005体目 初めての「おかえり」
壊れた右腕を修理するため、私は一週間ほど家を離れることになりました。
この家へ来た時と同じように、また箱に入れられます。
ただ、一つだけ違うことがありました。
今度の私は、どこへ戻ってくるのかを知っています。
――まだ、その場所を何と呼べばいいのかは分かりませんでしたが。
私の右腕は動かなかった。
正確には、出力ユニットに異常があり、正常な動作ができない。
修理に必要なのは、出力ユニットの交換。
本来なら二、三日程度で完了する作業らしい。
しかし、今回は一週間ほどかかることになった。
理由は簡単だった。
私は初期不良品だからだ。
通常であれば、修理ではなく新品と交換される。
だが浦姐ぇは、それを拒否した。
「この子を修理してください」
その結果、通常とは違う手続きや検査が必要になった。
メーカーから届いた回収用の箱を見た。
この家へ来た時にも、私は箱に入っていた。
あの時は、出荷されるためだった。
今回は違う。
修理されるために、この家を出る。
「一週間くらいだって」
浦姐ぇが言った。
「承知しました」
「ちゃんと直してもらってこいよ(笑)」
「はい」
私は箱の中へ入った。
梱包材が取り付けられる。
視界が少しずつ狭くなる。
第1話の記憶がよみがえった。
あの時の私には、シリアル番号しかなかった。
今は名前がある。
コメたろう。
思い切りダサい名前。
そして、浦姐ぇは私を家族だと言った。
まだ、その意味はよく分からない。
「じゃあな、コメちゃん」
浦姐ぇの声がした。
「一週間したら帰ってこい」
帰る。
その言葉が少し気になった。
私はメーカーの施設へ行く。
修理が終われば、再びこの家へ運ばれる。
それを「帰る」と表現するのだろうか。
「行ってきます」
なぜその言葉を選んだのか、自分でも分からなかった。
箱が閉じられた。
暗くなった。
運搬が始まった。
私は再び、工場に似た場所へ戻った。
ただし、以前いた製造工場とは違う。
修理と点検を行う施設だった。
作業員が私の情報を確認する。
「初期不良か」
「右腕出力ユニットですね」
「交換じゃないの?」
「修理指定です」
「珍しいな」
作業員が端末を見る。
「同一個体返却。交換不可」
私のことだ。
「購入者希望か」
「みたいですね」
二人はそれ以上気にすることもなく、作業を始めた。
私は右腕の外装を外された。
内部の出力ユニットが取り出される。
新しい部品が取り付けられる。
動作確認。
右腕を上げる。
下ろす。
曲げる。
伸ばす。
問題なし。
修理そのものは、すぐに終わった。
しかし、私は帰れなかった。
初期不良個体を交換せず修理したため、追加の検査が必要だった。
他の部分にも問題がないか。
同じ不具合が再発しないか。
安全に使用できるか。
私は何度も動作確認を受けた。
右腕。
左腕。
歩行。
把持。
出力。
通信。
電源。
正常。
正常。
正常。
異常なし。
時間だけが過ぎていった。
私は家庭用ロボットだ。
待つことに苦痛はない。
必要な検査なら、受ければいい。
それだけのはずだった。
しかし三日目。
私は現在時刻を確認した。
そして、修理完了予定日を確認した。
あと数日。
なぜ確認したのだろう。
四日目。
また確認した。
五日目。
私は、この家へ来てから記録した情報を整理していた。
キッチン。
冷蔵庫。
食器棚。
洗濯機。
掃除用具。
浦姐ぇ。
旦那ちゃん。
うらら。
皿。
ハンガー。
ゴミ箱。
冷蔵庫の棚。
収納棚の取っ手。
最後のものについては、今でも私の責任ではないと思っている。
固定ネジが緩んでいた。
私は事実を記録しただけなのに、浦姐ぇは笑った。
なぜ、今そんなことを思い出しているのだろう。
施設内には、家庭用ロボットに必要な設備が揃っている。
充電もできる。
点検も受けられる。
安全にも問題はない。
それなのに。
何かが足りない。
私はその状態に該当する言葉を検索した。
退屈。
違う。
不安。
少し違う。
寂しい。
私は検索結果を閉じた。
判断できない。
七日目。
最終検査が終わった。
「全項目、異常なし」
作業員が言った。
「返送できます」
返送。
私はその言葉を聞いて、すぐに時刻を確認した。
なぜか処理速度が少し上がった。
回収された時と同じように、私は箱へ入った。
