第4話 友達が出来たと思う
『話し相手?』
『そうだ。私は長らく生きているが、お前のような言葉を話す事の出来る〈ホーンラビット〉には初めて出会ったからな。お前に興味が湧いたのだ。』
『そ、そうなんですか。興味…。あの、ところでさっきも言っていたので気になってたんですが、〈ホーンラビット〉って何ですか?』
『む?自分の種族名を知らないのか。〈ホーンラビット〉というのは、お前やお前と同じ姿をした魔物の種族名だ。』
最初に聞いた時に、もしかしてそうかな?とは思ったけどやっぱりそうなのか。
ホーンラビットって…つまり角ウサギじゃん。
余りにそのままだな。うん、意味も同じだし長いから呼び方は角ウサギのままで良いか。
『で、どうだろうか。私としばらく話をしてくれるか?ただ話を聞いてくれるだけでも良い。』
狼の魔物が期待を込めた目で聞いてくる。
話をするのは別に良い。けど、その前にこれだけは確認しておかないといけない。
『話をするのは構いませんが、その…それが終わった瞬間に食べよう、とかそう思ってたりしませんよね?』
『おお、話し相手になってくれるか!何分私の言葉に返答をくれた者は久しぶりでな…。それより先程も言ったが、私はお前を食べる気は無い。話し終わった後でも、襲ったりしない事を誓おう。だから安心して欲しい。』
空色の瞳がこっちを真っ直ぐ見つめる。
…うん、嘘じゃないし信じて良さそう。
『分かりました!じゃあ、まず何から話します?』
この機会におれとしては、この世界の事とか聞いておきたいな…なんて考えていたら、狼の魔物が何とも言えない顔でこっちを見ていた。
『こちらから言い出した事でこんな事を言うのも何だが、お前…私を信用するのが早過ぎやしないか?』
『?食べないって約束してくれたし、そりゃ信じますけど…っえ!?まさか嘘なんですか!?』
『いや、誓って嘘では無いが…まあ、良い。信頼してくれた事に感謝しよう。ところでせっかく話し相手になるのに、そんな堅苦しくなる必要はない。楽な口調で話してくれ。』
『あ、そう?じゃあお言葉に甘えて普通に話すよ。』
『うむ。それで良い。』
おれが口調を崩すと、狼の魔物は嬉しそうな表情になった。
あ、よく見るとフサフサとした尻尾が揺れてる。
さっき誰かと喋るのは久しぶりみたいな事言っていたし嬉しいのかも。
あれ、そういえば。
『なあ、お前にもおれの〈ホーンラビット〉みたいに種族名とかあるんだろ?お前の種族って何ていうんだ?』
何だかんだ聞いてなかったからね。
今の内に聞いとかないと、別れた後で知らないままになってしまうかもしれない。
だけどおれに聞かれた狼の魔物は、何故か少し言い淀んでいる様子だった。
『もし言いたくなかったら別に良いよ?』
『…いや、そういう訳ではない。私の種族は、〈フェンリル〉という。』
へえ、〈フェンリル〉っていうのかぁ。
そうかなるほど、〈フェンリル〉ね…。
『…って、ええぇーーッ!?〈フェンリル〉って、あの〈フェンリル〉!?』
『あの、と言われてもな…。確かに人間達の間では「伝説の魔物」等と大層な名で呼ばれているらしいが。』
そりゃ伝説にもなるだろ!
〈フェンリル〉といえば神話にも出てくるし、小説やゲームの中でもレアだったり最強だったりするイメージがある。
雰囲気がそんじょそこらの魔物とは違うと思ってはいたけど、まさか〈フェンリル〉だったとは。
『〈フェンリル〉って本当にいるんだ…。凄えー…!』
『…お前は、私を恐れたりしないのか?』
『え?いやいや、確かに最初会った時とか、追っかけられたりした時は怖かったけど、今はそんな事無いよ。…あ、もしかして恐れないと失礼だったりする?』
『…!そんな事は無い。お前が怖がっていないのであれば、それで良いのだ。』
『それなら良かった。おれ、この世界の事全然知らないからさ。』
『この世界の…?それは、一体どういう意味だ?』
『あれ、まだ言ってなかったっけ?おれさ、人間から魔物に転生したみたいなんだよね。』
この際なので、おれが元は違う世界の人間だった事、死んだらいつの間にか此処に居た事、生まれ変わって魔物になっていた事などを簡単に話した。
信じられないような話をしている自覚はあったんだけど、フェンリルは途中で茶化したりする事もせず最後まで真剣に話を聞いてくれた。
『…成る程な。お前が話す事が出来たり、通常の〈ホーンラビット〉と違う所があったりしたのはそういう事情だったのか。』
『! 信じてくれるのか?』
『新しい体に生まれ変わったり、魂だけを他の者に憑依させる等、厳密には違うが似たような事態は幾つか知っている。それに、お前は私の事を信じてくれただろう。だから、私もお前を信じよう。それとも…何だ?やっぱり嘘だったのか?』
『嘘じゃないよ!』
おれは慌てて首を横にブンブンと振りながら否定する。
フェンリルはそんなおれを見ながらクククッと楽しそうに笑っていた。
どうやら揶揄われただけらしい。
『…しかし、そうか。元々違う世界の人間だったというのであれば、ここまでの警戒心の無さにも頷ける…のか?だが、それにしても…。』
と思ったらブツブツ何か言ってる。
『なあ、そんな訳でこの世界の事を何にも知らないからさ。フェンリルが色々教えてくれたら嬉しいんだけど。』
『…そうだな。話し相手になってくれるのだからな、それ位構わないぞ。代わりと言ってはなんだが、お前のいた世界の話も聞かせて欲しい。』
『うん、それは全然良いけど…その前にさ。』
『む?何だ。』
