〔第64話〕確かに今を生きているお肉達
エヴァンテがセルフレリアを呼ぶ時の発音は『セルフレ“イ”リア』です。
ややこしくなるので本文ではセルフレリアと書いていますが、エヴァンテがこの名前を呼ぶ時は“セルフレ“イ”リア”と呼んでいます。今は亡きセルフレリアの母がそう呼んでいたからです。
「エヴァンテに合わせなさい!ッて、ちょっとッ!?道塞がないでくれる?!私が誰だかわかってんの?!六防のネネ様よ?わかったらそこどきなさいよッ、ねぇッ!」
意気揚々と暴れる背の低い女の名はネネ。
この周回移動都市のスフィアパイロット数十万人の中で、たった2人しか居ないラウンドの称号の持ち主で六防という都市の師団六トップの内の1人だ。
「今エヴァンテ様は“大号令”のご発令で酷く疲弊されておられます。とてもお話の出来る状況ではございません…。お足を運んで下さったにも関わらず、大変申し訳ございません。」
エヴァンテの所有する巨大な教会の中、エヴァンテの部屋の扉の前でネネに対し複数人のメイドが深くお辞儀をし、現状と非礼を詫ている。
「ふっん。いいわ。貴方達がその気なら力尽くでもこじ開けてみせるわ。」
「お、おやめくださいネネ様!」
ネネは助走をつけ勢いよく道を阻むメイド達に突進した。
「うぉっりゃぁー!!!」
——————ポスッ。
パンが皿へ落ちた様な軽い音が響く。
ネネに体当たりされて尚、ビクともしていない最前列のメイドの1人が気まずそうにしている。
「お、おやめくださいネネ様…」
「…アンタ、なかなかにやるわね…。流石エヴァンテのメイドといったところかしら。」
「私達共が直々に司教様へ要件を打診しておきますのでどうかここは…。」
「イヤよ。貴方達も“今”時間がない事ぐらいわかってるでしょ?」
メイド達はネネのその言葉を返さず、ただひたすらに頭を深く下げ、お願いをするだけだ。
「ふんっ、イイわ。ちょっとスフィア持ってくるからそこで待ってなさい。その扉、教会ごと風穴ブチ開けてやるわッ。」
メイド達が本気であたふたし始めた。
「おやめください!そんな事をすればロイヤーとネネ様が衝突してしまいますッ!」
「ふんっ、ロイヤーぐらいなんなのよ!蹴散らしてやるわ!私を止めたきゃnew orderを呼んできなさいッ!」
その時ネネの脳裏にあのnew orderと対等に渡り合っていた【エネ•ローゼ•ユワナ•ベクター】の姿がよぎる。
必然、ネネは苛立ちを覚える。
敵である【ユワナ】へ対し、そして何よりそのレベルまで到底達していない自分へ対しても…。
ネネとメイド達がそんなこんなしていると、そこへ1人の男が割り込んできた。
——————「何してんだ?邪魔だどけよ。てか、ネネ。お前戦場帰りのくせに元気だな。」
一発即発な状況に横槍を入れた1人の男の名は“ツグネ”。
new orderサキミネ兎と並ぶ、都市を救う為に招集された救世主だ。
ツグネはズカズカとそのメイド達に詰め寄り、鋭い口調で問いかけた。
「エヴァンテの言い付け守んのは、結構だが…。そのエヴァンテ様本人のお言葉を忘れたか?」
「エヴァンテ様の言い付けは一言一句、その意味を完遂するまで忘れる事は御座いません。しかし、今エヴァンテ様は非常に疲弊しておられますので、どうかご理解いただけますようお願い致します。」
「わかったご理解しない。どけ。」
扉の前を守る様に複数人のメイド達は陣形を築いている。
もちろんエヴァンテの遣い達は皆、エヴァンテを守る為に相応の訓練を受け、それなりの戦闘力を持ち合わせている。
必然、俺がそんなメイド達と殴り合って勝てるわけがない。
「エヴァンテは言ってたはずだ。私と同じ権限をツグネにも与えるって。」
