父親は?
ヤコがカツ丼を食べて腹いっぱいでウトウトしていたので、気が付かれないように母親の部屋に行く。
「母さん、教えてほしいことがあるけどいい?」
「いいですよ」
母さんは、いつもの笑顔で俺を見ている。この優しい顔に、今からぶつける質問は酷だと思うが……知らないで生きていく方が怖い。
「父さんはいるの?」
母さんの顔は何も変わらない。かつ、うろたえた様子もない。
「それですか、とうとうその質問が来るようになったのですね」
「母さん……」
「あなたたちのお父さんについては、その時が来るまで待ってほしいの」
「え? そ、それってどういう事? 母さんは、俺たちの母親だから知っているはずだろ?」
「ええ、私はあなたたちの母親ですよ」
「だったら、誰か分かるはずだよ。なんで言えないの?」
「それは……まだ早いの」
「隠さないとダメな人なの?」
「そうではないわ。けど、ある意味、隠さないといけないの。ごめんね。もうすぐ……あと半年もしたら分かるはずなの」
「い、意味が分からないよ。母さん……も、もしかして、ヤコと俺は……兄妹だけど兄妹じゃない、とかはないよね? 俺たちって似てるところがあまりないし……」
「……」
「なんか言ってくれよ!」
「あなたは、どこまで把握しているのかしら?」
「ど、どういうことだよ」
「サワ君、私はあなたの母親です。この手であなたを大切に育ててきました。あなたの中で、何かが起きているなら言ってちょうだい。何もない……以前と比較して何もないなら言わなくていいわ」
「以前と比較?」
「あなたとヤコちゃんは特別なの。だから、その時が来るのはもうすぐだから、母さんとしてはその質問の答えは待ってほしいのよ。もし、何かを思い出してきていることとかあれば、それを教えて」
母さんは、俺の質問に答えようとしなかった。それがショックだったので、母さんの部屋を飛び出して、WASSPの元へと向かった。
「坊ちゃん、こんな時間にどうしました?」
「WASSP、俺の父さんについて知っていることを教えてほしい」
「お父様ですか……その情報は、私は持っていません」
「嘘を言わないでくれ! 小さいころから育ててくれていただろ? その頃、父さんがいたはずなんだ」
「坊ちゃん、私はこの家にお仕えした時から、奥様だけでしたよ。今でも思い出します。奥様が、坊ちゃんと嬢ちゃんを抱えてここにやってきました」
「嘘だろ……」
「嘘ではありません。私もAIの端くれとして、知っていることはすべてお伝えする用意はあるのですが、記録に無い情報はお伝えできないだけです」
「そんな……」
ホームAIですら父さんを知らない……母さんは知っているのに教えてくれない……俺は何者なんだ?
リビングに戻ると、ヤコが明日の準備をしていた。
「サワ兄、どうしたの?」
「いや……なんでもない」
「何でもないじゃないわよ。なんて顔をしているの?」
「いや……」
「何があったのか言いなさいよ」
「……なぁ、父さんについてお前は知っているか?」
「え?」
「ふと、父さんがいるのか気になったんだ……母さんに聞いたけど、教えてくれなかった」
「ちょっと、母さんにそんなことを聞いたの!?」
ヤコが仁王立ちになり、思いっきり俺の頬を平手打ちしてきた。
「聞いていいことと悪いことがあるわよ!」
「そ、そんなこと言ったって……」
「一緒に暮らしてきて、父さんがいない時点で察しなさいよ! あんなにやさしい母さんになんてことを聞くの? 母さんの気持ちを考えて!!」
「そ、その前に俺の気持ちだ!」
「ほんっとにバカね!」
「だからってぶつことは無いだろ!!」
「気が付かないバカは目を覚まさせるしかないからぶったのよ!」
ヤコは、今までに見せた事の無い勢いで俺の胸ぐらを掴んできた。慌てて彼女の振りかぶっている手を掴み、二発目の平手打ちを回避する。それでも俺の目を覚まそうとしているかのように、腕を振りほどこうとする。
怒りで歪んだ彼女の目に、ほんの少しの涙を見てしまった俺は、手の力が抜けたために二発目の平手打ちを喰らった。その痛みよりも、ヤコの力強さからくる衝撃で我に返った。
「これ以上変なことを考えないで!」
ヤコはそのまま自分の部屋に向かい、しばらくしたら激しく扉が閉まる音だけが聞こえてきた。俺は、母さんにそっくりな転校生がやってきただけで、これまで愛情いっぱいに育ててくれた母さんを疑ってしまった。
「母さん……ごめん」
「いいのよ、ヤコちゃんの声が聞こえていたわよ。あなたたちは、本当にいつまでも変わりませんね」
「……」
「あなたたちには、ちゃんと説明します。けど、今はまだその時じゃないの。ごめんね。もう少し時間が欲しいの」
「……わかった。母さん……ごめんなさい」
母は、久しぶりに泣きじゃくる俺をその胸に抱き、小さいころからやってくれていたように、落ち着くまで頭を撫でながらずっと一緒にいてくれた。




