第5話 先に言って欲しいと思う
『ひゃっほー!』
フェンリルに乗せられ風を感じながら、おれは完全に燥いでいた。
いきなり森を出発する事になったのには驚いたけど、フェンリルの背中にも慣れた今は周りの景色を楽しめている。
広々とした草原を駆け抜けていくのは、開放感があって気持ちが良かった。
うん、まるで本当に風になったみたいだ。
余計なトラブルを避ける為に、人間とは出来るだけ出会わないようにするつもりらしく、人の通りが多い街道は避けここまま草原を突っ切って行くとフェンリルは言った。
『目的地にはもうすぐ着く。それより、飛ばし過ぎない様に気を付けてはいるが、少し休憩しなくて平気か?』
フェンリルが横目でチラリと振り向きながら、背中にいるおれを気遣ってくれる。
『おう!むしろもっとスピード上げても良いくらいだぞ?』
おれが笑顔でそう答えると、フェンリルは何やら思い付いた様にニヤリとした表情になった。
『言ったな?それなら少し速度を上げようと思うが、後悔しないな?』
『平気平気!何なら本気出してくれても構わな…っうわあぁぁーー!!』
おれが言い終わらない内に、フェンリルの走る速度がグンと上がる。
余りに速いスピード、そして吹き荒ぶ向かい風の中で、おれは振り落とされないようにしがみ付くのがやっとだった。
それより本当に風やばい!ていうか痛い!
耳!耳が千切れる!!
『フェンリル、一旦!一旦ストップ!』
おれは止まって欲しい旨を伝える為に、どうにか声を張り上げる。
しかし喋る事も侭ならない状況で発したおれの声は、ビュウビュウと鳴る風の音も相まってフェンリルには違う言葉として届いた様だった。
『いっぱい?もっと?何だ、更に速度を上げても良いのか?分かった、しっかり捕まっているんだぞ。』
『待っ…違…ッ!ぎゃああぁぁぁ…。』
訂正する余裕も無く、フェンリルは更に加速する。
その背中に必死に掴まる事しか出来ないおれの叫び声が広い草原に木霊するのだった。
・・・
おれが叫び声を上げる気力も無くなった頃。
いつの間にか静かになっていたおれに気付いて、フェンリルはようやく足を止めてくれた。
そして魂が半分抜けかけグロッキー状態になっているおれを見たフェンリルは、慌てて少し休憩を取ろうと言ってくれた。なので今は適当な木陰で一休みしている所である。
『だから言っただろう、後悔しないかと。』
フェンリルが呆れつつも心配そうに言う。
『ひぃ…はぁ…。ご、ごめんって…。もう調子に乗らないようにする…。』
息を切らせながらもおれは何とか返事をする。
いや本当、マジで死ぬかと思った。
最高加速のジェットコースターに安全装置の体を固定するバー、あれ無しで乗っている状態…分かりやすく言えば、それに近い体験だったと思う。
うん。今後は軽い気持ちでフェンリルに本気出しても良いとか言うのはやめよう。
…それはそれとして。
『おれが悪いんだけどさ、それにしたってあそこまでスピード出す必要無くないか!?流石に生きた心地しなかったよ…。』
『う、む…。確かに、お前に煽られたとはいえ少しやり過ぎたかもしれないな。誰かを…友を背に乗せて走るのは久しぶりで、自分でも思いの外気分が上がり過ぎてしまっていた様だ…。済まない。』
しょんぼりと落ち込んだ様子でフェンリルが謝った。
えーと、それってつまり嬉しくてテンション上がって、それでつい本気出しちゃってたって事?
えぇ~、まあ、そりゃこっちも本気で怒ってた訳じゃ無かったけどさあ…。そんな事言われちゃったら、もうさあ…。
ねぇ?
おれは申し訳そうにしているフェンリルを励ます様に声を掛けた。
落ち込むフェンリルが可哀想なのもあるが、ちょっぴり照れ隠しの意味もある。
『何だかんだ楽しかったしおれの自業自得な所もあるんだから、ここはお互い様って事で。だから気にしない気にしない!それより、目的地はもうすぐだって話だったけど、そろそろ何処に行くのか教えといてくれないか?』
『む、そうかまだ言っていなかったか。私達が向かっているのは此処より西にある森だ。』
『また森に行くのか?さっきまでおれ達が居た森とどう違うんだ?』
『今向かっている森には、森を管理し支配している者が居る。その者は〈ドライアド〉と言い私の古くからの知り合いでな、これからそいつに会いに行くのだ。』
〈ドライアド〉か!
