16 日常
サンバラ国に来て一ヶ月が過ぎた。
俺の毎日は、兵舎の掃除から始まる。
食堂で飯を食い、訓練場で棒を振り回す。
そして走り込みだ。
ここには俺達の他にも、サンバラの農奴の子等も来ている。二百人はいる。
彼らと校庭みたいなところに整列して、教官の真似をして棒を振り回す。
問題は走り込みだ。
俺にとっては歩いているようなものだった。
八百メートルトラック。
それを何周もするんだが、皆は三周もするとへたり込んでしまう。
俺は、そこで一旦立ち止まり、オロオロしてしまうんだ。
幾ら走っても疲れない俺、どうすればいい?
ちょっとだけ悩んで、皆の真似をしてその場にしゃがみ込む。
「おい、コウタロウ! お前、まだまだ余裕だろうが!サボってないで走れ」
バレている。
教官にはなぜか分るらしい。
俺は頭をかき、許可が降りるまでずっと一人で走り続けることになる。
訓練は夕方近くまで続きその後は、水浴びだ。
石けんが支給されていて、それで身体と服を洗うんだが、他の子らは、この石けんで肌が荒れるらしい。
俺はそんなことがなかった。
訓練で傷ついてもすぐに治ってしまう。
――俺の身体って……。
一番の楽しみは、何と言っても食事だ。量はたっぷりある。
幾らでもおかわり自由だった。
濃いめの味付けは、訓練で汗をかくからだと説明された。
細長い米。鶏のガラで取ったスープに、僅かに浮いている肉。
たっぷりの野菜。
食後のお茶もあるが、これだけは苦手だった。
前世でも飲んだことがあるジャスミン茶だ。
俺は香水のような匂いがある茶にどうしても違和感があった。
だが、皆が、旨い旨いと言って飲むので、仕方なく口をつける。
サンバラ国は豊かな国だと実感する。
農奴は茶など滅多に飲めない。
茶は採れていたが、すべて村長に治める決まりだった。
天祖国で茶が採れるのは俺の村ともう一つの村だけらしい。
北に位置する天祖国は、お茶が育ちにくいのだろう。
食事にしてもそうだった。いくらでも食べれるなんてすごいことだと思う。
※
それから暫くして、俺は兵舎の部屋を移動させられた。
二年前にここへ来たグループと一緒に訓練させるためだ。
俺はそこでも一番背が高かった。
この子らの中に、俺と同郷は二十人いて、同じ村出身も二人いた。
ゴンタとつるんでいた子らだった。
彼らとは、こっそりゴンタのことを話し合ったりもした。
「”穴”は三十年くらいは安定しているんだと」
「そうだ、おいらたちは魔物とは戦わなくっていいんだ」
彼らは――ここにいれば腹一杯食えるし、解放されれば農奴でもなくなるから、と話していた。
たった数年の違いで、生死が分かれてしまった。
――ゴンタは運が悪かった。そうだよな?
親たちは子らには、詳しく話さなかったが、子らは知っている。
ゴンタは"名誉の死”なんかではないことを。
そして何れ自分達も、ゴンタと同じ道を辿るのではないかと、
心のどこかで、恐れてもいるのだ。
※
一年が過ぎ多その年の夏。
暑さで皆がぐったりしている中、また俺の処遇が変わった。
見習いというこれまでの立場から、”クナイ”という階級の新兵に取り立てられることとなった。
クナイというのは戦士階級では最も下っ端だが、給料が出る。
俺は初めてもらった金を父ちゃんに届けてもらうため商戦の知り合いを訪ねた。
あの平底船で出会った青年の船員だ。
「ああ、いいぜ、丁度これから行くところだ」
無事に届けてもらえるだろうか?
だが、信用するしかない。
クナイの戦ごろもには、階級を示す印がある。
モンペのようなズボンをはき、上は着物のような襟袷せの単衣。
それを細帯で締めるのだが帯の色が黒から緑、赤、黄色と変わっていく。
俺の帯はもちろん黒だ。
黒と言っても漆黒ではなく、薄茶けた黒だ。
この上に簡易な胸当てや篭手などをつけるのだが、夏は蒸れる。
頭にはてっぺんがとんがった形で革ででできている。これを見ると俺は、三角コーンを思い出してしまう。
正式な戦士になれた俺は、訓練のほかに仕事ができた。
宮殿の門番や神殿の門番など、新兵にはそれぞれ役目が割り振られるのだが、俺の受け持ちは夜の見回りだった。
「コウタロウ、お前やけに夜目が利く。夜の見回りがいいだろう」
いつ知られのか、上官にそう言い当てられた。
夜の見回りは二人一組で行われる。
腰に小型のラッパをぶら下げ、あやしいものを見つけて手に負えそうもないとなれば、携帯しているラッパを吹いて助けを呼ぶ。
だからラッパには色んな合図があるのだ。
和ラッパに似た造りですごく難しい。何度も教習を受け、何とか吹けるようになった。が、おれがラッパを吹くとなぜか周りは噴き出してしまう。
ぷわぁああー。
という間の抜けた音がツボにはまるらしい。
吹くたびに、相棒が肩を震わせて笑いをこらえる。
ラッパは俺には難しすぎた。




