17 不穏な影
兵舎に平底船の青年が訪ねてきた。
父ちゃんに、金をきちんと届けたことを、わざわざ知らせに来てくれたのだ。
「ちゃんと届けてきたぜ、ほら、お前の父ちゃんからだ」
文盲の父ちゃんから手紙は来ない。
その代わりに、金をそのまま返してきたのだ。
俺は周りを気にせず大泣きしてしまった。
俺は無性に村へ帰りたくなった。だが、それは叶わない。
青年にお礼だと言ってその金を全額渡した。
また何かあったら助けてもらえる――そんな下心もあった。
それからは平穏な毎日が、意味もなく流れていった。
その年の冬、穴の視察隊が組まれることとなり、
俺はそれに参加させられることとなった。
※
俺は”穴”の視察と聞いて、心臓がはねた。
『穴はこの近くにあったのか!』
だが、サンバラから船で行くと聞き、二度驚く。
――一体何処へ行くんだろう。
港へ行くと、以前の商船と形が違う船だった。軍の船だという。
細長く、帆も小さい。
パヤン先輩が”ランチョン”だと教えてくれる。
「らんちゃん?」
「ぶほっ! ヒヒヒ、いいねぇそれ。そうだランちゃんだ。ランちゃんって呼べ。これからはな、くふふっ」
なにがおかしいのかよく分らなかったが、”ランちゃん”という船らしい。
三艘で船隊を組んで進むそうだ。
一つの船に十五人から二十人しか乗ることができない。
小ぶりな船だが、スピードが半端ないと教えられた。
細長い船体、風があれば風をはらんで進める。
漕ぎ手は補助のようだ。
パヤン先輩が持ち場に着く。俺達は漕ぎ手だそうだ。俺はまだ見習いだから漕ぎ方を習い、交代要員としてここに呼ばれたみたいだ。
身体が人一倍大きい俺は、この頃はどの隊員よりも目立つようになった。
年齢を聞かれるたびに、みんなが目を丸くする。
――来年は十二歳になる。
百六十センチあったゴンタを大きく追い越した。
俺の身長は百七十センチを超えてしまった。
俺は、先輩から少しだけ離れた場所にいるのだが、何せ体がデカい。
あちこちぶつかるし、邪魔になっている。
だから、この狭い空間で壁にへばり付くように、頭をかがめて立っているしかなかった。
皆は、順番にオールを壁の掛け木から取り外し、漕ぎ穴に差し入れ始めた。
場所が狭すぎるため、一斉にはできない。一人ずつ順番にだ。
最後尾に座った先輩がオールを漕ぎ穴に差し込んで位置に着く。
オールは四メートル近い長さがあった。
先がササの葉の形状になっている。
直径四センチほどの細長いオールは、ここから見ると、折れそうなくらい心細い。
前に座った漕ぎ手とは少し斜めに座るようだ。
掛け声が聞こえた。「漕ぎ方始めー!」皆が一斉に「おー」と応え、
「エッ」「ホッ」と声をそろえて漕ぎ出した。
一漕ぎごとに、船が前へ押し出されるのが分った。
商船と違い細長い船体。そしてやや小ぶりな船のせいなのか、
揺れがそのまま身体に伝わってくる。
――まずい、これ船酔いするパターンだ。
俺が腹に力を入れて耐えていると、パヤン先輩が振り向き「お前も漕いでみろ」と言ってきた。
狭い場所でなんとか身体をねじって座りこみ、
先輩の手の熱が残るオールを握った。
皆に合わせ俺も「エッ」「ホッ」と声を上げて懸命に漕いでいると、いつしか船酔いの気持ち悪さが消えていた。
俺は力の加減を教えてもらいながら、潮風を吸い、皆の動きに合わせて漕いでいく。
単調な動きが心地よく、船と一緒に呼吸しているような、不思議な一体感に包まれていった。
※
いつまで経っても疲れを見せない俺に先輩がボソッと言った。
「お前、みんなが言っていたとおりだな」
何のことかと聞くと、
「おかしな子供が入ってきたってな。疲れ知らずの怪我知らず。だとよ」
「……」
まあ、チートだしな、俺は。
一時間後「漕ぎ方、やめー!」と声がかかった。
皆一斉にオールをあげる。
ザザッと、波を切る音がして、皆がばたばたとオールを片付け始めた。
先輩は素早くオールの水気を拭いて掛け木に掛けてくれる。
「さあ、飯にすっか」
漕ぎ手たちが一瞬弛緩し、疲れが後から押し寄せたのが分った。
支給されたずた袋の中を見ると、乾燥した木の実や干し魚、米が入っていた。
皆は、それらをちびちびと口数少なく食べ始めた。
「これから何日くらいで港に着くの?」
「三日……くらいかな」
先輩の話を聞いて俺は不思議に思った。
北に向かっていると今初めて聞いたからだ。
北と言えば俺の故郷が在る場所に近いはずだ。
――村に近い場所に穴がある……のか?




