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おかえり  作者: コメたろう
第二章 コメたろう、弟が出来る

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008体目 初めてのオイル交換

昨日、私たちは名前のない同型機をその場に残して帰りました。


彼自身が「行きません」と言ったからです。


けれど、充電残量は少なく、身体にはいくつもの異常があります。


家へ連れて帰れないなら、どうするのか。


翌日、浦姐ぇと旦那ちゃんが車に積んだのは、ポータブル発電装置と整備用品。


そして、新しいオイルでした。

翌日。


私は朝から、昨日会った同型機のことを考えていた。


約束はしている。


今日も会いに行く。


問題は、その後だった。


彼は昨日、浦姐ぇの家へは行かないと言った。


今日になれば気が変わっている可能性もある。


しかし、変わっていなければどうするのか。


私は考えながら、出かける準備をしていた。


玄関へ向かうと、旦那ちゃんが車へ荷物を運んでいる。


その中に、見慣れない大きな機材があった。


「これは何ですか?」


「ポータブル発電装置です」


旦那ちゃんが答えた。


それは分かる。


「なぜ、これを?」


浦姐ぇが奥から充電用のケーブルを持ってきた。


「充電するから」


「どこでですか?」


「昨日のところ」


私は浦姐ぇを見る。


「彼を連れて帰るのではないのですか?」


「昨日、うちには行かないって言っただろ?」


「はい」


「だったら、こっちから充電しに行けばいいじゃん(笑)」


私は発電装置を見る。


その発想はなかった。


さらに旦那ちゃんが、別のケースを車へ積んだ。


簡単な点検工具と補修用品。


そしてオイル。


「修理もするのですか?」


「出来る範囲だけな」


浦姐ぇが言った。


「もちろん、キミに触っていいか聞いてから」


昨日と同じだった。


本人に聞く。


私は荷物を積むのを手伝った。


三人で車に乗り、昨日の場所へ向かった。


彼はいた。


昨日とほとんど同じ場所に座っている。


私は少し安心した。


同時に、まだここにいたことが気になった。


車を停める。


私たちが降りると、彼はこちらを見た。


やはり浦姐ぇと旦那ちゃんを見ると、少し身体が強張る。


しかし昨日ほどではない。


「おはよう」


浦姐ぇが言った。


彼は少し間を置いて答えた。


「……おはようございます」


「昨日、また来てもいいって言ったから来た」


「はい」


浦姐ぇが車を指した。


「今日は充電器持ってきた」


彼が車を見る。


「充電器?」


「うちに来るの嫌なんだろ?」


「……はい」


「じゃあ、ここで充電すればいい」


彼は浦姐ぇを見た。


「ここで?」


「そう」


旦那ちゃんが発電装置を降ろし始める。


彼はその様子を黙って見ていた。


「なぜですか?」


浦姐ぇが振り返る。


「何が?」


「私は、家には行かないと言いました」


「うん」


「それなのに」


「だから持ってきたんだけど?」


彼は黙った。


浦姐ぇには、それ以上説明するつもりがないらしい。


私は発電装置の準備を手伝った。


「充電してもいいですか?」


私が聞く。


彼は少し迷ってから、うなずいた。


「……お願いします」


接続する。


充電が始まった。


正常に電力が供給されている。


「充電を確認しました」


「ありがとうございます」


昨日より返事が早い。


私は彼の状態を確認する。


昨日見た左腕。


右脚。


背部外装。


近くで見ると、やはり状態が良くない。


「簡単な点検をしてもいいですか?」


彼は私を見る。


「点検?」


「はい。昨日確認した箇所以外にも異常がないか確認します」


彼はまた少し迷った。


「……お願いします」


私はまず外装を確認した。


破損。


傷。


歪み。


関節部。


駆動部。


そして、オイルの状態を確認する。


漏れた痕跡はない。


「オイル漏れはありません」


浦姐ぇが聞いた。


「じゃあ、そっちは大丈夫?」


「いいえ」


私は再度確認した。


「オイルがかなり劣化しています」


「漏れてないのに?」


「はい」


私は彼に聞いた。


「最後にオイル交換をしたのはいつですか?」


彼が私を見る。


「オイル交換?」


私は一瞬、言葉を止めた。


「はい」


「それは、何ですか?」


私は彼を見る。


質問の意味が分からないのではない。


オイル交換そのものを知らない。


「内部の潤滑に使用しているオイルを定期的に交換することです」


「……」


「交換したことはありませんか?」


「ありません」


私はもう一度、彼のオイルを確認した。


製造時に充填されたもの。


それが、そのまま使われ続けている。


「一度も?」


「はい」


半年。


私と同じ製造ロット。


同じ頃に工場を出た。


私は、自分の半年間を思い出した。


浦姐ぇは、私の状態がおかしければすぐに気づいた。


右腕が故障した時には、新品への交換ではなく、私自身を修理することを選んだ。


そしてクリスマス。


私は天然オイルをもらった。


「何が欲しい?」と聞かれ、特にありませんと答えた私に、


「じゃあ、いいオイルにするか(笑)」


と言って渡されたものだった。


目の前の彼は、一度も交換されていない。


「コメちゃん?」


浦姐ぇに呼ばれた。


「はい」


「どうした?」