まぁ、この教会でエヴァンテと同等にメイドやシスター達を動かせるってだけで、実際ヴェルサイユ級の地位を渡された訳ではないのだが…。
今俺が言ったこと自体、なんら間違いではなかったはずだ。
うん。
俺はズボンに挟んでいた短刀を取り出し、先頭に立つメイドに突きつけた。
「どけ。」
それを見た先頭のメイドはスカートの裾を持ち上げ、再度ツグネにお願いを申し上げた。
「どうかご理解いただけます様、お願い申し上げます。」
そのメイドは首元に向けられた短刀の刃を避ける様子も無く、そのまま刃を頬へ滑らせながら頭を下げた。
刃を滑らせた頬が切れる。
——————ボトボトボトッ…。
頬から流れ落ちた血が床にボトボトと零れる。
「おまッ…何をッ…」
反射的にツグネはその短刀をメイドから遠ざけた。
「どうか、お願い申し上げますツグネ様。」
「ちょっと!アンタそれはやり過ぎなんじゃッ…!」
メイドに対してカスみたいなタックルカマしていた奴が喚く。
しかし、ネネに言われた言葉で俺は思ってしまった。
どうせ、今回“やり直す”んなら…。目の前の邪魔なコイツら殺した方が効率イイんじゃないだろうか?どうせ殺した事実すら無くなるのだから、やはり殺した方がイイのではなかろうか。
いや、でも…もし222が俺の“やり直し”を知覚しているとしたら、短期間で決着をつけなければ、より不利な状況に陥れられるかもしれない。
もちろん、222が“やり直し”を知覚している確証はないが根拠はある。
編成が変わっていた。
偶然か、それとも222は俺のやり直しを知覚しているのか。確証はない。だが、この状況で軽々しくやり直すのは危険だ。
クソッ…今回、new orderが重傷な事が事実として重いなッ…。
これじゃ多分、いや絶対222に勝ち切れねぇ。
でも、ドーベル•ランから半永久的に逃げられる場所なんて、周回移動都市ぐらいしかねぇからな。
ここを守らねぇと俺はどっち道、破滅なんだ…。
なぜなら、俺は草薙を撃退したあの日ドーベル•ランにギアを一部破壊されたからな…。
前までの俺なら死んだ者の記憶を過去にそのまま引き継げた。
でも今じゃ、俺より先に死んだ者の記憶を引き継げなくなってしまった。
もう一度言おう。
ドーベル•ランにギアを一部破壊されたからだ。
つまり、今の俺は前の俺より一つできる事が減っているのだ。
まぁ壊されたもんは軽いが、弱体化というやつだ。
——————「取り込み中、失礼致します。」
その時、廊下の奥から1人のシスターが現れた。
そのシスターはエヴァンテの部屋の前に群がる俺達をいっしんし、淡々と大声で告げた。
——————「周回移動都市地下、中層のトワイライト5000で潜伏中のメイトンが侵略活動を再開しました。それにより、当都市は統合幕僚長の決定に従いメイトンへ対抗する為の人員をトワイライト5000へ派遣しました。」
1回目の時、メイトンは222の本体が現れるまで何の音沙汰も無かった。
つまり、今回俺が駆逐艦の奇襲を奇襲し、阻止したから未来が変わったのか。
にしても、メイトンは一体なにがトリガーになって行動を開始しているのだろう…。
連合の首相、ダグラス•モニカに言い渡されていた何らかの行動指示によって動きを変えている可能性が高いということは火を見ることより明白だが…。
されど、大抵の人間は必ずその行動に至る為のトリガーがある。
何をすればこうなり、アレをすればこうなるのか…。
きっとメイトンもダグラス•モニカもそれは例外ではないはずだ。
——————「人員は…
所属無し ベリエッタ•中略•フブ。
第三師団 六防 カスミ。
第三師団 隊長 エウレカ。
第三師団 副隊長 セネカ•ミル•レイディ。
第三師団 兵長 虫っ娘。
以上の4人と1匹です。」
ん?1匹…?