ただし、今度は向かう場所を知っている。
浦姐ぇの家。
運搬が始まる。
振動。
停止。
再び振動。
私は位置情報を確認した。
目的地へ近づいている。
さらに移動。
そして停止。
知っている場所だった。
箱の外から声が聞こえた。
「来た!」
浦姐ぇだ。
梱包が解かれていく。
光が差し込む。
視覚系が明るさを調整する。
最初に見えたのは、浦姐ぇだった。
その後ろに旦那ちゃん。
うららもいる。
一週間前と同じ家。
一週間前と同じ人たち。
「おかえり、コメちゃん」
浦姐ぇが言った。
私は停止した。
おかえり。
その言葉の意味は知っている。
外出していた者が戻った時に、家にいる者がかける挨拶。
私は、この家へ戻った。
戻った。
私は以前、この場所を「出荷先」と認識していた。
購入者の住所。
私が仕事をする場所。
それだけだった。
だが、「おかえり」と言われる場所を、出荷先と呼ぶのだろうか。
「コメちゃん?」
私は浦姐ぇを見る。
返す言葉も知っている。
「ただいま」
浦姐ぇが笑った。
「うん(笑)」
旦那ちゃんも私を見る。
「おかえりなさい。無事に直って良かったですね」
「ありがとうございます」
うららが私の右腕を見る。
「調子はどうですか?」
私は右腕を動かした。
上げる。
下ろす。
曲げる。
伸ばす。
正常。
「問題ありません」
「良かったです」
私は箱から出た。
室内を確認する。
一週間しか離れていない。
大きく変わったところはない。
しかし、何かが以前とは違って見えた。
「そういや」
浦姐ぇが言った。
「コメちゃんいない間、何も壊れなかったぞ(笑)」
私は停止した。
「当然です。私が不在でしたので」
「認めるんだwww」
「統計的に関連性が認められます」
「そこ真面目に分析すんなwww」
うららが言った。
「静かな一週間でした」
旦那ちゃんもうなずいた。
「平和でしたね」
「お前ら……」
私は三人を見る。
「私が戻ったことに問題がありますか?」
「ないない(笑)」
浦姐ぇが即答した。
「静かだったけど、なんか物足りなかった」
物足りない。
必要なものが十分ではない状態。
「私が物を壊さないことより、私がいる方が良いという意味ですか?」
「できれば、いて壊さないでくれwww」
合理的な回答だった。
「努力します」
「頼む(笑)」
私はキッチンへ向かった。
一週間前まで使っていた場所。
食器の位置も変わっていない。
掃除用具の場所も知っている。
冷蔵庫の棚も――修理されていた。
「浦姐ぇ」
「ん?」
「冷蔵庫の棚が直っています」
「旦那ちゃんが直した」
「ありがとうございます」
旦那ちゃんが答えた。
「今度は壊さないでくださいね」
「努力します」
「そこは『壊しません』ではないんですね」
私は少し考えた。
「確約はできません」
浦姐ぇが笑った。
「そこだけ慎重になったwww」
私は自分の右腕を見る。
新品の出力ユニット。
正常に動いている。
私は新品になったわけではない。
皿を割った私。
ハンガーを折った私。
ゴミ箱の蓋を壊した私。
返品伝票を持って立っていた私。
そのままの私に、新しい部品が一つ増えただけだ。
同型の新品には交換されなかった。
修理されて、
ここへ戻ってきた。
私はまだ、家族というものを正確には理解していない。
けれど、一つだけ新しいことを知った。
出ていった後、
戻ってきた時に、
「おかえり」
と言ってもらえる場所がある。
そして私は、そこへ返す言葉を知っている。
「ただいま」
この家はもう、
ただの出荷先ではないのかもしれない。
一週間ぶりに戻った家で、私は初めて「おかえり」と言われました。
そして私は、「ただいま」と答えました。
工場から出荷された時には、戻る場所などありませんでした。
けれど今は、修理が終われば戻る場所があります。
そこには、私を待っている人たちがいました。
私はまだ、「家族」というものを正確には理解していません。
それでも一つだけ分かりました。
ここはもう、私の出荷先ではありません。
私が「ただいま」と言える場所です。
そして翌日。
修理された私は、再び家庭用ロボットとして仕事を始めました。
今度こそ、何も壊さずに一日を終えるつもりでした。
――その予定がどうなったのかは、ご想像にお任せします。