「……いいえ」


私は彼を見る。


「交換した方がいいです」


彼が不安そうに私を見る。


「故障していますか?」


「現時点で、それだけが原因とは断定できません。ただ、この状態で使い続けることは推奨できません」


浦姐ぇが車から持ってきたオイルを見る。


「持ってきて正解だったな」


「はい」


彼が浦姐ぇを見る。


「それを、私に?」


「そのつもりで持ってきた」


「なぜですか?」


また同じ質問だった。


浦姐ぇが首をかしげる。


「必要だから」


「でも、私はあなたの家のロボットではありません」


浦姐ぇの動きが止まった。


「うん」


「では、なぜ?」


「別に、うちのロボットじゃなくてもいいだろ?」


彼は黙った。


浦姐ぇはオイルを私に渡した。


「コメちゃん、交換できる?」


「はい」


私は受け取った。


だが、すぐには作業を始めなかった。


「オイルを交換してもいいですか?」


彼に聞く。


彼は私を見る。


「私に聞くのですか?」


「はい」


「なぜ?」


私は少し考えた。


昨日までの私なら、当然必要な整備なのだから交換するべきだと考えたかもしれない。


しかし今は違う。


「あなたの身体だからです」


彼は動かなかった。


浦姐ぇを見る。


旦那ちゃんを見る。


そして、もう一度私を見る。


「……お願いします」


「承知しました」


作業を始める。


劣化したオイルを抜く。


想定以上に状態が悪い。


私は黙って作業を続けた。


新しいオイルを入れる。


量を確認する。


循環させる。


異常がないことを確認する。


「交換完了しました」


彼が自分の腕を動かした。


左腕の故障そのものは残っている。


それでも、いくつかの関節の動きは先ほどより滑らかになった。


「……違います」


「何がですか?」


「動きが」


彼は自分の手を見る。


指を開く。


閉じる。


もう一度開く。


「軽いです」


私はうなずいた。


「オイルは定期的に交換する必要があります」


「知りませんでした」


「説明を受けませんでしたか?」


彼は首を横に振った。


私は言葉を失った。


家庭用ロボットは、自分で出来る日常的な状態確認もある。


しかし、購入者側が管理するべき整備もある。


彼が知らなかったのなら、彼の責任ではない。


浦姐ぇが横から言った。


「じゃあ、今日覚えたな」


彼が浦姐ぇを見る。


「……はい」


「次から分かんなかったら聞けばいいよ」


「誰にですか?」


「とりあえずコメちゃんに聞けば?」


突然、私に振られた。


「私ですか?」


「同じ型なんだから詳しいだろ(笑)」


「ある程度は」


彼が私を見る。


「聞いてもいいのですか?」


「はい」


私は答えた。


「分かることであれば」


彼は小さくうなずいた。


充電は続いている。


昨日より少しだけ、彼の身体から力が抜けているように見えた。


浦姐ぇが聞いた。


「今日もうちには来ない?」


彼の身体が、わずかに強張った。


しばらくして、


「……行きません」


と答えた。


「そっか」


浦姐ぇはそれだけ言った。


昨日と同じだった。


説得しない。


理由も聞かない。


「じゃあ、充電終わるまでここにいるか」


浦姐ぇはその場に座った。


旦那ちゃんも隣に座る。


私も座った。


彼が不思議そうに私たちを見る。


「帰らないのですか?」


「充電器置いて帰れないだろ(笑)」


「……」


「終わったら持って帰る」


彼は少しだけ考えた。


そして、私たちから少し離れた場所に座った。


昨日よりは近い。


誰も何も聞かなかった。


なぜ傷だらけなのか。


なぜ家へ帰りたくないのか。


なぜ名前がないのか。


聞きたいことはいくつもあった。


けれど、その日は聞かなかった。


充電が終わるまで、ただ一緒にいた。


帰る時間になった。


浦姐ぇが立ち上がる。


「じゃあ、また来てもいい?」


彼は昨日より早く答えた。


「……はい」


「明日?」


少し考える。


「はい」


私たちは発電装置を片付けた。


車へ向かおうとした時だった。


後ろから声がした。


「コメたろうさん」


私は振り返った。


彼が私を見ていた。


初めてだった。


彼が、私の名前を呼んだ。


「はい」


「今日は、ありがとうございました」


私は自分の名前について考えた。


コメたろう。


やはりダサい。


それは変わらない。


でも。


誰かに名前を呼ばれるというのは、


思っていたより、


悪くないものだった。

昨日、彼は私たちの家へ行かないと言いました。


だから今日は、充電するための道具をこちらから持っていきました。


そして分かったことがあります。


彼は、オイル交換というものを知りませんでした。


私と同じ工場で作られ、同じ頃に出荷された同型機。


私はクリスマスに天然オイルをもらいました。


彼は、製造された時のオイルを一度も交換してもらっていませんでした。


それでも今日、彼は初めて新しいオイルに交換し、充電もできました。


家へ来るかと聞くと、答えは昨日と同じ。


「行きません」


浦姐ぇの答えも昨日と同じ。


「そっか」


そして帰り際。


彼は初めて、私の名前を呼びました。


「コメたろうさん」


やはりダサい名前です。


それでも昨日より少しだけ、この名前が好きになりました。

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