第2話 出会ったと思う
あの有名なスライムに出会えたことで、おれは少し感動していた。
なんというか、実際にいるんだ…みたいな。すげぇ、プルプルしてる。
でも移動して動いたってことは、やっぱり生き物…っていう括りで合ってるんだよな?
相変わらず、うんともすんとも言わないけど。
『……。』
そんな事を考えながら観察を続けていると、ゆっくりとした動作でスライムがこちらに近付いて来た。
そのまま何だ何だと眺めていたら、さっきまで木の影になって気付かなかったのかスライムの頭?の上に、何やら赤くて丸い物が乗っているのが見える。
そしておれの前にやって来たスライムは、その何かをコロン、とこっちに寄越してきた。
よく見ればそれは赤い色をした何かの実で、見た目はサクランボを少し大きくした感じに近い。甘くて美味しそうな匂いもするけど…あれ?
『もしかして…これをおれにくれるってこと…だったりする?』
なーんて、まさかな。
と思いつつも、一応そう聞いてみた。
まあどうせ返事は返ってこないんだろうけど…。
『…“プルプル”』
あ、あれ!?
い…今、スライムが強めに揺れた…気がする。
『えっと、つまりそれは〈YES〉ってこと?』
念のためもう一度聞いてみる。
『…“プルプル”』
するとスライムは今度は間違いなく、はっきりと上下に強く揺れた。
ってことは、このスライムはおれの言葉が分かる…のかもしれない。
ただ単に、おれの言葉に反応してるだけかもしれないけど。
でも少なくとも、こちらに敵意は無さそうだな。そう思ったおれは、スライムがくれた赤い実に視線を移した。
見た目は完全に果物だし匂いも毒がある様な感じはしないし、多分大丈夫だろ。
いただきまーす。
おれは果物に齧り付いた。
“シャクリ”と小気味の良い音がする。
…ん!美味い!
甘くて瑞々しい果肉は爽やかな酸味が丁度良い。
見た目がサクランボに似てるから味も似たようなものかと思ったんだけど、梨が一番近いかな。
うーん、あっという間に平らげてしまった。ご馳走様でした。
『美味しかったよ、ありがとう!』
『……。』
おれがお礼を伝えても、やっぱりスライムは返事は無い。心なしか微かに横揺れしてる気もするけど。
攻撃してくる様子も無いし…実は友好的な魔物だったりするのか?
だとしたら…。
話せなくても、こっちの言葉が通じるのなら。
『良かったら、おれと友達にならないか?』
思い切って、そう言ってみる。
もしスライムと友達になれたらとても嬉しい。
この世界で初めての友達ってことになるし、何より一人だと心細い。
ん?一匹?いやウサギは一羽って数えるんだっけ?
…まあとにかく、スライムと友達になれたら、と思うんだけど…ど、どうかな?
『…“プルプル”』
スライムはまるで頷く様に、強く上下に揺れた。
これって〈YES〉ってことだよな!?
やったー!
友達が出来た事におれは喜んだ。
嬉しくなって思わずピョンピョンと飛び跳ねながらはしゃぐ。
その時だった。
ふと、おれの頭上に影が差したのは。
な、何だろ。嫌な予感がするなぁ?
『グルルル…。』
ひいぃ…!何か聞こえる!何かいる!!
こ、これは唸り声ってやつでは!?
本能で身の危険を感じ、勝手に体が震えながら。
おれは出来るだけそっと後ろを振り向く。
背後にいたそれを認識した瞬間、おれの体はビシリと固まった。
ある日森の中、くまさんに出会った。
口から鋭い牙を覗かせ涎を垂らしているのは、おれの体よりも何倍も大きな一頭のクマだった。
後ろ足で立ち上がっている様は、体格差があり過ぎるおれからすればまるで巨大な壁が立ち塞がっている様に見える。
体毛は茶色や黒ではなくくすんだ緑色をしていて、血の様な真っ赤な目がこちらを見下ろしている。
という事は、こいつも魔物…。
と、凶暴そうな赤い瞳と目が合ってしまった。
えーっと、もしかしなくても、これ…おれを食べようとしてるんじゃ…。
『グルゥオォッ!!』
『ぎゃあああぁぁっ!!!』
雄叫びを上げながら振り下ろされた腕を、みっともなく叫びつつ何とか躱した。
いや命の危機なんだから体裁とか気にしてられないよね!?
