117 滅びの狭間
「儂らの同族はここの種族よりも体力的に劣っておる」
ぽつり、ぽつりとラヌビスが語りだした。
ラヌビスは元木から離れて、元木の世話をすると言う特別な役割を与えられたのだという。
木の知的生命体で、集合意識を持つというのは、俺には想像できない。
だが、基本的に彼らは大人しく自分達だけで完結していたんだろう。
敵などいない世界で、ひたすら知識だけを求め、内側だけに関心を持って生きていた。
「元木が……不調を訴えた。儂ら世話役は元木のすべてを見て回った。見つけたのじゃよ。根が半分腐っておった」
ラヌビスたちは、腐った根を切り取り、これ以上病気が広がらないように治療していた。
病巣を切り取れば、またそこから新たに健康な根が生えてくる。
切り取られた根は靄となって消えていく。
その作業の最中に、切られた根に巻き込まれて、ラヌビスたちはこの世界に落ちてきた。その話は以前聞いて知っていた。
「儂らはこの次元に来た時、皆、怯えておったんじゃ」
生きるために……生き残って故郷へ帰るために、彼らは考え行動した。
その結果が、スファルタン帝国という形を持ったのだろう。
”故郷という元木”へ帰りたいという執念。俺にも理解できる。
こうして聞いていると、どこにも悪意など見つけられない。
彼らは、一所懸命生きてきただけで、誰も悪くないのだ。
ただ、生き残るために行動し、その結果、今がある。
「儂がやってきた結果、多くの種族が消えてしまったのじゃな」
ラヌビス、そして消えかかっている島の原住民。
どちらも規模は違うが、希有な美しい種族だ。
一方は滅び、一方は大きくなっていく。
それは生存競争の世の中では、倣いなのだろう。
俺は何も言えずただ、ラヌビスに寄り添い、話を聞いてやった。
最後にラヌビスは訳の分からないことを言った。
「根は、どこまでも知識を求めて彷徨い続ける……」
次の日、ベルーダが気炎を吐き俺たちの尻を叩く。
「コタルルッロ! 治癒の魔法陣が足りない! 急いで書いて頂戴」
「羊皮紙に書いたんじゃないのか?」
「これも五,六回使えば脆くなってしまった……もし、実際に神殿で使うとなれば、かなり高価な物になるでしょう。でも、今は彼らを治すのが先よ」
ラヌビスがピッと身体を伸ばした。
尻尾で俺の足に合図を送る。パタパタと俺の太ももを叩いてくるのだ。
「あ、そうか。分かった。すぐ書くけど。俺は一人で籠もらないと集中できないんだ。紙とペンをくれ。えーと、ペンは十本? 欲しい」
「十本も……あなた力を入れすぎじゃない? 非効率よ……でも、まあいいわ。用意はできます。待っていなさい」
俺たち、ラヌビスと俺は、ペンと羊皮紙を抱え小屋に籠もった。
「コウタロウ、お主はインク壺を持っておれ。こぼさないようにな」
そう言って木の姿に変わったラヌビスは、五本のペンを持ち羊皮紙に向かって鬼人の如く書き出した。
治癒の波形が綺麗に完璧に書き上がっていく。
食事も取らず、ひたすら書き続け、五枚の治癒の魔法陣が出来上がった。
島の原住民であばたになってしまった者、三十人の治癒が終わった。
三日後ここを去ることになる。
「私、月の神殿へ帰ることに決めた。魔法陣をさらに完璧な物にするために」
ナナも島で暮らすことになったし、彼女の責任は、月の神殿にあると確信したのだろう。
俺たちは島の北側、商人の街へ移動した。
商人の待ちに2日だけ宿を取って見て回ることにした。
「帰りの船がくるまで観光でもしていらっしゃい」
ベルーダに言われ俺たちは街へ繰り出した。
賑わう店や大きな倉庫を縫うようにして歩き回る。
大きくはないこの島の中に、ビッシリと立ち並ぶ白い建物は、すべてこの島で採れる石で作られていた。
この建物の要の部分はこの島の原住民が携わっているという。
「すごい技術だな。彼らには是非生き残ってこの技術を継承してもらいたい」
隣を歩くラヌビスは黙って着いてきていた。
肉を挟んだパンの屋台に立ち止まり、金を払っていると、俺の肩を叩く者がいた。
振り向くと、そこには懐かしい、ケムの姿があった。




