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114 再会

「コタルルッロ、君はなぜ黙っていなくなったのだ」


ここを抜け出して数年経っていた。

魔法の本を抱え、ラヌビスも連れて抜け出したのだ。

あの時の俺は、とにかくヌエタラのことが心配で溜まらなかった。父ちゃんやチュム師に会えるかどうか焦っていたのだと思う。

今、俺は……逃げてきた。

ラヌビスが、スパファルタンの皇だったというのも関係はしているが、それは後付けの理由だ。

今回はここに骨を埋めると気持ちを切り替えている。

どこまでデルードに打ち明けるか。俺は悩んだ。


「デルード。ベルーダはどうした。ここにいないと聞いたが」

「ベルーダ様といいなさい。彼女は今、エルタゴスの街エルタゴーの神殿長を務められている。ご自分でお決めになられたのだ」

「ふーん。すごいね、出世したと言うこと?」

「違う! ここにおられれば、次代の大司祭アルキプリエステになられるお方だったのだ……それが」


デルードの話はこうだ。

ベルーダが孤児に魔核を飲ませ、ベスタに変わった孤児の子供を始末せざるを得なくなった。その結果、彼女は責任を感じ心を閉ざしてしまった、というのだ。

俺にも似たような経験があった。チュム師に言われて十二歳の少年たちに魔核を与え、魔法兵にした。

あの時は慎重に何日も子供の話を聞き、心の成長を見て確かめ、それでようやく魔核を与えた。

ベルーダは急ぎすぎたのだ。功を焦ったのか?

次代が決まっているのなら、そんなことはないはずだ。

彼女の研究熱がそうさせたに違いない。


「ベルーダは、もう研究してはいない?」

「ああ、今は孤児や……ナナの世話をしている」

「ナナ?」

「病気になって目が見えなくなった少女だ」

「……病気で……」


大司祭様の治癒でも治らなかった目の病気とは、どのようなものだろう。

欠損まで治してしまう治癒の魔法なのに。


「デルード。俺、新しい治癒の魔法をベルーダに見て欲しかったんだ。会ってくれるだろうか」

「ベルーダ様、と呼びなさい。君には会ってくれるかも知れないな。行ってくると良い。もし会えたら……月の神殿は今もベルーダ様を待っている、と伝えてくれ」


俺はラヌビスに街へ行くと伝える。


「儂も行こう」

「え、ここにいればいいじゃないか。ああ、発電機か、ここに置いていく」

「……お主、ベルーダとやらに治癒の紙を見せるのであろう。儂にも確認させてくれ」

「相手は君が嫌いな魔女だぞ。いいのか」

「……魔女でも、儂のことは知らないのだろう? 大丈夫だ。大人しくしている」


 街まではゆっくり歩く。ラヌビスが付いてくることになったのだ。仕方がない。俺一人なら数時間もかからない距離だ。俺は大きな荷物を背負っている。これもラヌビスのものだ。彼は一日に一度充電をするようだ。

少しでもエネルギーが減るのが不安なのだろう。

前世、スマホの充電をまめにする知り合いがいたが、あれと似ている。

街は所々に小さな噴水がある水場がある。

そこでは生活の気配が漂う。女の人達が寄り集まり水を汲んだりチョットした洗い物をしている。

道は馬糞がまめに運ばれ綺麗に整われていた。


「いい街だよなァ。綺麗だし、空気もおいしい」

「そうか? 水は硬水で、空気には僅かに不純物がある」


まあ、そうだろうな。ラヌビスにとっては水も空気も死活問題なのかも知れない。彼の元の姿は”木”みたいなものだからな。

中心からやや離れた場所に神殿があった。

この街には各所に小さな神殿が設けられていたが、その中でも中くらいの規模の神殿にベルーダがいるという。

大きな神殿ではなくそこそこの規模の神殿へ入った。そこには何かの思惑、考があったのだろう。

門番はいないので、そのまま神殿へ入り、祭壇のある礼拝堂の奥まで進む。

年老いた男の神官を見つけ、ベルーダのことを聞いた。


「ああ、ベルーダなら孤児院の方へいます」


場所を聞きそこへ移動し、孤児院の中庭でベルーダを見つけた。

彼女は、緑色の髪をした少女に話しかけていた。


「これは点字。これを覚えれば文字が読めるようになる。あなたのためにたくさんの本を点字に書き直して上げるわ」


俺はしばらくベルーダとナナのやりとりを見ていた。ナナが手を引かれ建物の中へ入って行くまで。

その後ベルーダが建物から出てきたとき初めて声を掛けたのだ。


「ベルーダ! コウタロウです。お久しぶりです」

「……! コタルルッロ! 戻ったの?」

「はい。もうどこへも行きません。ここで暮らすことに決めました」

「まあ、どういった心境? 確かお父上が心配だとか言っていなかった?」

「もう大丈夫になったので……」


ベルーダは俺を彼女の執務室へ招き入れた。もちろんラヌビスも着いてくる。

ここは以前ベルーダが月の神殿で与えられていた部屋とは違い質素な造りだったが、ベルーダらしく、たくさんの本で溢れていた。


「さあ、お茶を入れたからどうぞ。話を聞かせて。あなたの世界、異界の話を」


ベルーダは変わっていなかった。相変わらず好奇心に溢れ、研究熱心だった。俺は大きく息を吐き、胸をなで下ろした。

まずは黙って逃げ出したことをベルーダに謝った。彼女は「うふふ」と笑い許してくれた。


「それで、あなたが見つけた新しい力とは?」

「治癒の力です。家、俺のではなくて、紙に書いた物です。どうぞ、見てください」


ベルーダは真剣な顔で一心に俺が書いた治癒の波形を見つめていた。

そして魔力を通してみたり指で波形をなぞったりし始めた。


「コタルルッロ。この小さく書かれた奇妙な文字は?」

「あ、それは漢字と言って、意味が複合している熟語、ですね」


俺の前世の文字だけどな。サンバラの文字には感じはなかったが、ここから異界へは行ける人間はいないだろう。


「あなたが教えてくれた異界の文字には無かった物だわ。本当に異界の文字なの?」


ヤベ、ベルーダは天才だった。


「あるんです本当は。それよりこれ、使うところを見てもらいたい。誰かいませんか?」

「……」

「危険はないです。父ちゃんにも使ったら、髪の毛がふさふさになったんです。本当です」

「では、私に使って見せて」


ベルーダは迷わず掌に深く傷を付けた。

俺は、この間のように紙をベルーダにかざし、魔刃の魔力を弱く流していく。

三十秒ほどして”終わった”感覚があり、紙を下ろすと、ベルーダは眼を見開き自分の手を見つめていた。

ベルーダのごま塩だった髪が、元の黒髪になっているのには気が付いていないようだった。


「コタルルッロ! これはすごいことだわ。その紙を見せて……」


だが、紙はほろほろとちぎれ靄と消えてしまった。


「そうなんです。一度使うとこうなってしまう。だからベルーダに何とかしてもらえないかと思って」

「まだ持っているのね!」

「はい数枚持っています」







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