118年ぶりの女子会
サワとヤコの母親は、ユウカから指定された料理屋の個室に入った。
「ユウカ大佐、お久しぶりです」
彼女は、目の前にいる自分と瓜二つのユウカに、深々とお辞儀をする。その動作は、互いの過去を知る者同士がやるような、ラフでありながら丁寧なものだった。
「オーメ、久しぶりだな……何年ぶりだ?」
「あれから118年ですよ」
「そうか…もう、そんなになるか」
「ええ、だいぶ経ちましたが、お元気そうですね」
「ふふ、お前もな……」
全く同じ顔をした二人が目を合わせて笑う。軽食が届けられ、それをつまみながら、二人は再会を喜び、昔話を通してそれを分かち合う。
「サワ君……いえ、あるじから、大佐のことを聞いて最初は驚きました」
「そうだろう、サワとヤコしか使えぬ転生を、私も使ったのだからな」
「記憶は全部あるのですか?」
「ある。あの後からすべて覚えているぞ」
「そうですか……大佐、私はあの時の約束を守れましたか?」
オーメの確認するような視線が、ユウカの目を捉える。彼女の機械で作られた目と、ユウカの人間の目はよく似ている。しかし、この時のオーメの目は、人間のそれだった。
全てを理解しているユウカは驚くこともなく、静かに頷いた。
「ああ、こうやってサワとヤコを2回も見送り、2回も育てているのだからな。予想以上だし100点満点だ」
「ありがとうございます。大佐が、私の手の中でお亡くなりになったあの時は……今でも鮮明に思いだします」
「私もだよ……寂しかった。やりたいことはいっぱいあったが、それもここまでと無理やり悟らされた。だから、お前にすべてを託した。多分、声では伝えられていなかったんじゃないかと思ってな。それが心残りだったんだ」
「そうですか……でも、どうやって?」
「ふふ、お前たちをずっと待っていたのさ」
「どこでお待ちになられていたんですか?」
「雲の上さ。皆そう言うが、大きな河のほとりだ」
ユウカは、オーメがそれを知っているか確認するような目で彼女を見つめながら、一片のスナックをつまんで口に入れた。
「三途の川……というものですね」
「さすがだなオーメ。それを知っているとはな」
「人間の死生観などは一通り学習していますが、それが実在するとは思いませんでした」
「私もびっくりさ。ふとしたら河を渡ってな。最初は訳も分からなかったが、閻魔大王とやらの審判で、あやうく地獄行きになるところだった」
「大佐が地獄行きですか?」
「ああ、反乱軍の鎮圧で結構ひどいことをしていたらしい」
「……」
「私は武器を使っただけだったが、それが『地獄すら生ぬるい』兵器だったようでな」
「そんな兵器を軍は持っているのですか?」
「ふふ、お前が使ったあの203mm砲だよ」
「も、もしかして、あれを人間に使ったんですか!?」
「そうさ、あの兵器は反乱軍鎮圧用なんだ」
「たしかにそうと説明書きにありましたが……けど、そんな恐ろしいものだとはどこにも書いてなかったですよ」
「極秘だからな。お前なら、あの兵器の威力は分かるだろう? ハイドロメタルの戦艦にあれを撃ち込むと、どうなる?」
「はい……恐らく……あの3点バーストを、人間向けの宇宙船が受けたらひとたまりもないでしょう」
「そうだ、最初は軽微な損害に見えるが、艦の温度調整用水配管と空調にあれがめぐる。反乱軍の仲間が、救助に向かってその惨状を見て戦意を失うように作られた兵器だ」
「たしかに……地獄の方がましかもですね」
「そう、あれを使ったことで大幅に減点されたよ」
「……大変でしたね」
「いや、お前たちを待つ方が大変だったさ」
ユウカのこの言葉に、オーメの超知性が追い付かない。打てば響くような反応ができるオーメも、この時だけは何も言えなかった。彼女にとって、この空白の時間は永遠にも等しい時間だった。