俺の聞き間違いじゃなければ、1匹って言わんかったか…?なしてや、なして1匹なんや?
虫っ娘…どこかで聞いたことある名前な気が〜…。
あっ、…俺が初めてエヴァンテと接触した日、セネカとエウレカとセルフレリアと〜…後、大男のダーレン…と鷹田と語尾に“にゃん”付けて喋ってた痛い女ニヴァ〜と…口元を隠した背の小さい無口な女が居た…あ。
口元を隠した背の小さい女、アイツが虫っ娘か。
なんかそんな呼ばれ方してたの思い出したわ。
アイツ一言も発してなかったから印象に残ってねぇんだよな…。
「六防1人に隊長レベル1人…それに副隊レベル1人まで。更にドレス•ロードの後継者ともまで呼ばれる虫っ娘…。ちょっと!流石に戦力割きすぎなんじゃないの?!いくら相手がメイトンだからってッ!」
ネネが再び咆哮を上げていた。
そして当然メイドはそれに反論もしなければ肯定もせず、答えない。
——————ガチャッ。
その時、メイド達が陣形を組んで守っていた扉がひとりでに開いた。
その扉は押し戸だった為、扉に近いメイド達がグッと押し出される様な形になって陣形が崩れた。
そして扉から…
——————『皆々様方、お待たせ致しました。エヴァンテでございますわ。』
俺は今日の昼間、駆逐艦瀬音夏との戦いを終えた時から心に決めていた事がある。
それは“次にエヴァンテと会った時、頬をぶん殴ってやろう”という事だ。
理由は単純明快。
俺達の間に隠し事はナシと決めていたのに隠し事をしていたからだ。
それは恋人同士のくだらない縛り合いなどでは無い。
222に対抗する為、まして物事を潤滑に進める為の約束だ。
エヴァンテはそれを簡単に破った。
エネ•ローゼ•ユワナ•ベクターが言っていた“ヴェルサイユが死んでから何年か”という質問に対し、皆は動揺していた。
司令室もとい管制塔とも呼べる部屋にいた数十人超以上の軍人と師団員全員が皆反応は違えど少なからず動揺はしていた。
正直俺は都市の権力闘争について何ら興味はないし、関わろうとも思わない。
だから、その時はエネ•ローゼの言葉を聞いても、ふーんそうなんだって感じただけだった。
しかし、周りの皆の動揺具合を見ているとその重大さがわかった。
これは戦いにおいて大きな重荷になると…。
そして、エヴァンテはそんな重要な事を真っ先に俺へ話さなかった。
でも、俺はエヴァンテを殴らなかった。
割とガチで殴る気ではあったけど。
でも、殴らなかった。
「ッ…。」
俺はあまりにも唐突なその異様に言葉を失ってしまった。
エヴァンテはバケツ一杯の血を全身で浴びた様な姿で俺達の前に現れた。
しかし、エヴァンテの従者達は皆眉一つ動かさず、いつも通り挨拶をした。
「「「「「お会い出来て光栄で御座います。エヴァンテ様。」」」」」
メイド達が一斉に言う。
メイド達はスカートの裾を持ち上げ、シスターは騎士の様に膝を立て、忠義を形で表した。
それとは相反する様に俺とネネはただ呆然としていた。
「ッ…。」
「ッ。。、」
エヴァンテはバスローブを一枚だけを体に巻き着けており、まるで血の温泉にでも浸かってきたのか?と言いたくなってしまう様な格好をしている。
その酷い赤からは若干の鉄分を感じさせる生臭さがある為、俺は迂闊にその姿をツッコメない。
