119 さよならではなく……
船はエルタゴスの港に着いた。
短い船旅だったが、収穫はあった。中でも、ケムと再開できたのは嬉しかった。
ベルーダが落ち着いたらケムの所へ行こう。
ラヌビスも、魔女たちから離れてホッとするに違いない。
治癒の魔法陣はベルーダが研究し、もっと安価に誰でも使えるように開発していくことだろう。
俺の手は離れた。
もとより、俺が発明したものではないしな。
ラヌビスの治癒の波形を書き写しただけだ。
あいつは、もっとすごい知識を持っているだろうが、俺はもう聞かない。世界が自然に、自分達で見つけ出していくものだ。
ラヌビスの種族たちは、今もどこかを漂って居るだろう。
彼、若しくは彼らは知識を見つけ、静かに見守り記録していくだけの存在なのだそうだ。
「そこに意味はあるのか?」
などとは思ってはいけないのだ。それが彼らの生き方なのだから。
ノビスの集落へ行き、ラヌビスを預けようとしたら、ラヌビスが、
「儂をサンクチュアルヘ連れて行け」
という。
「なんでだよ。せっかく帰ってきたんだから、ゆっくりしよう。この間、魔核をたくさん取ってデルードにやったんだ。まだ、余裕があるはずだ」
「……コウタロウ。儂はサンクチュアルで、やらねばならんと思っておる」
「何を……?」
「黒い玉は、失われた記憶、知識を求めておる。これ以上彷徨わせては危険であろう?」
「そうだけど……どうやったらいいのか分からない。俺の手には余る……」
「お前がやる必要はない。これは、儂がなさねばならぬ」
ラヌビスの決意は固い。何かあれば助けたい。俺には力があるんだ。
速く走れるし、怪力だし、自己治癒だって使える。
呪文を唱えれば、風の極大魔法だって使えるのだから。
万が一、黒い玉が襲いかかってきたら、迷わず力を使おう。
サンクチュアルにはパパスやぺぺも居て一階層を走っていた。
「おーい。パパスー!」
パパスたちが走るのを止め立ち止まってくれた。
「コタルルッロ! 何で俺たちに挨拶しないで行ってしまった!」
パパスが怒鳴ってきた。
「え、異界へ戻ったときは、置き手紙をしたろう?」
「それじゃぁ無い。今回帰ったとき。すぐに街へ行って帰ってこなかっただろう。おいらたち、待っていたんだぞ」
「ああ、わりぃ。用事があって、ベルーダに急いで会いに行った」
「ベルーダ様は、帰ってこられるのか!」
「うん、もう少しかかるけど、こっちへ帰るって言っていた」
「……よかった。すごく心配してたんだ。おいらたち……」
「何で犬っころを連れているんだ。コタルルッロ」
「こいつか……勝手に着いてきた。気にすんな」
「ベスタに変わっても知らんぞ」
「大丈夫だ。俺が付いている」
それからは一緒に第三階層を目指す。元の四階層だ。
そこに着くと、いつものように魔物がたくさんいる。
ぺぺたちと一緒に魔物を間引きながら、魔核を採取する。
「もうこれくらいあれば十分だ、コタルルッロ。戻るぞ」
「ああ、俺はまだ用事があるから、先に帰ってくれ」
「……異界へ戻るのか?」
「いや……少しだけ用事を済ます。それだけだ」
「そうか、だったら帰ったら帰還祝いをしてやる。ちゃんと戻れよ。いいな」
「分かってるって。じゃあな」
俺とラヌビスは、最下層を目指した。
最下層の入り口をくぐると、そこに黒い玉がある。
五メートルの半球の玉。
ギラリと黒光りし、中身はどろりと蠢いていた。
魔法の呪文を唱えなければ、弾かれてしまうだろう。
「ラヌビス。これをどう始末する?」
「儂がやるから、見ておれ。お主に教えておこう。お主たちが集めている魔核。あれは変質したエネルギー。元木にとっては病巣だ。それも儂は取り込んだことになる。お主に無理矢理飲まされたものだ」
「……悪かったよ。でもああしないと連れていけなかったんだ」
「ああ、理解している。責めているわけではないのじゃ。知ってもらいたいだけでの。お主ら異能たちはこの黒い玉から見れば、同じ病巣だと認識されている。だから、魔物も襲ってこなくなる。ちゃんと、理解したか?」
「……何となく……」
「まったくお主は、頭が悪くて叶わん!」
「なんだよう。酷いな。俺が頭が悪いのは前世からだ。生まれ変わっても変わらなかった、俺の資質だろう」
「馬鹿が、資質と言い切るお主が哀れじゃな」
そう言ってラヌビスは木に姿を変えた。
木のラヌビスは、黒い玉に吸い込まれてしまった。あっと言う間だった。
「ラヌビスー!!!」
慌てた俺は黒い玉に入ろうとしたが弾かれてしまう。
呪文を唱えて、もう一度入ろうとしても……ダメだった。
黒い玉の表面が、ぎゅっと固まってどこからも入り込めそうになかった。
以前のようなギラリとした光は消え、ただの硬い石に見える。
俺は黒い玉の前で呆然と立ち尽くした。
「俺はどうすればいい? ラヌビス。何の為にここに俺を連れてきた」
ただ吸い込まれただけにしてはおかしい。
ラヌビスが自ら吸い込まれたように感じた。態々木の姿に変わって……。
俺はそこに数時間座り込んでいたが、何も変わりが無かった。
その後、サンクチュアルをあとにし、一人でとぼとぼと神殿に戻った。




