106 ラタナ・テセン
ラタナ・テセンは、サンバラ国のクナイ戦士総指揮官――クナイ・トム・チュムだ。
就任したのはほんの数ヶ月前。
前チュムは彼の叔父が務めていたが、病気で急死したため後を継いだ。
叔父のラタナ・ルサンは五十歳だったが、心の臓が突然止まったそうだ。
叔父の前は、ソク・タラという伝説的な英雄がチュムだった。
ソク・タラという人物は、テセンにとって憧れの存在だ。
過去二千年間、誰にもなし得なかった“穴”の制御に成功した偉大なチュムだ。
こうして今も、穴の制圧に生涯を掛けている。
さらにはヌアタラ領まで立派に治めているのだ。
そんな偉大な戦士から、王は領地を取り上げようとなさっている。
――その様なことがあって、いいのだろうか。
総司令官として、王命に逆らうことは死を意味する。
だが心の奥では、クナイ戦士としての誇りを踏みにじられたという、反する思いが募り、どうにも割り切れなかった。
ソク・タラという戦士は不思議な方だ。
代々チュムの称号を受ける名家でありながら妻を娶らず、次代も決めていなかった。
大きな成果を上げ、王にチュムの称号を返上し、そしてこの地を賜った。
「私が、生涯を掛けて穴を制圧いたします」
そう王に進言したのだという。
ソク家には、彼のあとに続く血の繋がった戦士は一人もいなかった。
そのため、私の叔父が引き継いで、そしてその後、私に大役が転がり込んできたのだ。
それなのに就任早々、王は私にこう命じられた。
「ソク・タラは逆賊である。奇っ怪な術を操り、この後サンバラの影となるやも知れん。直ちに誅せよ」
私は、項垂れ、震えながら答えた。
「は、直ちに……」
何という立場に立たされてしまったのか。
私こそ、逆賊ではないのか。チュムの功績文書を見れば分かる。
これまで幾度も、穴に戦士たちが挑み、何万という戦士が命を散らしてきた。
それを押さえ、さらには、ここに人が住めるように開拓までしたソク・タラを、この手に掛けねばならんとは。
私には迷いがあったのだろうか。
ソク・タラの領地ヌアタラを、三方攻めの戦法で攻め入れば、一も二もなくソク・タラが膝を折る。そう考えていたのに。
万全の策がことごとく効をなさず、今私は、死を目前にしている。
この様な有り様に陥ったのは天罰なのだろう。
意識は彷徨い不可思議な音が聞こえてくる。
――ふっ、地獄の蓋が開かれたか……
目を覚ませば、鬼が立っているのがぼんやりと見えた。
――大きな鬼だ。私を地獄の釜に入れんとしている。
鬼は叫んだ。
「あれは、俺の犬だ。問題ない」