俺は駆逐艦の奇襲に対抗する為、エヴァンテに無理を言って大号令を発令して貰った。
大号令と言っても、今回の主砲のorder級レベルにもダメージが見込める“大聖堂”程の威力では無いが今回それのおかげもあって駆逐艦瀬音夏の最大の武器であるステレス性を突破することができた。
その無理の代償がコレだというのなら…。
エヴァンテを殴ると言う選択肢は俺の中からスッと姿を消した。
俺はエヴァンテに掛ける一言目が見つからなかった。
“ごめん”か…、
“ありがとう”か…、
それとも何か別のこの状況に当てはまるピッタリな言葉が有るのかもしれない。
俺がうだうだと迷っているとエヴァンテはメイド達を押しのけこちらへ近づいてきた。
メイド達はそれを悟ると瞬時に陣形を崩し、エヴァンテが通れる花道を作った。
——————ベチョッ…。ピチョッ…。ベチョッ…。
エヴァンテが一歩踏み出すごとに血がそこら中へ飛び跳ね、廊下の木を血で染める。
「うっっっりゃぁぁぁぁあッ!!!」
エヴァンテがツグネの前へ到着するよりも早く、ネネがその身を駆け出し、エヴァンテへ向かってドロップキックをかました。
しかし、それも虚しくエヴァンテが出てきた扉の向こう側から現れたもう1人の女によってそれは阻止された。
——————バシッ。
ネネのドロップキックを片手で受け止めたその女の名はセルフレリア。
世界に4人しか居ない天使とも呼ばれる翼を持つエヴァンテ専属護衛のギア使いだ。
「おやめくださいネネ様。血で服が汚れます。」
エヴァンテ専属護衛のセルフレリアといえど。
ネネとはわりかし長年の付き合いがあるセルフレリアといえど。
休日はネネと一緒にランチを食べに行っているセルフレリアといえど。
六防のネネとでは権力に差がありすぎる為、表ではそう簡単に迂闊な態度は取れない。
その点、瞬時に状況を判断し、冷静なほうべんを並べたセルフレリアに対しては素直に凄いと思った。
それに対し、ネネはフンッと鼻を鳴らすだけだ。
「エヴァンテ!ヴェルサイユが死んだってエネ•ローゼ•ユワナ•ベクターに聞いたわッ!一体どう言う事なのか説明して貰おうじゃないのッ!」
怒号の表情に対し、エヴァンテはいつも通りスマイルを顔面に直接張り付けた様な表情で答えた。
『そんな事、今はどーでもいいですわ。』
エヴァンテは言い終わった後も笑顔を崩さず言い切った。
「ヴェルサイユが人間かどうかなんて私気にしないわ!でも、ヴェルサイユが母艦にいるんじゃないの!それでアンタはッ…」
ん?母艦…?
エヴァンテはネネの話を途中で遮り、再度言う。
『そんな事、今はどーでもいいですわ。』
母艦…あんのか周回移動都市に…?
そこはちょっと気になったが今はそんな事を考えている場合ではない。
まぁネネには申し訳ないけど、この手の権力闘争に関しちゃ俺はホントにどーでもいいんだ。
ヴェルサイユが一体どんな凄い奴でどんな偉い奴だったのかは知らないけど、どうでもいい。
きっと、エネ•ローゼ•ユワナ•ベクターの放ったその言葉は都市の権力闘争の根底を覆す様な内容だったのかもしれない。
その言葉がこの戦いにおいて仲間のモチベーションに関わってくるかもしれないと考えたら決して全てを無視する事は出来ないが…
でも、今はそんな事よりッ…
222への対抗だろッ…。
なんせ後数時間の内に確実に奴は来るんだ!