ととと…とにかく逃げないと!
そうして焦るおれの視界に映ったのは、獲物に攻撃を躱されたことでターゲットを変えたクマの魔物と、その場に佇むスライム。
大股で近付くクマの魔物に対して、スライムは動こうとする気配すらない。
…いや何やってんの!?
早く逃げろよお前!
そう思ったけど、よく考えるとこれまでの動き方を見るにスライムが素早く動いて逃げられるとは思えない。
でも、このままだとスライムが…!
襲われてしまう、と思ったその時、おれは思い出した。
おれが何に転生して、どんな姿をしているのかを。
そうだ、おれには立派な角があるじゃないか!
…正直、滅茶苦茶怖いけど!!
だけど勇気を出す為に、そして友達を守る為に、おれは声を張り上げた。
『うおおぉぉっ!!』
そして、思い切り飛び上がる。
ウサギのジャンプ力に、額にある自慢の角。
これで頭突きを食らわせれば、いかにあのクマの魔物とはいえ大ダメージを与えられるはずだし、スライムを助けられる!
…はずだった。
『ガゥ。』
『ぷぎゃ!!』
片手で。
しかも本当に軽い動作で、おれの渾身の攻撃は振り払われてしまった。
なんかこう、ハエが周りを飛んでて煩いから手で払ったら偶然その手が当たったみたいな…って誰がハエだ。
そのまま吹っ飛ばされたおれは草むらの上に落ちたみたいで、幸いにも怪我はしなかった。木に激突、とかじゃなくて助かった。だが痛い。凄く。
…あと。
おれ、弱っ!!
いくら体格差あるとはいえ、弱過ぎない!?
ダメージ所か、スライムを逃がす為の隙を作ることも出来なかった。
正に眼中に無いというか。
そう考えるとさっきのクマの攻撃が本気じゃなくて良かったかもしれない。…あれを攻撃と言えるかは分からないけど。
あのクマの魔物の、本気の攻撃を食らったら。
おれなんて一撃でミンチになるだろうしスライムも無事で済む訳が無い。
おれはスライムの身を案じながら、さっきまでいた場所に走った。
『スライム、無事か!?…って何だこれ!?』
スライムが襲われているかもしれないと思っていたおれは、思わず驚きの声を上げる。
そこには想像してなかった光景があったからだ。
『グル…グアァ…。』
痛みか苦しみか、呻き声を上げるクマの魔物。
その体は、半透明の何かで覆われている。
いや。何か、じゃなくて…。
これは、スライムだ。
スライムが形を変えて、クマの魔物の体全体を少しずつ覆っていっているのだ。
そのせいで魔物の体は身動きひとつ出来ない。
片腕だけ低い位置に伸ばしている所を見るに、クマの魔物は恐らく攻撃の為に上から腕を振り下ろしたんだろうと思う。
だけどその攻撃は効かず、スライムに触れてしまったクマの魔物は逆にそのまま捕らえられてしまった…見た所そういう状況なのかも。
そしてスライムは今、何をしているのか?
