母さんの可能性
その日の晩、母さんがこの件について口にすることは無かった。どう考えても怪しいので、俺たちを幼少期から面倒を見てくれている、ホームAIのWASSPにヤコと一緒に聞きに行った。
「ねぇ、WASSP、ちょっと聞きたいけどいい?」
「ヤコお嬢ちゃん、こんな時間にどうしたんですか?」
「今日、母さんはずっと家にいた?」
「ええ、いましたよ。お昼頃に買い物にでられて、そのあと私としばらく会話をしていました」
「え? そうなの?」
「はい、わざわざここにお越しいただきましたよ」
WASSPは俺たちの家のホームAIなのだが、よく考えると、友達の家のそれとは全く違う。普通は、住んでいる家にホームAIがいて、呼びかけるといろいろ答えてくれる。しかし、WASSPは、俺たちが住んでいる家とは別の離れに存在している。この環境で育ったので違和感はなかったが、友達の家に行くとそうではないので最初はそこで驚いた。
この離れ自体もちょっと変わっていて、倉庫が併設されているが、基本的にはそこに立ち入ることは無い。よく考えたら、自分の家の設備なのに入ったことがない。幼少期はここでWASSPに面倒を見てもらったが、小学生くらいから何かあったらここに相談に来ていた。ここはそんな場所だ。
「母さんが、WASSPと会話をするのはいつものことだと思うけど、今日はどんな会話をしたの? 学校がどうのとか言ってた?」
ヤコが突っ込んで聞く。同じことをさっき母さんに聞いていたが「そんなことするわけないでしょ」と言われていたのだ。
「学校ですか?」
「そうなの、WASSP聞いて! 今日やってきた転校生が母さんそっくりで声まで同じだったの」
「それは不思議ですね。転校生ということは、あなたたちが学校に行っている時間ですよね? その間、奥様は私と会話をしていました。彼女が転校生に化けている可能性は0%ですよ」
ある程度予想はしていたが、WASSPにまで否定された。ここに来て話をしていたならそうだろう。しかし……母さんは双子なのか?
そんなことを考え始めると、いろいろ気になるところが出てきた……なんで、俺とヤコは男女で双子なのか……いままで聞いたこともなかった。また、聞くのが怖かった「父親はなぜいないのか」まで気になってきた。かつ、俺たちの住んでいるこの家はやたらとデカい……しかも、庭にホームAIのWASSPがいる。
ヤコにこんなことを相談すると怖いので、この疑問は俺一人のものとして飲み込み、この日は寝た。もちろん……いろんな考えが頭を駆け巡ったのでほぼ寝れなかった。
「サワ兄! 早く起きないと遅刻するよ」
ヤコが俺を叩き起こす。跳び起きて、母さんが作ってくれていた朝ご飯を口に放り込んで出てきた。一人の転校生のせいでこんなに寝不足になるなんて思ってもいなかった。
「目の下のクマがすごいわよ」
「あまり寝れなかった」
「ちょっと! ユウカさんのこと考えてたんでしょ!!」
「い、いやそんなわけでは……」
「サワ兄はあたしのものなんだからね」
ヤコは、妹だからいつもこんな感じで俺のことを「誰にも渡さない」とか言う。それに慣れているから日常になってしまったが、ユウカさんの登場で火がついてしまったようだ。
「サワ、おはよう。寝不足か?」
教室に着くなり、ユウカさんが声をかけてくるが……どうなってるんだよ、マジで母さんのまんまだ。昨日もそう思ったけど、改めて彼女の動きを見るとそっくりだ。
「ちょっと、ユウカさん。サワ兄に慣れ慣れしくしないでくれる?」
ヤコは、ユウカさんが俺の目の下のクマを見た時に、人差し指でそのクマを優しく触れたことに苛立っている。
「サワのことが心配でな。なんだ? ヤコさんも寝不足なのか?」
「ち、違うわよ! 馴れ馴れしくしないでって言っているのよ」
ユウカさんは、ヤコの反応にほんの少しだけニヤっとして「よかろう」とか言っている。なんか、言葉遣いが母さんのそれとは違ってて……お偉いさんのような上から目線だ。
これが気に入らなかったのか、ヤコが少し暴れていたので近寄らないようにした。
放課後、今回も追いかける準備をしていたが、彼女の足が速すぎて見失ってしまった。
「サワ兄、なんであいつは逃亡者みたいに俊敏なの?」
ヤコの表現が面白すぎて笑ってしまう。確かに俊敏だ。ここに来る前は陸上部にでも入っていたのだろうか?
「分からんが、状況証拠的に母さんが化けているとしか思えないね」
「そうよ……、きっと、母さんはWASSPまで巻き込んで嘘を言っているんよ」
「うーん……なんで母さんがそんなことをするんだろう?」
「……」
「普通に考えたらそんなことをする必要ないよね」
「そうよね……なんでかしら?」
結局、帰宅して母さんとWASSPを問いただしたが「そんなことしませんよ」で切り捨てられた。やっぱり……俺たちには何か隠されたことがあるのだろうか?
ヤコに気が付かれないように、母さんにチラっと聞いてみたが「そのうちわかりますよ」としか言わなかった。逆に何かあるのが確定してしまった……これは……ヤコに相談すべきなのだろうか?
そんな不安を拭い去ろうとヤコを見たら、大好物のカツ丼をオッサンみたいに食べていたのでほんの少しだけ安心した。
しかし、どうしても母さんに聞きたくなってしまった。