1回目の“やり直し”でそうであった様に…。
「今はそんな事どーでもいいだろ!!!」
イラだった声が場へ響く。
「な、何よッ…!」
「数時間後に222がこの都市の全てを破壊しに来るんだよ。何寝ぼけたこと言ってんだテメェ。ヴェルサイユとかいう奴の事なんざ今はどーでもいいだろうがよッ!」
「でもッ!これは都市が…」
「じゃぁその話したらメイトンが素直に帰ってくれんのかよ!じゃぁその話したら兎の体が治んのかよッ!じゃぁその話したら222が帰ってくれんのかよッ!」
俺はなぜこんなにネネを怒鳴り付けているのだろう。
自分でもなぜこんなに怒っているのかわからない。
自分の知らない話を大っぴらにされたからだろうか。
いや、違うな…。
これは…焦りだ。
俺は追い詰められたこの状況に焦りを感じているのだ。
10秒程だろうか。俺は無理やり自分の口をつぐみ黙った後、心を落ち着かせて、もう一度冷静に皆へ話した。
「兎が行動不能になった以上…。今回はもう俺達に勝ち目は無い…。それに、222は俺の“やり直し”をわか》…」
そう言い切る前に、エヴァンテは笑顔を張り付けた様な表情で言った。
『とりあえず、時間がないのは承知の上ですが、場所を変えましょう。』
「まぁこんなとこで話してても何だしな…。それにお前も…。」
血だらけのエヴァンテからはポトポトと血液が垂れている。
色々聞きたいことはあるがまずはそれを何とかしてもらわないと話にならない。
「血ぐらい洗い流してこいよ…。」
俺の声に元気がない事ぐらい自覚していた。
それをヒタ隠そうともしない自分を恥じた。
“いい加減大人なんだから”って、誰かが俺に説教している様な感じがした。
「ふんっ、私はもう行くわ。」
「は?」
「は?ってなによ。もといた軍庫に戻るっつってんのよ。」
「なんで。」
「何でって、、アンタ…。なにせあと数時間で222との決戦が始まるんだから。用意いなきゃいけないこと山ほどあるでしょ。」
「なんの。」
「はぁ…?いつも私が使ってるスフィアをフルオーダーにしたり、追加バックパック選んだり、バーニアとスラスターを…って何でこんな事アンタに言わなきゃいけないのよ。」
そういうとネネはメイド達とシスターの方に体を向け言った。
「せいぜい足掻いて死ぬ用意をしてくるわ。じゃぁ、これで貴方達共顔を合わせるのは最後になるでしょうけど、まぁせいぜい元気でいなさい。」
そう言い、澄まし顔で去って行くネネに対し、メイド達とシスターが深く頭を下げた。
「「「「行ってらっしゃいませ、ネネ様。」」」」
ネネの足音だけが静かな廊下へ響く。
木製の廊下が軋み歴史を感じさせる音が響く。
1人だけの足音が響く。
ネネの後ろ姿は小さいながらも背筋がビシッと伸ばされその生き様が滲み出ていた。
メイドの中には静かに涙する者もあった。
もしかしたら仕事以外でのプライベートでネネと関わりがあったのかもしれない。
もしくは、六防のネネに幾度となくその命を救われ、泣いているメイドにとっては羨望の眼差しを向ける相手であったのかもしれない。
そこへどんな感情があったのかは定かではないが、俺はネネへ何の言葉も掛けてやれなかった。
——————うぅ…。グスンッ。グスンッ。
1人のメイドが膝を崩して泣き始めた。
あのエヴァンテのお堅いメイドが泣き始めてしまった。
皆はそれを宥める様に肩をさすりあっている。
その中でもセルフレリアはネネの姿が見えなくなっていても頭を下げ続けていた。
そして最後に頭をあげ、敬礼してからエヴァンテの方へ向き直った。