森とかに住んでて、確か女性の姿をしてる事が多いんだよな。
でもそうか、いきなり走り出すから何事かと思ってたけど、フェンリルは友達に会いたくて急いでたのか。
背中に乗せてた友達って、もしかしてドライアドの事だったりして。
『今更だが、説明も無しに連れ出してしまって済まなかったな。冷静になって思ったが、少し焦ってしまっていた。』
『別に良いよ、〈ドライアド〉にも会ってみたいし。…それにおれも、フェンリルの背中に乗っけて貰うの楽しかったしさ。でも次からいきなり走り出すのはびっくりするからやめてね。』
『うむ、そうしよう。…だがそうか、楽しかったのか。』
『うん。アトラクションみたいで面白かった!あんまり本気で走られると落ちそうになって困るけど。』
『む、それは配慮が足りなかったな。そこも次からは善処しよう。』
思ったけど、フェンリルって毎回真面目だな。律儀だし。
お気楽で適当なおれとは正反対で、何だか面白い。
あ、性格だけじゃなくて見た目もか。大きいのと小さいの、それから格好良いのと可愛いの!
一緒にいて楽しいし、この世界でフェンリルと友達になれて本当に良かったな。
おれはしみじみとそんな事を思った。
・・・
休憩を終えたおれ達は、〈ドライアド〉が居るという森へ向かい出発した。
おれはフェンリルの背中にまた乗せて貰っている。今度はフェンリルがペースを抑えてくれているので道中はさっきとは違い、すこぶる穏やかで快適だ。
え、乗せて貰ってばかりじゃなく自分の足で歩けって?
うん、それは確かにそうだとは思う。
だがしかし、少し考えてみてくれ。
おれとフェンリルの歩幅の違い、そして体力の差を。
それを踏まえた上で、この長距離を自分で歩けと。そう仰りたいのですか。
いや日が暮れるわ!
スペックに差があり過ぎるわ!
そんな訳なので、結局この方法で行くのが最速、最善、最安値なのである!
…あれ、何か違うの混ざったな。
一応、おれにだって乗せて貰う立場として少し申し訳ないなぁという気持ちはあるぞ?でも、そのフェンリルが気にするなって言うから!
そもそもフェンリルからの提案だからね?これ。
フェンリルは今まで一カ所に留まる事は余りせず、この大陸の各地を巡っていたんだとか。
だから三日三晩休まず走り続けても平気だし、おれを背中に乗せた所で全く問題無いと笑っていた。…「だから」が何なのか全く分からないけど。
うん、流石伝説と呼ばれる魔物。何というか、規格外である。
『でも色んな場所を旅するのは楽しそうだよなぁ。』
『景色の良い場所も数多く知っているぞ。お前が良ければ色々案内してやる事も出来るが、一緒に来るか?』
『お、良いなそれ!連れてってくれるなら勿論、一緒に行きたい!』
『うむ、それならば共に行こう。だがその前に、ドライアドの元で用事を済まさないとならない。旅に出るのはそれが終わってからになるが、良いか?』
『分かった。楽しみにしとく!…ところで、用事って一体何だ?』
『あぁ、それは…と、着いたぞ。此処がドライアドの居る森だ。』
話している間に目的地に着いたみたいだ。
結局用事が何なのか聞けなかったけど、それはまあ後で分かるか。
ドライアドは奥の方に居るという事で、おれ達は森の中を歩いていく。
そうして森を観察していると、おれはある事に気が付いた。
『…なあ、フェンリル。』
『何だ?』
『こう言っちゃ失礼なのかもしれないけど、〈ドライアド〉が居る森にしては…何か、環境があんまり良さそうには見えないというか…。』
日差しが余り差し込まずどんよりと薄暗い森の中、元気の無さそうな草花、それに枯れかけている木も多い。
どれを取って見ても、森を管理しているというドライアドが居る森とは思えない。
森の事に詳しいとは言えないおれでも、さっきまでおれ達が居た森に比べて全体的に状態が良くない、というのは分かる。
それぐらい、土や植物の様子が全然違う。
『森の状態が良くないのは、森全体をドライアドが管理出来ていないからだ。いや、今まで管理出来る状態では無かった、という方が正しいか。』
『ど、どういう事だ?』
なんか、言い方が不穏なんだけど…。
『目で見てみれば分かる。ほら、これが〈ドライアド〉だ。』
フェンリルが立ち止まり、おれは視線を上に向けた。
そして驚く。
みるとそこには、それは大きな樹が聳え立っていたからだ。
フェンリルでさえすっぽり入りそうな太さの幹、そこから伸びている幾つもの枝葉が天然の屋根となって影を落としている。
きっと、この森の中で一番大きい樹なのだろう。
『凄いな…。この樹が、〈ドライアド〉…。』
『この樹は〈ドライアド〉の本体で、魂…意識の方は、今は眠っている。よく見てみろ、樹皮の部分が大分傷んでいるだろう。』
本当だ。樹皮がボロボロになってる所があちこちに見える。更には辺りに散らばっている葉の多くは、秋でもないのに枯れているものばかりだった。
『森の状態が良くないのを見ただろう?あれはドライアドの今の状態に、影響されての事なのだ。』
フェンリルが言うには、この森は全体がドライアドと繋がっている状態にあるらしい。