その答えは、クマの魔物の体から聞こえる“ジュウゥ…”という音で分かる。
つまり、相手の体を少しずつ溶かしているのだ。
〈捕食〉、という言葉がおれの頭に浮かぶ。
〈分裂〉や〈擬態〉と並ぶ、スライムの代名詞。
それをただ見ている事しか出来ないおれの前で、クマの魔物の体はみるみる溶かされていき。
跡形も無く、スライムに吸収されて消えてしまった。
骨も残さず、あっという間に。
あんなに強そうな魔物をあんな簡単に倒す…というか捕食するなんて。
雑魚だ弱そうだと言われがちなスライムだが、何事も無かったかのように佇むスライムはおれにとって、とてつもなく強者に映る。
…というか、クマの魔物に手も足も角も出なかったおれより、スライムの方が確実に強いのでは?
これはもうスライムさんとお呼びした方が良いのでは…?
そんな事を内心で考えていたおれに、スライム…いや、スライムさんが近付いて来る。
さっきの衝撃的な光景を見たせいで、ちょっと勝利の喜びを分かち合う気にはなれな…いやいや。
うん、友達を疑うのは良くないよな。
でも一応、そう、一応ね!
念のために聞いておくことにする。
『あの、もしかして…おれの事も食べようかな~とか、思ってたり…?』
『…“プルプルプル”』
えっ。
…今、揺れたよね?
という事はつまり、〈YES〉ってこと…?
スライムはゆっくりとした動きで、しかし確実にこっちに近付いて来る。
『ひゃああぁぁーー!!』
それを黙って見守る事はせず、おれはその場から逃げ出した。
・・・
はぁ、はぁ。
ここまで来れば、追い付けないだろ…。
スライムさんの動きがゆっくりで助かった。
…でも、せっかく友達が出来たと思ったんだけどな。
いや、まあ、友達云々はおれが勝手に言ってただけなんだけど。
スライムさんが話せない以上、実際の所向こうの意思は分からない訳だしね。
木の実くれたのも、おれを油断させる為だったりしたのかなぁ…。
……。
うん!落ち込んでも仕方ない!
これからどうするか考えないとな。
とりあえずさっき分かった事は、おれはどうやら弱いらしい。
それも凄く弱いと思う。不本意ながら。
さっきのクマの魔物に頭突きをしようとして、結局何にも出来なかった時に感じたのだ。
ダメージを与えられない圧倒的なパワー不足に、軽く相手に払われただけで吹き飛ぶ耐久の無さ。
一応ウサギの魔物だけあって脚力はあるみたいだけど、それにしたって全体的に弱い。
そして何と言っても見て、このモフモフの体!
フワフワの毛並みは一度撫でれば虜になる事間違い無し!
小さな体がとっても可愛…じゃなくて!
硬い皮膚や鎧の無いおれの柔らかそうなモフフワボディーは、他の魔物を食べる奴らにとって格好の獲物だろう。
抵抗して反撃されたとしても痛くも痒くも無く、食べる際に面倒な殻や鱗も持たないから牙や爪も傷まない。
これは不味い。
勿論角ウサギの味の話ではなく(多分美味しいんじゃないかと思う)、このまま何もしないのは不味いという意味だ。
ひとまず、おれがしなくちゃいけないのは自分の身を守る術を身に付ける事。
とはいえただ漠然と体を鍛える、なんて事はしない。
頭突きの練習は一応するつもりだけど、正直あんまり期待してない。
おれは無理して相手を倒そうとするのではなく、相手から逃げることで身を守ろうと考えている。
鍛えるべきは脚力!つまりスピード、瞬発力だ。得意分野を伸ばす方が見込みはあるからね。
魔法やスキルがあればなぁ…また違ったんだろうけど。
でも今現在ステータス等の情報が無いのだし、使えるかどうか分からないものに期待しても仕方ない。
よーし、まずは走り込みだ!
ついでに、全力だとどのくらいスピードが出せるか、どれぐらい走り続けられるか確かめておこう!
『これから頑張るぞー!』
今は例え弱くても、もしかしたらその内凄く強くなれたりするかも?
…なんて。
いつもの様にお気楽に考えていたおれは、すぐ傍まで迫っていた気配にまだ気付いていなかった。