その目尻は腫れていた。
メイド達やシスターとは違い、六防やそれ以外の師団と軍人の精鋭達1000人は俺の“やり直し”を知っている。
それはネネやセルフレリアも例外ではない。
なのに何であんな言葉…
あっ…。
俺は今更気づいた。
いや、事実を知らなかったわけではない。
ただそこに重点を置いていなかった、それだけなのだ。
そして今、俺は初めてそこに目を向けたのだと思う。
“やり直し”で死んだ事実が無くなるとはいえ、死ねばそれまでの記憶は引き継がれない。
故に今の世界で今を生きた自分は死んだも同然なのだ。
もちろん、そうならない様にする事もできる。
“やり直し”の直前、俺の近くにいる事で俺は俺以外の人を選択して記憶を保持させ、やり直しすることが出来る。
でも、ネネは今回の作戦において最後の最後まで222と矛を交えるつもりらしい。
はなから記憶を持ち越す気は無いということだ。
「あ…。」
俺は驚いてたんだと思う。
ネネとて俺の“やり直し”があるから今自分が死んで、はいそこで終わりとは思っていないだろうけど、俺の“やり直し”を知らないメイド達やシスターは違う。
いや、違うと言っても意義と意思でいったらネネの感情もきっと泣いているメイド達と大差ないのかもしれない。
メイド達やシスター、ネネは…
【確かに今この世界で生きていた。】
俺だけが”今”を生きていなかった。
そして、俺はネネへ対し悲しみの感情は愚か、お別れの感情ですら一切湧かなかった。
当然と言えば当然だ。
俺がギアでやり直したその先でまた会えるのだから。
きっと俺は“今”この世界を生きていないから、“今”を生きている死にゆく兵士ネネへ対し、掛ける言葉が見つからなかったのだろう。
ツグネは泣いているメイドを横目に、その場へしゃがみ込んだ。
すると視線の先、木製の床にじんわり染みた血が見えた。
あっ…この血、メイドのか…。
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色とりどりの花が咲いた教会の庭。
所々、地面に大きなクレーターが出来ているのは前に兎とネネがスフィアでそこを踏み抜いたからだ。
ネネが行ってしまってから大体10分という時間が経っていた。
鳥の囀りも聞こえなくなった風の強まる午後の昼下がり、俺とエヴァンテは教会庭中央にあるティーテーブルを囲んでいた。
エヴァンテの隣にはいつと通り、ピンと背筋を伸ばしたセルフレリアが立っていた。
が、それ以外のメイドやシスターの姿は無い。
——————トポトポトポトポッ…。
セルフレリアがティーカップに紅茶を注ぐ。
——————キュルルッ。キュルルッ。チュンチュンチュンチュンッ。
地上では見たことも聞いたことも無いような名前のわからない鳥が囀る。
「んで、エヴァンテ。要件だが、222は俺の“やり直し”に気づいてるかもしれない。」
「それは由々しき事態ですねわね…」
シャワーを浴びて全身に纏わりついていた血を流し、すっかり綺麗になったエヴァンテが俺のその言葉に眉をひそめていた。
“想定していなかった事が起きたな…”と言ったそんな表情にも見えた。
「ところでさ、エヴァンテ。お前なんでさっき血塗れになってたんだ。」
「大号令を発令した代償を回復させていたのですわ。」
「えーと…大号令ってアレだよな。“聖堂弾”とか“大聖堂”とか都市丸ごと使ってやる必殺技だよな…。」
「はい。その認識で何も間違いはありませんの。」
「んで、一体どんな代償だったんだそれ…」
