はい、あーんして
「ど、どうしたのよ」
ヤコがなぜか動揺している。というか、俺も動揺している。母さんの泣き顔なんか見た事ないのに、目の前にいるそっくりなユウカさんが、目に涙を浮かべているからだ。かつ、クラスメイトも、ユウカさんのただならぬ雰囲気にこちらを見ている。
ユウカさんは、ヤコを一瞥してから俺を見るが何も言わない。
「ど、どうしたんですか?」
「パンが……売り切れていた」
涙を拭いながらしょーもないことを言うので、クラス全体がズッコケた。
「ち、ちょっと! そんなことを意味深な感じで言うんじゃないわよ!」
ヤコの言う通り。さすがに俺もこれはどうかと思ったが、そんなことにひるむユウカさんではなかった。
「サワ……私にも少し分けて……、いや、一緒に弁当を食べよう」
彼女はものすごい勢いで俺の横に椅子を寄せて座り、俺の弁当の箸を取り上げて卵焼きを掴んで「はい、あーんして」と言いながらそれを俺の口元に持ってくる。彼女の忍者のような素早い動きに圧倒されたヤコは、何も言えずに俺とユウカさんのラブラブ卵焼きを眺めているし、俺もよくわからず卵焼きを食べてしまった。
「おいしい?」
魔法少女みたいな笑顔で味を確認しつつ、彼女も卵焼きを目にもとまらぬ速さで口に運ぶ。
「おいしい~」
ほんの1分前まで、パンが買えなくて涙目になっていた人とは思えぬ変わり身だが、その目にはまだ涙が残っていて、それを拭いながらタコさんウインナーを「はい、どうぞ」と言って俺の口に運んできた。
さすがに我を取り戻したヤコが怒髪天になって介入してきたが、ユウカさんはいつの間にか俺の腰に手を回して体が密着しているから、ヤコが何をやっても引き離せない。つか、胸が当たる……でかいぞこの人。
「サワ兄! なんで『あーん』で口を開けて食べてるのよ!」
「い、いや、なんか自然な感じで」
「はぁ!? あんたも馴れ馴れしいどころじゃないわよ! というか、ものすごい勢いでサワ兄の弁当食べてんじゃないわよ!!」
「フフ、サワの食事は私が担当だから半分いただくぞ。はい、あーんして」
言われるがままに口を開いて食べる……うまい。
「ち、ちょっと! どきなさいよ!!」
ユウカさんは、俺の弁当箱が空になったのを見届けてから離れ、母さんが見せた事もないようなほんの少し邪悪な笑みを浮かべた。
「ヤコさん、私に感謝するんだな」
「な、なによ」
「お前の弁当はまだたくさん残っている。サワの弁当は空だ」
「それがどうしたのよ!」
ユウカさんは、俺を見てさっきとまったく違う朗らかな笑顔をして聞いてきた。
「サワ、まだお腹減っている?」
「う、うん……」
「フハハハ、そうだろう……ヤコさん、あなたの出番だ」
ここにいる全員が何のことか意味が分からない。ヤコも「はぁ?」と言ってユウカさんの次の言葉を待っている。
「お前たちが、普段、家でやっていることをすればいい」
「な、なにもやっていないわよ!」
「そうなのか? まぁいい、ヤコさん。その弁当をサワと半分こして彼の腹を満たすんだな。私がやったような『はい、あーんして』ができるようにしてやったのだ。フハハハハハハ!」
よく分からんことを言って、高笑いをしながら教室を出て行くユウカさん。この謎のカリスマで男性陣の心を鷲掴みしてしまったようだ。俺もなんか心を動かされた。
対するヤコは、クラス全員から「はい、あーんして」をするのかどうかの視線が集まったために、真っ赤な顔をしながら猛烈な憎悪を燃やすような目で俺を見ていた。




