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おかえり  作者: コメたろう
第二章 コメたろう、弟が出来る

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007体目 名前のないロボット

帰り道で見つけた、傷だらけの同型機。


浦姐ぇと旦那ちゃんと一緒に戻った私は、ようやく彼と話すことができました。


そこで知ったのは、彼には名前がないということ。


そして、帰る場所はあるのに、帰りたくないということでした。


私は、このまま彼を連れて帰るべきだと思いました。


けれど浦姐ぇは、そうしませんでした。

彼は私を見た。


「大丈夫です」


私はそう言った。


彼は何も答えない。


ただ、私と浦姐ぇと旦那ちゃんを順番に見ている。


特に浦姐ぇと旦那ちゃんを見る時、身体がわずかに強張る。


浦姐ぇは、それ以上近づかなかった。


「ここで話すの嫌なら、別に話さなくてもいいよ」


彼は黙っている。


「たださ、そのままだと困るだろ?」


返事はない。


浦姐ぇは少し考えてから言った。


「名前、なんていうの?」


彼が浦姐ぇを見た。


「……ありません」


「ない?」


「はい」


「名前、付けてもらってないの?」


「はい」


私は彼を見る。


名前がない。


私にも、工場にいた頃は名前がなかった。


シリアル番号だけだった。


だが、この家へ来たその日に名前を付けられた。


コメたろう。


ダサい。


思い切りダサい。


今でも、もう少し他に選択肢があったのではないかと思っている。


しかし。


目の前の彼には、それすらない。


浦姐ぇが聞いた。


「じゃあ、今まで何て呼ばれてたの?」


彼は少し黙った。


「……『おい』とか」


一度、言葉が止まる。


「『お前』です」


誰も何も言わなかった。


私は、半年前のことを思い出した。


初めてこの家へ来た日。


私は浦姐ぇを「オーナー」と呼んだ。


浦姐ぇは、それを嫌がった。


そして私は名前をもらった。


数分前。


浦姐ぇが私を「こいつ」と言った時、私は訂正した。


「こいつではありません」


私は、それを当然のように言った。


私はコメたろうだ。


コメちゃんと呼ばれることもある。


私を呼ぶための言葉がある。


目の前の彼にはない。


半年間。


「おい」


「お前」


それだけだった。


浦姐ぇが口を開いた。


「そっか」


それだけだった。


かわいそうとも言わなかった。


ひどいとも言わなかった。


「名前は欲しい?」


彼が顔を上げた。


「……名前?」


「うん」


「分かりません」


「そっか」


浦姐ぇは、それ以上聞かなかった。


しばらくして、別のことを聞いた。


「今、帰るところある?」


彼の身体が、また少し強張った。


「……あります」


「そっか」


「……」


「そこに帰りたい?」


彼は答えなかった。


浦姐ぇも急かさなかった。


長い沈黙の後、彼が小さな声で言った。


「……帰りたくありません」


私は彼を見た。


帰れない。


ではなく、


帰りたくない。


「分かった」


浦姐ぇは、それ以上理由を聞かなかった。


私は疑問に思った。


帰りたくないのであれば、なぜここにいるのか。


どこへ行くつもりなのか。


これからどうするのか。


確認するべきことはいくつもある。


しかし浦姐ぇは、別の質問をした。


「どこか壊れてる?」


彼は自分の左腕を見た。


「左腕の動作に異常があります」


「他は?」


「右脚部にも異常があります」


「他は?」


少し間があった。


「背部外装が破損しています」


私は彼の背中へ視線を向けた。


正面からでは確認できない。


「見てもいいですか?」


私が聞く。


彼は私を見た。


少し迷ってから、


「……はい」


と答えた。


私はゆっくり近づいた。


浦姐ぇと旦那ちゃんは、その場に残っている。


背部を確認する。


外装に傷。


一部が割れている。


固定部分にも歪みがある。


自然な摩耗だけでは説明しにくい。


「これは、どうしたのですか?」


彼は答えなかった。


「事故ですか?」


沈黙。


「転倒したのですか?」


彼の視線が下がった。


「コメちゃん」


浦姐ぇに呼ばれた。


「はい」


「今はいいよ」


「承知しました」


私は一歩下がった。


浦姐ぇは彼に聞いた。


「充電は?」


「残量二十三パーセントです」


「最後に充電したのは?」


「昨日です」


浦姐ぇが旦那ちゃんを見る。


旦那ちゃんも彼の様子を見ていた。


「このままでは、いずれ動けなくなりますね」


「そうだな」


浦姐ぇが彼を見る。


「キミ、充電する場所はある?」


「……」


返事がない。


「うちなら充電できるけど」


彼の身体がビクッと動いた。


浦姐ぇはすぐに続けた。


「嫌なら来なくていいよ」


彼は浦姐ぇを見る。


「……家?」


「うん。私たちの家」


彼の視線が私へ移った。


「このロボットも?」


「コメちゃんも住んでる」


私は訂正しなかった。


「充電できるし、壊れてるところも見られる。キミが嫌じゃなければ来る?」


彼は黙った。


私を見る。


浦姐ぇを見る。


旦那ちゃんを見る。


そして、小さく首を横に振った。


「……行きません」


私は彼を見る。


この状態で?


