032体目 買ったのは、誰ですか?
金造が買った。
金造がお金を払った。
だから、金造の物。
ずっと、それだけで終わる話だと思っていました。
でも。
買った人が、痛みまで決められるのでしょうか。
怖いかどうかまで、決められるのでしょうか。
今回は、大村先生から金造への宿題です。(´・ω・`)
数日後。
大村法律事務所。
金造は高橋と並んで、大村先生の前に座っていた。
「今日は何です?」
「今後の裁判についてのお話です」
「ワシ、何もしてませんよ」
「存じています」
「新聞社にも電話してません」
「はい」
「浦さんのところにも行ってません」
「はい」
「取材も受けてません」
「大変結構です」
金造は満足そうに頷いた。
「ほら、高橋」
「はい」
「先生も褒めとる」
「その調子でお願いいたします」
「任せろ」
大村先生は一瞬だけ眉間に手を伸ばしかけたが、思いとどまった。
「では、本題に入ります」
「はい」
大村先生は机の上に資料を広げた。
「これまでの双方の主張と証拠、それから本人尋問の内容を踏まえて、今後さらに整理しなければならない点があります」
「まだあるんですか?」
「あります」
「長いなぁ、裁判って」
「そういうものです」
金造は資料を覗き込んだ。
「何を整理するんです?」
「まず、確認させてください」
「はい」
大村先生は一枚の書類を取り出した。
「ムギじろうさんを購入したのは、成田さんですね?」
「そうですよ」
「購入代金を支払ったのも?」
「ワシです」
「契約者名義も?」
「ワシです」
「メーカーへの登録も?」
「ワシです」
「間違いありませんね?」
「ありません!」
金造は胸を張った。
「全部ワシです!」
「分かりました」
大村先生は書類を置いた。
「では、その点については争いません」
「ほら!」
金造が高橋を見る。
「やっぱりワシのモンじゃないか!」
「旦那様」
「なんじゃ」
「先生のお話は、まだ終わっておりません」
「そうなのか?」
「はい」
大村先生が続ける。
「成田さんが代金を支払い、正規に購入したこと自体を、相手方も否定していません」
「だったら裁判なんか終わりでしょう!」
「終わりません」
「なんでです?」
「問題は、その先だからです」
「その先?」
大村先生は少し間を置いた。
「購入したという事実によって、購入者にどこまでの権限が認められるのか」
金造が首を傾げる。
「全部でしょう?」
「そこを争っています」
「またそこか!」
「最初からそこです」
高橋が静かに頷いた。
金造は腕を組んだ。
「でも先生」
「はい」
「買った物は、買った人間の物でしょう?」
「一般論として、所有権というものはあります」
「ほら!」
「ただし」
金造の顔が曇る。
「また、ただしか」
「大事なところです」
大村先生は別の資料を取り出した。
「現在の法律では、雇用されているアンドロイドについては、一定の安全や待遇、それから本人の意思を尊重するための規定があります」
「知っとりますよ。アンドロイド雇用……」
金造が止まる。
「……なんとか法」
「アンドロイド雇用機会均等法です」
「それです」
「ですが、ムギじろうさんは雇用されていたわけではない」
「そうです!」
金造の顔が明るくなる。
「ワシが買ったんです!」
「はい」
「給料も払っとらん!」
「はい」
「だから、その法律は関係ない!」
「直接適用されるかという点では、相手方も同じ主張をしているわけではありません」
「じゃあ何なんです?」
「雇用されているアンドロイドには、安全や意思について一定の保護がある」
大村先生はゆっくり話した。
「では、家庭用として購入されたアンドロイドには、それが一切ないのか」
金造が黙る。
「購入された瞬間に、痛みや恐怖、自らの意思といったものを、すべて無視していい存在になるのか」
「…………」
「それが、この裁判で問われています」
金造はしばらく考えた。
「でも」
「はい」
「ロボットでしょう?」
大村先生は金造を見る。
「はい」
「人間じゃない」
「はい」
