよ」
「は!」
執務室に戻り、側近から被害状況の報告書を受取る。
【被害状況報告書/第八十八回討伐隊】
一、死者 五名
所属:工兵二名、雑兵一名、クナイ・スレイ二名
一、負傷者 多数
重傷:十七名
中傷:三十二名
軽傷:五十六名
一、行方不明者 一名
所属:クナイ・トム
氏名:コウタロウ
状況:魔物消滅時、黒靄に巻き込まれ所在不明
確認者/ソク・タラ
一、戦闘経過(要約)
・異常な脈動を発生、魔物/約三百体
・対象、黒靄化し消滅
・中心部に拳大の硬質物を確認
付記:接触試行するも弾性反応あり、回収不能
確認者/ソク・タラ
※
「今回の討伐見事であった」
「……は」
「死傷者も微々たる数であったそうではないか。この後、暫くは穴も大人しゅうしておろう」
「はっ。今回の討伐で、穴に対処出来る見込みがつきました」
「おお、そうか。我は代々の王が成し遂げない偉業をなした、そう言うことだな。これは行幸」
「……王の御代が、この後も安寧であらんことを。ではこれにて」
王の御前を辞し、ソク・タラは、モヤモヤしたものが、身の内にわだかまるのを止められなかった。
「微々たるもの……か。我らの犠牲を、その様にお考えになるのだな」
負傷者の中には、手足がもぎ取られたものも少なくなかった。
それらの殆どが雑兵たちだ。
彼らは、穴討伐参加の報償として農奴から解放される。
しかし、あの身体を抱えてこの後どう生きていけるというのか。
コウタロウも農奴の出だった。いつも両親を気に掛けていたのに。
この知らせを聞けば、親は落胆するだろう。
だが、私には何もしてやることができない。
今回の死傷者が少なかったのは確かだ。
前回の全滅に比べれば……
それは、穴から溢れ出る魔物が前回よりも圧倒的に少なかったからだ。
その偉業を成し遂げたのは、コウタロウだった。
彼や遺跡に入れた者達が、魔素の元を地道に踏み潰してきたお陰だろう。
半死状態の魔物の卵を身体に入れれば、
靄の反発を気にせず遺跡の中に入ることができるのだ。
その大事な情報をもたらした立役者が、穴に飲み込まれてしまった。
果たしてコウタロウは、死んだのか……魔物に喰われてしまったのだろうか。
それとも、濃い靄に吸い込まれて魔物に変えられたか。
答えの見つからない、迷宮に陥ってしまったようだ。
ソク・タラは王により任を解かれた。
クナイ戦士たちは騒いだが、これはソク・タラの希望を叶えた結果だ。
クナイ・トム・チュムの称号は後進に引き継がれた。
今彼は、領地をもらい受け領主となった。
ソク・タラの、たっての願いで、遺跡一帯を彼の領地に認定したのだ。
この地は、元の天祖原だが今はどこの国にも属さぬ地だった。
彼はここに砦を作り、次の穴活性に備えているようだ。
ソク・タラは、今日も遺跡に踏み込む。
ソクタラを慕って付いてきた、元漕ぎ手のパヤン、雑兵から取り立てたムクンも、一緒に来ている。
彼らもコウタロウを探したいのだ。
「あいつは、生きている……きっと」
それからというもの、ソク・タラの領地は穴の対応に追われるようになった。
穴は、あの日から五年後にまた活性化したのだった。




