104 野営の煙
チュム師から伝令が届いた。
チュム師がこちらに来る。とのことだった。
「領都はいいのか?」
「はい、港は落ち着いたようです」
俺は、毎日高台に上り、遠見でサンバラの野営地を眺めていた。
煙がぼんやり立ち上がって、風向きによって異臭が届く。
「……怪我人が、だんだん亡くなっていっているようだな」
「は、斥候の話では、毎日五、六人は亡くなっているようです」
側近によれば、輜重隊がサンバラの野営地に向かっているとのこと。大きな荷馬車に食糧を大量に積んできたようだ。
被害の報告は、もう済んでいるのだろうか。
輜重隊が遅れてくるのは戦では当たり前だが、
これ以上の被害を出さないためにも、目立った行動は避けるべきではないのか?
あの指揮官は、俺たちと折衝もせず、なにをしている。
昨日、俺の執務室に植木鉢を据えた。
側近は頭をかしげつつも、植木鉢を見ないようにしている。農奴上がりの部隊長だから、草木が欲しいのだろう――そんなふうに考えているらしい。
これは草木のためのものではなかった。ラヌビスの定位置だ。
こいつは俺が帰れと言っても聞きはしない。
無理矢理俺の実家へ置いてきても、すぐに戻ってくるだろう。
兵士が出入りする俺の部屋に、たまにぽろっと喋る犬がいたら、大騒ぎになってしまう。
苦肉の策で、こうなったのだ。
ラヌビスの本来の姿に戻ってもらえば、違和感はない……と思いたい。
昨日は俺の寝室にいてもらったのだが、夜中に文句を言い出したのだ。
「儂をここに閉じ込めて置くことはできんぞ。いつでもお主の執務室へ行けるのだ」
「何でだよ。ここでじっとしていてくれよ。お前、つい喋るだろう。犬が話すと知れれば大変な事になるんだぞ」
「……なるべく、大人しくしておるわ……」
絶対に、無理だろう。
ラヌビスは異常に知識を欲しがる。俺の執務室にいれば、引っ切り無しに情報が飛び交うのが面白いのだろう。
だから、元の姿に戻ってもらい、木のふりをさせたのだ。
木に戻れば、こいつの言葉は聞き取りにくくなる。
万が一どこからか声がしても、空耳程度に思ってもらえる。
明日、チュム師が到着するかも知れない。
植木鉢をこのままにすべきかどうか、真剣に悩んだ。
「おい、コウタロウ。絶対にここから動かすな。わかったな!」
これは、木の姿では喋れないハッキリした声だ。一々犬に戻ってまで言うことか。
「分かったから、早く木に戻れ」
【……これ……で……よか……ろう……】
枝がヒョイと揺れる。
クッ――枝がちょっと動くくらいなら……許容範囲だ。問題ない。
「部隊長! サンバラに動きがあります」
「今行く!」
高台に上ってみると、白旗を掲げた五人ほどの兵士が、こちらへゆっくりと歩いてきていた。
俺は急いではしごを飛び降り、山の狭道の入り口で待ち構えた。
俺の後ろには魔法隊も控え、サンバラの折衝が来るのを待った。
折衝隊の一団は酷い有り様だ。皆汚らしい包帯が巻かれているが、歩ける程度の負傷なため折衝を任せられたのだろう。
「ヌエタラ南砦部隊長、コウタロウだ」
「サンバラ、クナイ・トム中隊長、チェイ・モ二。折衝隊だ」
チェイの折衝案は、どうやら降伏とは違うようだ。
攻めてきたわけではないとしきりに繰り返す。あくまで援軍だと弱々しく述べた。
「我が負傷兵数人を受入れてもらいたい。食糧は間に合っている」
「了承した。負傷者は何名でも受入れる。連れてこられよ」
その日は仮宿舎へ負傷兵を運び込むのにてんやわんやだった。
前もって準備していたため十分な広さと薬、医療兵も待ち構えていた。俺たちは、悲惨な負傷兵を次々を治療していった。
負傷兵は全部で八十七人。
あの軍は数百人規模だった。これしか生き残れなかったのか……。
俺の側に斥候の一人が来て目配せをした。俺は人の輪から離れ斥候の話を聞く。
「部隊長。負傷兵の中に……高位の指揮官がおります。戦鎧が替えられていますが、彼は……この軍の最高司令官に違いありません」
「ん? 最高司令官は、この間の高飛車なクナイ・トムじゃなかったのか」
「多分あのクナイ・トムは副司令官だったのではないかと思われます」
俺の眉間はグイッと歪んだ。
――これほどの負傷兵がいたのに、しかも最高司令官まで負傷しているのに、副官は何を考えていた。
もしや司令官を見殺しにするつもりだったのか。
この喧噪の中、チュム師の一行が南砦へ到着した。




