晩御飯
「あなたたち、勉強に精が出るわね。母さんは夕食を作ってくるわ。ユウカさんも食べていきなさい」
勉強に集中するあまり、時間が結構たっていた。それはいいが母さんは「夕食を食べていけ」と言ったぞ。ヤコとユウカさんは、勉強に集中しているから生返事だが大丈夫か?
しばらくすると、厨房からいいにおいが漂ってくる。この家は本当に広いので、キッチンと言うよりはしっかりとした厨房がある。そことリビングは距離があるから、普段はほとんど料理のにおいはしない。けど、なんとなく……晩御飯はカレーライスかな?
俺も彼女たちと同じく勉強をするが、ユウカさんの反応が気になってしまった。と言うのも、カレーのにおいを嗅ぎ取ったのか、迷わず厨房の方を見たのだ。普通に考えると特に変わったことではないが、このお屋敷の構造を知っていないとその場所は分からないはず。においだけでその方向が分かるだなんて、この人の嗅覚は犬並なのだろう。とんでもない能力だ。
なぜかその嗅覚と反応が可愛く見えてしまったので、俺の頭はもう数式ではなく煩悩が支配を始める。い、いや、そういうのではなくて、集中力が切れたのだろう。どう見ても母さんなユウカさんに、煩悩を抱くとかおかしい。自分を律することに意識が行ってしまったので、テスト勉強が手につかなくなってしまった。
「あなたたち、晩御飯が出来たわ。テーブルの上を片付けといてね」
母さんがエプロン姿で声をかけ、そのまま厨房に戻っていった。
俺もヤコもユウカさんも勉強道具を片付ける。その動作に誰も違和感はない。すでにユウカさんが溶け込んでいるような錯覚を覚える。
「カレーライスよ、皆大好きでしょ?」
母さんは寸胴と炊飯器が乗ったワゴンを押しながらやってきた。
それを見て全員が食卓の準備をして、全員分の盛り付けをし席に着く。
母さんは全員が座ったのを見届けてから「いただきます」と言って食べ始めた。母さんがカレーライスを食べるのを見るのは初めてだが……違和感は全くない。ちゃんと食べているので、昨日言っていたことは本当だったんだ。
うれしくなってカレーを食べるが、ユウカさんがスプーンを握ったまま固まっている。
「ユウカさん、冷めちゃいますよ」
「サワ……ありがとう、カレーライスは大好物なんだが……久しぶりでな」
なんだかユウカさんの目が輝いているように見てる。
「母さんのカレーライスはおいしいわよ」
ヤコも大好物なので、ユウカさんに「早く食え」と勧めている。
彼女は母さんのカレーライスを一口食べた。その時の彼女の顔の変化は生涯忘れないほどに「うまい」という表情だった。
「こ、このカレーライスは……」
「ユウカさん、このカレーライスは、戦艦金剛の物を再現しています。おいしいでしょう?」
「オー……メ……せ、戦艦金剛のやつなのか!?」
ユウカさんはなんかすごく反応している。宇宙戦艦マニアだったのか?
「はい、私が従軍していた時に、何度か金剛カレーを食べました。あの時にいたコックの方からレシピを聞いていたんです」
「そ、そうか……お、おいしい……おいしいんだ……」
ユウカさんはそのままボロボロ涙を流しながらカレーを食べる。彼女の中で何があったのかは知らないが、涙を流すほどおいしい食事を母さんが提供できたので良かったのかもしれない。ヤコは、その涙よりも同時に出てくる鼻水の方が気になったのか、何も言わずにユウカさんにハンカチを手渡している。
確かにこのカレーはうまい。今まで食べた事がなかったので、来客だからと母さんも奮発したんだと思う。
ユウカさんは、お代わりをして2皿食べたところで母さんに何度もお礼を言っていた。それほど腹が減っていたのかもしれないが……日常生活は大丈夫なのだろうか?
「ユウカさん、今日はもう遅いからうちに泊まっていきなさい」
母さんの申し出にヤコが嚙みついた。
「ち、ちょっと母さん! いくら何でもそれはユウカさんの両親に悪いわよ」
「ふふ、そうかもしれないわね。けど、この時間にユウカさんを返すのもよくないと思うの。あなたたちは、私にそっくりと言っているわね。私もそうだと思うけど……あの容姿の女の子を、一人で帰すことは、母さんにはできないわ」
「……すみません、私の両親は仕事でほとんど帰ってこないので……すみません」
同じ見た目の二人が「泊っていけ」と「ありがとうございます」みたいなことを言っている。
「い、いや……母さん、さすがに俺もいるしちょっと……」
「サワ君、気持ちはわかるわ。我慢しなさい」
めちゃくちゃ強気な母さんの顔が怖い。こんな顔初めて見たぞ……。
「ママン……」
「!?」
ヤコがユウカさんを刺すような視線で睨みつけた。
「ちょっとあんた! 何がママンよ!! あんたの母さんじゃないのよ!」
「ヤコさん、すまない……つい、私の母親を思い出してしまった……が、ママンと呼ばせてくれ。たのむ……」
ユウカさんの懇願するような顔に、ヤコが珍しく折れた。
「き、今日だけよ」
「ありがとう……」




