母さんの経歴
ヤコとリビングで中間テストに向けた勉強をしていたら、母さんが帰ってきた。高校生にもなって、母親が帰ってくるのを玄関まで迎えに行くのはなんだか幼いような気もするが、俺とヤコにとってこれが日常なのだ。というか、母さんが戻ってきてくれた事に、ほんの少しだけ安心した。
昨日俺が変なことを聞いてしまったので、父さんに会いに行ってそのまま戻ってこないのかもしれないと、心のどこかで思っていた。
「おかえり」
「ただいま、ハンバーグは食べた?」
「うん、美味しかったよ」
「そう、ヤコちゃんはハンバーグ大好きだからね。よかったわ。サワ君は?」
「ああ、うまかったよ。母さん」
「ふふ、ありがと。そうそう、これ、お土産の寿司折よ。ハンバーグの後だけど、美味しいから皆で食べましょう」
「う、うん……」
母さんが食事をするところを、見た事がないと言っていた矢先に寿司折……一緒に食べようと言うが、母さんは食べるのだろうか?
「今日は、どこに行っていたの?」
ヤコが、ポーカーフェイスのつもりで母さんに話しかけている。しかし、俺が口火を切った方がよかったと思えるほど、感情が顔に出ている。
「今日はね、母さんが働いていた時の上官に会ってきたのよ」
「母さん……働いていたことあったの?」
「ええ、あなたたちが生まれる前に、少しだけね」
母さんは、熱いお茶を三つテーブルに置き、隣に置いていた寿司折を開く。お寿司のテイクアウトは初めてなので、よくもまぁこんなパツパツに寿司が入るもんだ……と感心していたら、母さんが「どうぞ、召し上がれ」と言った。
その顔は、いつも俺たちが食事をするときの笑顔そのものだが、母さんは寿司を食べず俺達を見ている。
ヤコと顔を合わせて、一つずつ寿司を取って自分の小皿に置いた。
「母さんは……食べないの?」
俺は、意を決して聞いてみた。
「ふふ、私もいただいていい?」
「え? う、うん。母さんは何が好きなの?」
「巻きずしが好きよ」
母さんは、綺麗に巻かれた巻きずしを手に取り、そのまま食べた。
俺とヤコは、思わず目を合わせてしまう。ヤコ……その顔芸はダメだ。
「ヤコちゃん、どうしたの? 何か珍しいことでもあった?」
「い、いや……母さんとご飯を一緒に食べるのが久しぶりだから……」
「そういう事ね」
「……」
「あなたたちが美味しそうに食べるのを見るのが、母さんの楽しみなの。だから、いつもあなたたちが食べるのを見ていたわ。けど、誤解を与えていたのかしら?」
「そ、そんなことないわ」
ヤコは否定するが……。
「いいのよ、ヤコちゃんの顔ですぐわかったわ。これから私も一緒に食べるわね」
「……ありがとう」
「母さん」
「サワ君どうしたの?」
「聞きたいことがあるんだ。いい?」
ヤコが「それだけは聞くな」という顔でこちらに合図をするが、「それじゃない」とこちらも顔芸で伝える。
「いいわよ、何かしら?」
「俺たちが生まれる前に仕事をしていたんだよね?」
「ええ、そうよ」
「どんな仕事をしていたの?」
「……とうとう来たわね」
「どういうこと?」
「いろんな仕事をしていたから、一言では言いにくいの。簡単に言うと、軍の研究員として働いていたのよ」
「え? 軍の仕事をしていたの?」
「そう、お隣さんの宇宙人さんいるでしょ?」
「うん。あの背の高い異星人のひとよね?」
「ええ、あの人も一緒に働いていたの。銀河系外の宇宙についての探索とかをしていたわ」
「は?」
俺とヤコが同時に発する「は?」がハモッてしまう。普通ならこれで笑い出すところだが……銀河系外の宇宙探索?
「ち、ちょっとまって、さっき上官と会ってきたって言っていたのは……」
「その時の上官は、私の元上司よ」
「そ、そうなんだ」
「軍関係の人は、私のように引退しないと普段通りの日常生活は送れないの。だから、母さんの交友関係はあまり広くないのよ」
そ、そんな過去があっただなんて……今まで何も言ってこなかったのはなぜだろう?
「今まで伏せていたのはなんで?」
「あなたたちから聞かれなかったので、言うタイミングを逃していたの」
「……じ、じゃあ、もう一つ聞いていい?」
またヤコが顔芸をするが、あれは聞かないと決めているから安心しろ。
「いいわよ」
「こ、この家……母さん引退しているのに、なんでこんなお屋敷に住めているの? それと、生活費はどこから出ているの?」
「サワ君……このお家は、軍から功績をたたえて与えられたの。前の持ち主がいたけど、母さんと作戦行動中に戦死しちゃって……ここは、その人の実家なの。その人が今の軍にすごく大きな功績を残されていたから、引退する私が代わりに住んで、このお屋敷を維持することになったのよ」
「え? か、母さん、戦争の経験あるの?」
「ええ、こう見えても名誉勲章をもらっているわ」
「名誉勲章ってすごいの?」
「サワ君もヤコちゃんもあとで調べるといいわ。最高位の軍事勲章よ」
「すげぇ……」
「ほら、玄関が広いでしょ?」
「うん」
「あの玄関の正面にある2階までの吹き抜けの壁。あそこにその人の肖像画があったの。初めて見た時、その人の優しさと強さを兼ね備えた姿に感動したわ」
「あの壁……そんなのがあったんだ」
「そう、大切な人だった。その人の生家を守ることも今の母さんの仕事なの」
「……」
「もっと早くにこれを言った方がよかったかしら?」
「いや……それだと、母さんのすごさが分からなかったと思う」
母さんは、いつもより優しい笑顔で俺とヤコを見ている。いろいろ疑ってしまった自分が恥ずかしくなる……多分、父さんは軍で一緒に働いていた人なんだろう。もうすぐしたら分かると言ってくれたから、それまで待つよ、母さん。




