109 効率の悪い治癒
「あ、ラヌちゃん!」
サブロウが、ラヌビスを見つけて飛び出していく。
そういえば、ここにあいつを預かっていたとき、ラヌビスはサブロウに、つい話しかけてしまった、と言っていた
大丈夫か? サブロウもそろそろ物心がつき始めて、おかしいと思い始める頃だぞ。
あとでラヌビスに注意しておくことにしよう。
「父ちゃん、ここに座って」
「お、おお」
俺は紙に書いた図形に魔素を流し始めた。しかし、変化はない。
今度は紙を持ち上げて、父ちゃんの目の前にかざし、紙を通して父ちゃんにちょっとだけ魔素を流し込む。
魔素を流すのは、以前魔法世界でデルードに教わった魔刃の応用だった。呪文を唱えれば、父ちゃんに刃が突き刺さってしまう。
危険だから、呪文を唱えずに、ほんのちょっぴりにしたのだ。
すると、父ちゃんから何かが吸い取られてきたような感覚があった。
吸われた微妙な違和感が紙に投射され、ブンブンとかすかな音が聞こえる。
俺にしか感じられないような、小さな振動だった。
その後、振動は収まり”終わった”という感覚が伝わる。
紙を下ろして父ちゃんを見ると……!
「父ちゃん、なんか、髪の毛がふさふさになってる!」
父ちゃんは少しだけ若返ったようにも感じる。もちろん小さな傷は治っていた。
俺は呆然とした。
――これって、すごいんじゃね。若返りまでする魔法……オーバーテクノロジーだよ。
テセンは何も感じないのか、じっとしていた。
だが、実家を去るとき俺にぽつりと言ったのだ。
「不思議な振動には覚えがある。あのあやかしを、私にも使ったのではないのか?」
俺は黙って前を向き歩いた。実際答えようがないではないか。
テセンを治したのはラヌビスだ。
振動が感じられるといっても微細なものだ。
他の誰に聞いたとしても答えられないだろう。
だって、この治癒の紙は、この世界では誰も知らない新しい医療なのだから。
それよりも、あれほど苦労して書いた紙が、もう手元にはないということが、俺のやる気を萎えさせていた。
あの後、使い終わった治癒の紙を見ていたら、俺の手からぽろぽろと細かい紙片に変わり、靄となって消えてしまったのだ。
「これでは使えない。戦争のような怪我人が多く出るところでは、助けられる人が限られてしまう」
ベルーダのことが、俺の頭に浮かんだ。
彼女なら、きっと何か良い方法を思いつくはずだ。
「また、魔法世界へ行かないとなあ……」
だが、今の俺は魔法部隊長だ。気軽に抜け出せない立場になったのだ。
南砦に戻り、ラヌビスにこっそり相談を持ちかけた。
「ラヌビス、お前、俺に擬態できるか?」
「……やって見せよう」
俺のことをじっと見てラヌビスがピカッと一瞬光った。
目の前にいるのは……がたいのいい、犬頭人間。
「おい、犬の頭がそのままじゃネェか」
「この世界に落ちたときの影響がこれなのじゃ。どうやってもこうなってしまう……」
そうか、だから、スファルタンの皇の時も獣人の見た目だったのか。
「仕方がない、ベルーダのところへは行けないみたいだ。もう一度、自分で治癒の紙を書く」
「なぜじゃ。書いたではないか」
「消えてしまった。一回使っただけで」
「効率が悪いのう。それなら、何枚も書いておくしか、手はなさそうじゃな」
「ああ、もう元に戻ってもいいぞ。俺の身体をしたお前を見ていると、どうも落ち着かない」
「……」
その後、木の姿に戻ったラヌビスも俺を手伝って治癒の紙を書いてくれた。
俺が書くより余程綺麗で早い。
小筆を使って器用に書いている。しかも五本の枝を使い同時に書くのだ。
「お前って規格外だな、俺にはまねできないよ」
ラヌビスは枝を使って得意そうな表情をした……かもしれない、知らんけど。