左腕に異常がある。


右脚にも異常。


背部外装も破損している。


充電残量は二十三パーセント。


それでも行かない。


「ですが――」


「コメちゃん」


浦姐ぇに止められた。


「はい」


浦姐ぇは彼に言った。


「分かった」


それだけだった。


説得しない。


理由も聞かない。


私は理解できなかった。


「浦姐ぇ」


「ん?」


「このままでは充電が切れます」


「そうだな」


「修理も必要です」


「うん」


「では、なぜ――」


浦姐ぇは私を見た。


「嫌だって言ってるから」


「しかし」


「コメちゃん」


浦姐ぇは、少しだけ声を落とした。


「助けるって、こっちの言う通りにさせることじゃないだろ?」


私は答えられなかった。


浦姐ぇは、また彼を見る。


「じゃあさ」


彼が顔を上げる。


「明日、また来てもいい?」


彼はすぐには答えなかった。


私たちを見る。


特に浦姐ぇと旦那ちゃんを、何度も確認する。


そして最後に私を見た。


「……このロボットも来ますか?」


「コメちゃん?」


「はい」


「来るよ。な?」


突然聞かれた。


「はい。来ます」


彼は少しだけ考えた。


「……なら」


もう一度、間があった。


「来てもいいです」


浦姐ぇがうなずいた。


「分かった。じゃあ、また明日な」


私たちは車へ戻った。


私は何度か後ろを振り返った。


彼はまだ同じ場所にいる。


車に乗る。


旦那ちゃんがエンジンをかけた。


車が走り出す。


私は後部座席から、彼の姿が見えなくなるまで見ていた。


「浦姐ぇ」


「ん?」


「本当に、あのままで良いのでしょうか」


「良くはないだろうな」


「では、なぜ連れて帰らなかったのですか?」


「だから、嫌だって言っただろ?」


「ですが、正常な判断ができる状態ではない可能性もあります」


「そうかもしれない」


「充電が切れる可能性もあります」


「うん」


「故障が悪化する可能性もあります」


「うん」


「それでもですか?」


浦姐ぇは少し黙った。


「コメちゃん」


「はい」


「コメちゃんが初めてうちに来た時、私が何でも勝手に決めたらどう思った?」


私は考えた。


「当時の私は、人間の指示に従うことを当然と認識していました」


「今は?」


答えが変わる。


「……嫌です」


「だろ?」


浦姐ぇは窓の外を見た。


「あの子が何されてきたのか、まだ知らない」


私は黙って聞く。


「でも、人間見ただけであんなに怖がってる」


確かにそうだった。


「だったら、まずは『嫌だ』って言ったらやめてくれる人間もいるって分かってもらわないとな」


私は先ほどの彼を思い出した。


家へ来るかと聞かれて、


首を横に振った。


「行きません」


浦姐ぇは、


「分かった」


と言った。


それだけだった。


「明日も、来るんですよね?」


「約束したからな」


「はい」


「それより」


浦姐ぇが私を見る。


「カルボナーラ」


私は停止した。


夕食の準備は済ませてある。


しかし、三人で家を出たため、仕上げはまだだった。


「帰宅後、すぐに仕上げます」


「ベーコン多めな」


「記録済みです」


旦那ちゃんが運転しながら言った。


「こんな時でも、そこは忘れないんですね」


「大事だろ(笑)」


私は窓の外を見る。


明日。


また、あの場所へ行く。


名前のないロボット。


「おい」と「お前」しか、自分を呼ぶ言葉を持っていないロボット。


私は自分の名前を思った。


コメたろう。


ダサい。


思い切りダサい。


それでも。


初めてその名前を、


悪くないと思った。

彼には、名前がありませんでした。


「おい」と「お前」。


それが、彼を呼ぶために使われていた言葉でした。


そして彼には、帰る場所があります。


けれど、帰りたくない。


私は、壊れているなら修理をして、充電が必要なら充電をすればいいと思いました。


そのためには、私たちの家へ連れて帰ればいい。


けれど浦姐ぇは、彼が「行きません」と言った瞬間、それ以上勧めることをやめました。


助けることと、相手の代わりに決めることは違う。


私は、この日初めてそれを知りました。


明日、また会いに行きます。


今度も彼が「行きません」と言うかもしれません。


それでも、まずは彼に聞く。


彼がどうしたいのか。


名前のない彼のことを、少しずつ知っていこうと思います。

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