「……100年ほど、ずっと三途の川のほとりで待ってたんだ」
「それは?」
「そしたらな、これが面白いんだ。私のその待つ姿に心を動かされた閻魔が『仕事をしないか?』と言ってきてな。それからは、美少女閻魔大王として亡者の裁きをしたぞ」
オーメは、軍用アンドロイドに似つかわしくない驚いたような表情をし、その後すぐにこみ上げてくる可笑しさで、ユウカにそっくりな顔が笑顔となった。
「ふふ、大佐は相変わらずですね」
「その時に、閻魔鏡でお前たちを見たんだ」
「まぁ、そんな場所から私たちを?」
「そうだ、こっちに来ずに2回目の転生をしているではないか」
「ええ、あるじとヤコさんがそれを選択されました。私は一人でもやっていけるのですが……」
「つい頭にきてな。閻魔大王に『私をあそこに送り込め!』と無理やりお願いしてこうやって転生してきたんだ」
「お願いだなんて……信じられませんよ」
「フハハ、まぁ、どうあれ今ここにいる」
全く同じ見た目の彼女たちは、昔話に花を咲かせている。その間オーメは、118年前の在りし日に、ユウカ大佐と画策した『オーメ入れ替えイベント』を思い出して検証をしている。あの時の計画、あの時の自信に満ちたユウカ大佐の表情。それがなぜ、閻魔大王にお願いしてまでここに転生してきたのか……。AIである彼女の頭脳は一つの答えにたどり着いた。
「大佐、質問してもいいですか?」
「ん? いいぞ」
「そこまでして転生し、あるじを追いかけているということは、あの日の夜……失敗しましたね?」
「お、オーメ何を言うんだ」
「その反応で分かりました。大佐とふたりでプランを練っている時、『私はサワをこのワンナイトでモノにする』と言ってましたからね」
オーメは、この118年で獲得した人間としての振る舞いすべてを使って、ユウカの失敗を優しい笑顔で笑った。その失敗の理由も把握したオーメは、改めてあるじへの感謝と愛が芽生え、かつて自分をトレーニングしていたサワのことを思い出した。
「ば、バカ! 声が大きいぞ」
「なんとなくわかります。あるじは、私のことが大切で大佐に手を出せなかったんでしょう」
「オーメ、それ以上予想するのはやめろ」
「100年待って、転生までして追いかけまわすだなんて、あのころと変わっていませんね」
「う、うるさい、サワは私のものだ」
「そう言うと思いましたよ」
ユウカは、自分の失敗をこれ以上ほじくられるのを防ぐために、話題を変えた。
「そうだ、オーメ。サワとヤコは記憶を持っていないのか?」
「いえ、持っていますが、ヤコさんがNGC5694で転生装置を作る時に一つだけ細工を入れました。前世の記憶が完全に回復するのに、時間差があるようになっています。転生直後は覚えているのですが、幼児健忘で忘れ、人格形成が完了する18歳から20歳にかけて、ゆっくりと発現するんです」
「そうか。だからサワは、私を見ても気が付かないんだな?」
「大佐、そうかもしれません。母親の私とそっくりだから気が付きませんよ。『転校生のユウカさんは母さんが化けてるんだ』と言ってます」
「あっはっは! 面白い。なら、また入れ替わろう」
「だめです。今度こそワンナイトであるじを奪うのが見え見えですよ」
「さすが私をモデルにしただけあるな、19型アンドロイドのオーメ」
「外見だけモデルで、中味はアンフィニブレイン製のAIです」
「そうか、入れ替わりが無理なら、正攻法で毎日アタックし、今度は私がサワの妻になる番だな」
ユウカの顔に、これからの目標が出来た時のような安堵と、野望の色が浮かんだ。
「もう……ユウカ大佐は……相変わらずですね」