222到来まで残り数時間、こんな事を話してる時間はない。
今は次回以降の周回の為に、駆逐艦の奇襲や、メイトンへの撃退方法、222への対処法、色々優先して練らなければならない事が山ほどある。
山ほどあるが、あんな姿見せられたら気になるじゃないか…。
「今回私が発令した大号令の名前は“セイカの白身”です。その効果は《超広範囲に極小の高次元を生み出す。》ですわ。その効果で雨雲を拡散させました。」
「そうか…その大号令の効果はわかったから、その…お前が払った代償って奴を教えてくれよ…。」
「“セイカの白身”の代償は右腕の喪失です。」
「…ん?いや待てよ。なら何であんなに全身から血のバケツ被ったみたいになってたんだよ。しかも、今普通に右腕あるじゃねぇか。」
「右腕が生えているのは回復措置をとったからですわ。そして私があんな霰もない姿になっていたのもその回復措置のせいですわ。」
「あッ!」
俺は咄嗟に大きな声を出した。
それに伴い、エヴァンテの隣で突っ立っていたセルフレリアの肩がビクッと揺れる。
「なら、その回復措置とやらで兎の怪我治せんじゃねぇか?」
「私のチカラ不足故、残念ながら、それは叶いません。あくまでこのチカラは私の生まれ持った自己治癒能力、すなわち自分自身が対象のギアで、その効果を他人に流用する事は出来ませんの。」
「…そうか。あくまでも治せるのは自分の体だけって事か。」
「その通りですの…。」
ん?なら、なぜ血のバケツを被った様な見た目になってたんだよ。
「なら、なんでさっき…」
「今から話す事は門外不出のトップ、トップ、トップシークレットでお願いしますわ。」
「お、おう…」
珍しくエヴァンテが俺に対し、食い気味だった。
だからなのか、俺は少し気圧された気がした。
「その前に、セルフレリア。」
急に話を振られたセルフレリアは驚いた様にエヴァンテの方を見る。
「あっ。は、はい。何かご要でしょうかエヴァンテ様。」
「今からとある実験をします。」
「へ?あ、はい。」
「しかし、その実験は翼を1mmでも出していると失敗する可能性が上がります。いや、必ずとも失敗します。だから、その翼完全に引っ込めてくださいまし?」
「え、え…?あ、はい…。」
エヴァンテはセルフレリアに謎の指示を出し始めた。
セルフレリアは全て言われた通りにしましたと言わんばかりの表情でエヴァンテの方を見つめていた。
見るからにセルフレリアは言われたことに対し、疑問を抱いていたが、その眼差しは確かに信頼と信用で満ちて溢れていた。
もちろん、エヴァンテもそれを笑顔で返す。
「できましたか?セルフレリア。」
「はい。今、完全に引っ込めました。」
「ありがとうございますわ。セルフレリア。」
エヴァンテはセルフレリアに見せたことのない様な優しい笑顔を向けた。
その笑顔にセルフレリアはつい絆され少し照れる様な表情を見せた後、それを必死に誤魔化す様に顔に力を入れていた。
——————フミフミフミフミフミ。
エヴァンテは隣に立っているセルフレリアの足を踏んだ。
踏んだと言っても強く踏み抜いたわけでは無い。
軽く踵を浮かし爪先で軽く捻って何度も踏んだ。
エヴァンテはティーテーブルに腰掛けながらティーカップの中を小さめのスプーンで優雅にかき混ぜ、セルフレリアのつま先をフミフミしている。
「…え?」
混乱するセルフレリアを横目にエヴァンテは笑顔で言った。
「ごめんなさいね。わざとじゃなくってよ?」
——————ドォゴォォォォォォォォォォォォッン!!!
