110 モールス符号
謎の兵士テセンは、実はサンバラ国の新しいクナイ・トム・チュムだった。
伝令が南の砦と領都を引っ切りなしに行き来して、俺とヌアタラ領主ソク・タラは計画を練る。
未だに”ヌアタラ領主”というのに違和感があるが、もうきちんとした称号で呼ばなければならない。
俺の側には、今現在のチュムがいるのだから。
ソク・タラが、サンバラ国に問い質したところ、
「クナイ・トム・チュムは戦死」
新たなチュムの任命も終わったと、返されたそうだ。
伝令越しの会話は思い通りに行かなくて、さらに時間的なラグがある。
「俺が自分で走っていければなぁ」
誰よりも速く走れるのだ。いや、馬よりも早いし疲れ知らずの俺が、伝令係をすべきなんだ。
「何で部隊長なんかになってしまったかなぁ」
治癒の紙に書き込みながらブツブツ文句をこぼす俺を見て、側近が、
「出世が、嫌だというのですか?」
「……自由に歩き回れないのが、いやなんだ」
目の端で、ラヌビスの枝がピクンとした。
「あ、君。ここはいいから魔法兵の様子を見てきて、あとサンバラ兵の様子も」
「は、もうすぐサンバラから迎えが来ますでしょうし。そういたします」
サンバラの回復した兵士は、陸路で迎えを寄こすと連絡があった。
サンバラ側では、あくまでも”援軍を送った”と言い張り、捕虜とは認めない。こちらでは、不法侵入として抗議するしかなく、もやもやした結果に終わりそうだった。
負傷兵たちは回復したが、こちらから送り届けてやる、というのには手間も時間も金もかかる。そこはソク・タラが何度も交渉して、迎えを寄越せと突っぱねたのだ。
だがテセンだけは影に葬られる形になった。
彼は死んだことにされてしまったのだ。家族はどう思うだろう。
「おい、何を考え込んでおる。側近を排除したのは、儂の合図に気が付いたからではないのか?」
「ああ、そうだった。それで?」
「お主が困っているようなのでな、いいものを作ってやろうと考えておる」
「何だよ、良いものって……」
「遠くの者と連絡が取れるものじゃ」
「ふーん、電話か、それとも無線?」
「……お主、驚かんのう……なぜじゃ?」
「まあね、電話だとしたら大がかりな工事になりそうだ。無線がいい」
「それには問題がある……」
「何、問題って」
「電気がないと、簡単な電信さえ送れない。儂は雷から直接エネルギーを取り入れることができるが、ごくわずかしか取り込めない。だから、銅線をくれ」
何だよ、話が飛びすぎだろう。何で電気が銅線になるんだ?
「銅の細いヤツ? 寺社にある飾りに使われているみたいなのでいいの?」
「何! ここにもあったのか……」
ラヌビスは、何やらショックを受けて一人でブツブツ言っている。
『雷なぞ要らなかった……儂は馬鹿だった……無駄に走り回って……』
しっぽは垂れ下がり、耳もぺたんと垂れて、何となくいじらしい。
「そんなに落ち込むなよ、馬鹿な行動は誰だってするもんだ」
「お前と一緒にするな!」
ラヌビスが欲しがっていた、銅線をサンバラから大量に取り寄せた。
それを持って今では空き家になった仮兵舎に、ラヌビスが籠もって何やら作り始めたのだ。
多分、モールス信号を送るような電信機器だろう。
俺は急いでこちらの言葉に対応する信号の”モールス符号”を作った。
こちらの文字は日本語のカタカナみたいだから、俺にもなんとか作れそうだった。
「ツー」「トン」だったような気がする。いわゆる、トン・ツー方式だ。
これは、勉強が苦手な俺の頭を混乱させた。だから側近に丸投げした。問題ない。俺はここの責任者だから。
出来上がった符号を、ここの伝令隊に暗記させているうちに、ラヌビスが機器を作り上げたようだ。
前世で見たものとはちょっと違う形だった。
二つボタンがあって、両手で使い分けるためなのだろう。
多分手がいっぱい使える、ラヌビスの思考から出来上がった方式だろうが、これはこれで使いやすそうだ。
右ボタン → 押すとすぐ戻る(短い通電)
左ボタン → 押すと少し長く接点が続く(長い通電)
つまり、この二つでツーとトンを打ち分けるわけだ。
だけどこれだけでは通信出来ない。先方にもトン・ツー符号を覚えてもらわなければならない。
「俺は一旦領都へいってくる。あとのことは頼んだぞ」
もう死んだことにされたテセンの見張りは十分だろう。
テセンにはそれとなく事実を伝えた。彼はショックを受けるどころか、妙に晴れ晴れとしている。
俺は首をかしげながらも、「まあ、いいか」と気にしないことにした。




