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17 不穏な影

兵舎に平底船の青年が訪ねてきた。

父ちゃんに、金をきちんと届けたことを、わざわざ知らせに来てくれたのだ。


「ちゃんと届けてきたぜ、ほら、お前の父ちゃんからだ」


文盲の父ちゃんから手紙は来ない。

その代わりに、金をそのまま返してきたのだ。


俺は周りを気にせず大泣きしてしまった。


俺は無性に村へ帰りたくなった。だが、それは叶わない。

青年にお礼だと言ってその金を全額渡した。

また何かあったら助けてもらえる――そんな下心もあった。


それからは平穏な毎日が、意味もなく流れていった。


その年の冬、穴の視察隊が組まれることとなり、

俺はそれに参加させられることとなった。



俺は”穴”の視察と聞いて、心臓がはねた。

『穴はこの近くにあったのか!』


だが、サンバラから船で行くと聞き、二度驚く。

――一体何処へ行くんだろう。

港へ行くと、以前の商船と形が違う船だった。軍の船だという。

細長く、帆も小さい。

パヤン先輩が”ランチョン”だと教えてくれる。


「らんちゃん?」

「ぶほっ! ヒヒヒ、いいねぇそれ。そうだランちゃんだ。ランちゃんって呼べ。これからはな、くふふっ」


なにがおかしいのかよく分らなかったが、”ランちゃん”という船らしい。

三艘で船隊を組んで進むそうだ。

一つの船に十五人から二十人しか乗ることができない。

小ぶりな船だが、スピードが半端ないと教えられた。

細長い船体、風があれば風をはらんで進める。

漕ぎ手は補助のようだ。


パヤン先輩が持ち場に着く。俺達は漕ぎ手だそうだ。俺はまだ見習いだから漕ぎ方を習い、交代要員としてここに呼ばれたみたいだ。


身体が人一倍大きい俺は、この頃はどの隊員よりも目立つようになった。

年齢を聞かれるたびに、みんなが目を丸くする。


――来年は十二歳になる。

百六十センチあったゴンタを大きく追い越した。

俺の身長は百七十センチを超えてしまった。


俺は、先輩から少しだけ離れた場所にいるのだが、何せ体がデカい。

あちこちぶつかるし、邪魔になっている。

だから、この狭い空間で壁にへばり付くように、頭をかがめて立っているしかなかった。


皆は、順番にオールを壁の掛け木から取り外し、漕ぎ穴に差し入れ始めた。

場所が狭すぎるため、一斉にはできない。一人ずつ順番にだ。

最後尾に座った先輩がオールを漕ぎ穴に差し込んで位置に着く。


オールは四メートル近い長さがあった。

先がササの葉の形状になっている。

直径四センチほどの細長いオールは、ここから見ると、折れそうなくらい心細い。

前に座った漕ぎ手とは少し斜めに座るようだ。

掛け声が聞こえた。「漕ぎ方始めー!」皆が一斉に「おー」と応え、

「エッ」「ホッ」と声をそろえて漕ぎ出した。


一漕ぎごとに、船が前へ押し出されるのが分った。

商船と違い細長い船体。そしてやや小ぶりな船のせいなのか、

揺れがそのまま身体に伝わってくる。


――まずい、これ船酔いするパターンだ。


俺が腹に力を入れて耐えていると、パヤン先輩が振り向き「お前も漕いでみろ」と言ってきた。

狭い場所でなんとか身体をねじって座りこみ、

先輩の手の熱が残るオールを握った。


皆に合わせ俺も「エッ」「ホッ」と声を上げて懸命に漕いでいると、いつしか船酔いの気持ち悪さが消えていた。


俺は力の加減を教えてもらいながら、潮風を吸い、皆の動きに合わせて漕いでいく。

単調な動きが心地よく、船と一緒に呼吸しているような、不思議な一体感に包まれていった。



いつまで経っても疲れを見せない俺に先輩がボソッと言った。

「お前、みんなが言っていたとおりだな」

何のことかと聞くと、

「おかしな子供が入ってきたってな。疲れ知らずの怪我知らず。だとよ」

「……」


まあ、チートだしな、俺は。


一時間後「漕ぎ方、やめー!」と声がかかった。

皆一斉にオールをあげる。

ザザッと、波を切る音がして、皆がばたばたとオールを片付け始めた。


先輩は素早くオールの水気を拭いて掛け木に掛けてくれる。

「さあ、飯にすっか」


漕ぎ手たちが一瞬弛緩し、疲れが後から押し寄せたのが分った。

支給されたずた袋の中を見ると、乾燥した木の実や干し魚、米が入っていた。

皆は、それらをちびちびと口数少なく食べ始めた。


「これから何日くらいで港に着くの?」

「三日……くらいかな」


先輩の話を聞いて俺は不思議に思った。

北に向かっていると今初めて聞いたからだ。

北と言えば俺の故郷が在る場所に近いはずだ。


――村に近い場所に穴がある……のか?





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