森で何かあればドライアドには全て分かるし、逆にドライアド自身に何かあれば…森全体にその影響が出てしまう。
『何とか出来ないのか?ドライアドの状態がこの森に反映されるなら、その逆に、森を元通りにすればドライアドも元気になったりしないか?』
『いや、森はドライアドの体の一部の様なものだ。例え森を元通りにしたとしても本体が元気を取り戻さねば意味が無い。それに病気ならばともかく、ドライアドのこれは寿命だ。私達に出来る事は、ただ見守りながらその時を待つだけだ。』
そう言ってフェンリルは再びドライアドの方へ視線を向けた。
これだけ大きな樹なら樹齢も相当だろうとは思ってたけど…そうか、寿命なのか。
だから、フェンリルはあんなに焦ってたのか。
…全く。友達なんだから、そういう事なら先に言って欲しいよな。
あれぐらいのスピード、頑張って耐えるぐらい全然したのにさ。
水臭い奴だと思いながら、おれは静かに大樹を見つめるフェンリルの隣に座る。
聞こえてくるのは風と、枝葉が擦れる微かな音だけ。
そんな静寂の中。
『やっほー!何してんの?』
突然、背後から場違いな明るい声が響いてきたのである。
思わず振り向くと、そこに居たのは鶯色の髪をした少女だった。
くりっとした茶色の瞳が印象的で、白いワンピースを着ている。そして何故か裸足だった。
何で此処に女の子が?と内心思いつつも、声の主であろうその少女にシーッ!と静かにするようお願いする。
『あの、今ちょっと取り込み中なので…。悪いけど、後にして貰える?』
『わ、〈ホーンラビット〉が喋ってる!そんな事あるんだね~!』
おれの言葉はお構いなしに、少女はスタスタとこっちに向かってきた。
そして興味深々といった様子で目をキラキラさせながら、おれの体をツンツン突きだした。
ちょっ…!あの、困りますお客様!
あっ、耳は敏感だから触らないで!尻尾も駄目ですってば!
きゃーーーッ!!!
『楽しそうなのは良いが、ちょっかいを掛けるのはそこまでにしてくれないか。』
『え~、仕方ないなぁ。この子の事も後でちゃんと紹介してよね。』
見かねたのかフェンリルが声を掛けてくれたお陰で、少女はやっとセクハラ(?)の手を止めてくれた。
うぅ…もうお嫁に行けないかと。
『というかフェンリルに会うのも久しぶりか!元気だった?』
『うむ。しかしお前は相変わらずだな、ドライアド。』
『まあね☆そっちも変わってない…という訳じゃなさそうだよね。これは話を聞くの楽しみだな~!』
…ん?
フェンリル達が和やかに話す中、おれはある点が気になった。
『なあ、フェンリル。おれの気のせいじゃ無ければ、そこに居る子を〈ドライアド〉って呼んでた様に見えたんだけど。』
『気のせいでは無いぞ。人間の姿に見えるが、こいつが〈ドライアド〉で間違い無い。』
『そうだよ~初めまして!私が正真正銘、この森の管理者〈ドライアド〉だよ☆よろしくね!』
ドライアドだという少女はそう名乗った後、その場でクルリと回ってポーズを決めてみせた。
うん…いやあの、状況が全然分からないんですが。
『その…ドライアドは、もう寿命だって言ってなかった?』
『それは私達の目の前にある、この大樹の話だ。〈ドライアド〉は本体である樹が寿命を迎えると、古い体から新しく若い体に生まれ変わり、魂もそちらに移るのだ。』
『そうそう!だから私、今はまだ苗木の状態なんだ~。見る?』
ドライアドに案内され裏側に回ると、古い大樹から少し離れて一本の苗木があるのが見えた。
まだ木になる前の成長途中だが、見るからに生命力に満ち溢れているのを感じる。
『どう?これが今の私の本体!ほら見て~、葉っぱの所とか可愛いでしょ☆』
そう言ってドライアドは誇らしげに笑っている。
新しい体に生まれ変われば大丈夫と言われても心配だったんだけど、ドライアドの様子は正に元気一杯という感じで、とりあえず安心する。
…それは良いんだけど。
『一つ聞きたいんだけど、ドライアドの本体が寿命を迎えても生まれ変わるって事とか、お前は事前に全部知ってたって事で良いんだよな?』
おれは隣にいるフェンリルにそう聞いた。
そして返ってきたのは「うむ。」という肯定の返事。
『ドライアドは私の知り合いだからな、元々知っていたが…。もしかして言って無かったか?』
『いやいや、何も言われて無いし聞いて無い!ドライアドがどういう状態だとかは此処に来て初めて聞いたし、ドライアドが寿命を迎えるとか、お前が悲しんでたらどう励まそうかなとか、もう色々考えたのにさぁ…。大丈夫なら先に言っといてくんない!?』
『す、済まない。』
思わずキレてしまったおれの前で、フェンリルは耳を垂れ下げながら謝った。
全くもう、おれはこの世界の知識とか全く無い初心者なんだから、フェンリルがそこんとこしっかりしてくれないと困るよ!
いやまあ、ドライアドの事は取り越し苦労で良かったけど!
それはそれとして心臓に悪いからやめて欲しい、そういうの!
何時ぞやとは逆で今度はおれがフェンリルに怒りつつ、大事なことは先に言う様に強くお願いするのだった。




