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105 外次元の調律

チュム師の眼光は鋭い。

いつも静かな低い声で語るだけなのに、目の前に立たされると震えが走ってしまうようだ。そして、身体に力が入り聞き漏らすまいと緊張する。

生まれ持っての性質なのか、それとも長い戦士経験のなせる技なのか。

かくいう俺も同じで、めちゃくちゃ緊張する。

だが、俺が感じている震えは、恐れというよりは威厳のなせるものだと評したい。

俺は、この老領主を心から尊敬しているんだ。

ここに運ばれたサンバラの負傷兵はほとんどが重症で、助からなかったものも二割いた。

チュム師が、側近に細かく記述させ、王に直訴をするようだ。

助けた経緯もそうだが、こうなった原因の究明もだ。

実を言えば、不明とされた原因は俺だけが知っているが、それは言えないので黙っている。

魔法兵の実力も細かく明かされ、「このような驚異的な力は今のところない」とハッキリ明記された。

直訴文を読んだら王は何とするだろう。

以前ソク・タラは、サンバラの軍の総指揮官、クナイ・トム・チュム、という称号を持っていた。

ソク・タラは過去の功績を称えられて、このヌアタラの領主となっている。

サンバラ国の一領主に過ぎないのだ。


俺だけが、ソク・タラのことを未だに「チュム師」と呼んでいるが、本当はその称号で呼ぶのは間違いなんだ。


「コウタロウ、二人で話したい」

「は」


人払いをし、チュム師と俺以外は執務室にいない。あいつを除いては。

ラヌビスも、植木鉢の中でピキッと固まってピクリとも動いていない。


「お前の異能でこうなったのか?」

「まさか、俺には……無理です」


脳裏に一瞬だけ、スファルタン帝国での一件が過ったが、今回は俺ではないから、大丈夫だろう。


「そうなのか……異能がもしそれほどの力があるとすれば、私の戦略が変えられたのだが……」

「戦略ですか……どのような?」

「私は、ヌエタラを国として起こそうと考えている。だが、今のままではサンバラに食い潰されてしまうだろう。もし異能にもっと力があれば、ここは今後一大国家にのし上がる」


木の枝が数本、上にピンと跳ね上がったのが俺の目に入った。

俺は、慌ててチュム師に話しかけて注意をそらす。

チュム師は勘が鋭い、見つかったらヤバいことになる。


「ち、チュム師!」

「ん、何だ、なにかいい魔法でもあるのか」

「あ、え、あります! 俺、使えます極大魔法!」

「ほほう。隠しておったのか? ふ、ふ、まあよい。コウタロウ、国を興すぞ!」


チュム師が執務室を出て、それからすぐに領都へ帰ってしまった。


「やべっ。チュム師、これから国興しをするつもりだ。まずいぞ……」

「なにを言うか。今が攻め時ではないか。まったくお主は何も分かっておらん。あの御仁は大したものじゃ。時勢をちゃんと読んでおる!」


いつのまにか犬に変身して、蕩々と持論を喋り始めた、ラヌビス。


「馬鹿を言うな。本格的な戦争になったら、農民たちが――母ちゃんや父ちゃんが困るだろう」

「いいか、コウタロウ。圧倒的な力は抑止力となる。戦争は避けられるはずじゃ」

「俺の魔法は中途半端だ。圧倒的な力にはなっていない……」

「儂に任せろ。よい物を作ってやれるぞ。お、いい具合に雷が近づいてきたぞ」


何となく不安だ。今度は何をしようというのか、ラヌビスは――。

ラヌビスは、そろそろエネルギーを補充しなければならないそうだ。

以前作ってやった青銅の棒をくれと俺に頼み込む。

頭に棒を刺してやると、雷に向かって走って行ったのだった。


俺には他に解決しなければならない問題が残っていた。

例の戦衣を着替え、身分を偽っている負傷兵のことだ。

チュム師とも話し合って決めたのだが、当面は見て見ぬ振りをすることになった。

だが、彼はどう見ても三十代でまだ若い。最高司令官にしては。

彼と副官らしい人物との関係も気になっていた。


「思い切って話を聞いてみるか」


負傷兵を収容している仮兵舎は、十人まとめて入れられる小屋が複数建てられている。

その中でも一番小さな仮兵舎に、問題の負傷兵は隔離されていた。

彼以外の負傷者は誰も入れないようにしている。

医療班は入る度に確認を取られるので、サンバラとの接触は今のところないようだった。


この謎の兵士は重傷だった。未だに意識が混濁し、今は足の傷が膿んで、敗血症になり掛かっている。

生き残れないだろうというのが医療班の見解だった。

兵舎の中は、この怪我特有の腐敗臭が充満して息が詰まりそうになる。


「足は切断しなければならないようです。ですが、もう間に合わない。この赤い筋。上半身にも広がっていっているのが見えます」


医療班はさじを投げかけているようだ。

俺にもどうしようもない。

病人は体中汗をかき苦しそうに、途切れ途切れの呼吸をしていた。

これでは話もできない。俺は彼の傷にそっと手をかざし、なんとか念じてみたが、効果はなかった。


――やっぱりダメか……自分の治癒の力は他の人には使えない。


執務室に戻り奥にある仮眠室の扉を開け、寝床である木の枠のベッドに、ごろりと横になった。


「なんとか、助けられないかなぁ……」

「誰をじゃ?」

「うおーっ、びっくりした。いつ戻ったラヌビス」

「ずっとここにおったぞ。何を悩んでおる」


俺は、怪我人のことを話した。もう助かりそうにないが、重要人物のようだと。すると、ラヌビスは「儂が何とかしよう」と言った。


「出来るのか?」

「ああ、木の姿に戻れば出来る。この次元には無い振動音を使うのでな」


俺は夜中に鉢植えを持って、病人のいる小屋へ入った。

見張りはいたが、俺はここの責任社だ。問題は無い。


「誰も入れるな」


簡潔に命令し、鉢を抱えて中へ入る。見張りは横目で俺を見るが……問題は無い。


「ラヌビスやってくれ」

【ああ……ま……かせ……ろ】


ラヌビスはそれから一時間、お経のような単調なハミングのような振動音を響かせ病人の治療をした。

俺はいつの間にか眠っていたようだ。

ラヌビスが終わったぞと言い、ビクリとして起きた。

青銅の棒を欲しがったのでまた頭に刺してやる。


「雷の音なんて聞こえないけど……」

「お主は耳()悪いようだ。遠くに聞こえている。ではな」


犬の姿のラヌビスはサッと立ち上がって、扉を抜けていった。


外では見張りが騒いでいる。


「部隊長! どこから入ったか、犬が走って逃げました!」

「あ、あれは、俺の犬だ。問題ない」

「……?」











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