首を傾げるフェンリルに、おれはさっきからずっと思っていた事を聞いてみる。
『話し相手じゃなくて…良かったら、おれと友達にならないか?』
そう言ったおれの言葉にフェンリルは凄く驚いた様な表情になる。
『友達、だと?お前と…私がか?』
『う、うん。どうかなって…。やっぱりただの〈ホーンラビット〉が友達とか、烏滸がましいかな?』
『そ、そういう意味では無くてだな…!何故私と、友達になろうと思ったのだ。私が〈フェンリル〉だからか。』
『え、そこは全然関係無いけど。〈フェンリル〉だからじゃなくて、お前だから友達になりたいんだよ。話してて楽しいし。』
『そ、そうか。そうか…!勿論、友になろうと言われて断る理由は私には無い。』
顔は平静を装っているが、尻尾の激しい動きが喜びを全く隠しきれてない。
こういう所、でかい犬みたいなんだよな…と思った事は言わないでおく。
『これから友として、宜しく頼む。』
『こちらこそ、これからよろしくな!』
そう言って、握手の代わりにおれは前足を、フェンリルは爪の先をお互いに合わせた。
体格差があるせいでグータッチには見えないかもだけど、これはこれで良いと思う。
こうして、この世界に転生してから初めての友達が出来たのだった。
・・・
いつまでも此処で長話するのも何だから、という事で場所を移動することにした。
少し大きめな木を見つけてその根元に座ってみると、葉の隙間から優しく差し込んでいる陽の光が眩し過ぎなくて丁度良い。
周囲を観察していたフェンリルによればこの辺りは他の所より木の密度も少ないみたいで、その為か風の通りも良いとの事。確かに風が気持ち良くて落ち着くな。
そよ風を感じながらのんびりしていると、『少し待っていろ。』と言い何処かに行っていたフェンリルが戻って来た。
その口には何か咥えられている。
フェンリルが咥えていた物をそっと地面に下ろすと、大きな葉っぱに包まれていた中身が幾つかコロンと飛び出す。
それは何と、おれにも見覚えのある物だった。
『これって…。』
『これは〈ナシェリの実〉と言って、この辺りでしか育たない貴重な実だ。友と語らうのに何も無いのは味気ないと思ってな、取って来たのだ。味は中々良いぞ。』
フェンリルがわざわざ取って来てくれたのは、サクランボみたいな見た目の赤い果物。
そう。おれがスライムさんに貰ったのと同じ物だと思う。
『へえ、これ〈ナシェリの実〉っていう名前だったのか。美味しかったからまた食べたいと思ってたんだよなー。ありがとう!』
『む?食べた事があったのか?木に生っていただろうに、よく取れたな。』
『いや、自分で取った訳じゃないよ。転生して直ぐの時にスライムさんに会ってさー、その時貰って食べたんだよね。』
『…は?スライムに、貰った?』
『うん。何か、「くれるのか?」って聞いたら頷いた様な感じだったから、それで貰った。』
『……。』
『あれ?おーい、大丈夫か?』
ど、どうしよう。なんかフェンリル固まっちゃったんだけど…。
と、心配して様子を見ていたら、やがてフェンリルはパッと顔を上げた。
そして体の向きをこっちに向けると、真剣そうな顔でこう言った。
『…ひとつ、友としてお前に言っておきたい事がある。』
『お、おう。何だ?』
『お前は!余りに警戒心が無さ過ぎる!!』
な、なんか怒られてしまった…。
それから気のせいかな、前世で何度も言われ慣れたフレーズが…。
『もしそのスライムがくれた実が毒のある物なら?お前を油断させる罠だったとしたらどうする!』
『そ、その可能性は一応考えたぞ?でも結局何も無かった訳だし…。』
『それはただの結果論だろう?そもそもだな…よく知らない者から貰ったよく分からない物をよく考えずに口にするんじゃない!』
うぐっ!た、確かに…。
正論過ぎて返す言葉も無い…。
『私が言うのもどうかと思うが、お前はもう少し疑ったり警戒した方が良いと思うぞ。』
『はい、仰る通りです…。』
うう、自分では気を付けてるつもりなんだけどなぁ…。
警戒心が無いとか、そんな事はないと思うんだけど。
…と、そんな事を考えていたのがバレたのか、フェンリルからジト目で見られてしまった。
あの、ちゃんと反省しますのでそんな目で見ないで下さいお願いします。
『この森で条件を満たせれば…と考えていたが、お前がそんなだとそうも言っていられないからな。直ぐにでも此処を発つぞ。』
フェンリルは急にそんな事を言いながら立ち上がる。
それから鼻先で器用におれを持ち上げると、そのままポーンと空中に放り投げた。
悲鳴を上げる前におれの体はフサフサしたものに受け止められる。
傍から見れば、おれはフェンリルの背中に乗せられている状態になっていた。
『…って、どういう状況!?というかさっきのどういう意味!?てか、今からどっか行くのか?』
『のんびりしていたら、いつお前がうっかり他の魔物に食われたりして死んでしまうか分からないからな。詳しくは後で説明してやる。さあ、しっかり捕まっていろ。』
『いや確かに、うっかり食われるかもってのには全面的に同意だけど!せめて何処に行くかだけでも教えて…え!?ええぇ!?』
ちょ…待って、まだ喋ってる途中なんだけど!?
何が何だかよく分かっていないおれの事はお構いなしに、フェンリルはそのまま勢いよく森の中を走り出した。
段々と上がっていく速度に、おれは落とされない様に慌ててその背中にしがみ付く。
こうして行き先すら伝えられないまま、おれ達は慌ただしく森を発つのだった。
書き溜めた分はここまでなので、次からは不定期投稿になります。