風圧で前髪が逆だった。
気づくと目の前には大きな腕があった。
一瞬のことだったから自分自身瞬きが間に合ってなかったと思う。
その大きな腕はエヴァンテの横スレスレで地面に突き刺さっていた。
いや、突き立てられていたの方が近いのかもしれない。
その腕は金色を中心とした豪勢なデザインで、黒と赤がふんだんに使われていた。
その腕は所々にパイプの様なものや、小さいエネルギー球の様なものが散らばって、メカメカしい駆動箇所がいくつもあった。
「え。」
俺はこの巨大な機械の腕の正体を知る為、その先を見上げた。
豪勢な機械腕の正体は“ロイヤー”だった。
ロイヤーはヴェルサイユ級特権を持つ者に与えられる自立稼働型スフィアの軍隊だ。
そして今の状況から鑑みるにヴェルサイユ級の特権を有しているエヴァンテがその特権でセルフレリアを叩き潰したのだ。
——————シュュュュッーーーンッ…。
それらはシューンというハイテクを感じさせる駆動音と共に、腕を上げた。
ロイヤーの拳の裏に張り付いたセルフレリアの肉塊が、または土の混じった目を背けたくなる様なドロドロが、靴の裏に張り付いたガムの様に粘性をもって弾けた。
「なぁ、エヴァンテ、お前、何やってんだ、」
その声は僅かだが、小さく揺らいでいたと思う。
「実験ですわ。」
俺はきっと怯えていた。
セルフレリアの死に様が、ドーベル•ランに殺された時を連想させる様な死に様だったからだろうか。
「…せ、セルフレリアは違ぇだろッ…。ほ、ほら、知られちゃいけねぇ秘密だったとしてもセルフレリアはこの都市の敵じゃねぇわけで、不利になる状況になるはずもなければ、わざわざ殺す必要もない訳で…」
俺は自身が酷く動揺している事を自覚していた。
きっと側から見れば目も泳いでいただろう。
息苦しい。
理解し難い事を理解しようとしているからなのかとても息苦しい。
俺から出る言葉の全てが自問自答に聞こえる。
無理やり自分を納得させようとしてるみたいなそんな感じだ。
きっと俺は目が泳ぎすぎて、疲れて、息継ぎを求めている。
「なぁ、なんでそんな事したんだ?俺のチカラで全てなかったことに出来るからか?なぁ、」
「セルフレリアは四使です。この程度で死んだりはしませんの。セネカ達、四騎程ではありませんが。」
「…あ?」
俺はセルフレリアの方を見た。
そこにはただ形容し難い塊があるだけだ。
「セルフレリアの母“ハツ”から派生した人類史上初めての超人類、“四生派希少天人”と呼ばれていて、彼女のギアである“天使”は翼を出している限りほぼ不死身に近い再生能力を誇り、尚且つ果てしない攻撃力を有しています。」
違う。俺はそーゆーことが聞きたいんじゃない。
口に出せない。
多分、空気に溺れている。
「テメェ、何が言いたいんだよ。」
「四使と呼ばれる4人は常日頃から己のギアである天使の翼を目に見えないレベルで少しだけ出しています。」
「テメェ、いい加減にッ!」
「だから、翼を消させました。」
「…は?なんでだよ。何でそんなことするんだよ。」
「最高機密を聞かせない為と、…そうですね。実験したかったからです。」
「ち、違う、違う違う違う!そーゆーことじゃなくて!」
「私実際問題、確かめたかったのですわ。翼の有無だけで四使が死ぬかどうか。」
仲間が死ぬことには慣れているつもりだった。
でも、仲間が仲間を殺すのには慣れていなかった。
俺は形容し難い姿になったセルフレリアを指差した。
「お前はアレを見てなんて思う…?」
そんな俺にエヴァンテ言った。
『お肉ですわ。』
俺はその時こう感じた。
あぁ、コイツとは一生分かり合えねぇな、と。
“この”周回移動都市、数十万人のなかで。
“この”“この”“この”
↓カットした文章。
•「最高機密は最もっとも高い機密と書いて最高機密と読みます。無かった事になる世界とて、それに例外は有りませんの。」
•「…は?いや、待てよ…。俺はさ、まだ都市に来て間もない…けどさ…。で、でもさ、ほら、セルフレリアはずっとお前を慕ってたじゃねぇか…。それが何年の付き合いがあるかしんねぇけどさ…」
•「ほ、ほら、トワイライト5000の時は…さ?お前がこの都市の責任者として制裁を加えただけで、…さ?、…お前が5000年間生きてきて見出した帝王学みたいなもんがきっとそこにはあって…。それのおかげで今も尚その地位に居座れるのであって…」
•「なぁ、エヴァンテ。聞かれたくねぇ事があったのなら、レリアには遠くに行って貰えばよかったんじゃないか?」