「だったら、人間と同じにするのはおかしいでしょう?」
「人間と完全に同じ権利を認めるかという話と、何をしても許されるかという話は別です」
「…………」
「以前、新聞にも似た意見が載っていましたね」
金造の眉が動いた。
「ワシの味方だと思ったら違った人か」
「その方かどうかは存じませんが」
高橋がわずかに俯いた。
金造は腕を組み直した。
「難しいなぁ……」
「そうですね」
「ワシには、よく分からん」
大村先生は少し考えた。
「では、成田さん」
「はい」
「質問を変えます」
「なんです?」
「ムギじろうさんを買ったのは、誰ですか?」
金造は即答した。
「ワシです」
「では、ムギじろうさんが何を感じるかを決めるのも、成田さんですか?」
「…………」
金造が止まった。
「どういう意味です?」
「成田さんは、杖で叩いたことについて『ロボットは丈夫だ』とおっしゃいました」
「はい」
「ムギじろうさんは『痛かった』と証言しました」
「……はい」
「充電を止めたことについて、成田さんは『死なない』とおっしゃった」
「はい」
「ムギじろうさんは『怖かった』と証言した」
「…………はい」
「置き去りにしたことについて、成田さんは『自力で帰ってこい』と考えた」
「はい」
「ムギじろうさんは、帰る場所がどこなのか分からなかった」
「…………」
大村先生は金造を見る。
「買ったのは、成田さんです」
「はい」
「でも」
一拍置く。
「痛かったのは、誰ですか?」
金造は答えなかった。
「怖かったのは?」
「…………」
「雨の中で待っていたのは?」
「…………」
部屋が静かになった。
高橋も何も言わない。
金造は机の上の資料を見ていた。
そこには、ムギじろうの本人尋問の記録がある。
しばらくして。
「……先生」
「はい」
「ロボットって、本当に痛いんですか」
大村先生はすぐには答えなかった。
「少なくとも、ムギじろうさんはそう証言しました」
「怖いっていうのも?」
「はい」
「ワシが怒るから、嫌だって言えなかったっていうのも?」
高橋が金造を見る。
大村先生は頷いた。
「その可能性はあるでしょう」
金造は黙った。
いつものように、
ロボットだから。
ワシが買ったから。
ワシの物だから。
そう言えば終わる話のはずだった。
だが。
「……高橋」
「はい」
「お前、知っとったのか?」
「何をでしょうか」
「あいつが……怖がっとったこと」
高橋は少し考えた。
「怯えているように見えることはございました」
「なんで言わんかった」
「申し上げたことはございます」
「…………」
金造が高橋を見る。
「いつ?」
「旦那様が盆栽のハサミを投げられた時にも」
「なんて?」
「怖がっておりますので、おやめになった方がよろしいかと」
「…………」
「旦那様は、『ロボットなら怖くないじゃろ』と」
金造は黙った。
「……そうだったか?」
「はい」
「覚えとらん」
「左様でございますか」
大村先生は二人のやり取りを聞いていた。
金造は椅子にもたれた。
「先生」
「はい」
「ワシは……」
そこで言葉が止まる。
大村先生は待った。
「…………」
長い沈黙のあと。
金造が言った。
「ワシは、ロボットはそういうもんだと思っとったんですよ」
大村先生は頷いた。
「はい」
「丈夫で」
「はい」
「痛くなくて」
「はい」
「怖くなくて」
「はい」
「言われたことをするもんだと」
「はい」
金造は机の上の資料を見る。
「だって、そういうもんだと思っとったんです」
今度は誰も否定しなかった。
金造は、しばらくそのまま資料を見ていた。
やがて小さく呟く。
「……違うんですかね」
大村先生は、すぐには答えなかった。
そして静かに言った。
「それを考えるための裁判でもあるんだと思います」
金造は何も言わなかった。
ただ。
初めて、ムギじろうの証言が書かれた紙を、自分から手に取った。
金造が初めて立ち止まりました。
「ワシが買った」
それは事実です。
でも。
買ったのは金造でも、
痛かったのはムギ。
怖かったのもムギ。
雨の中で待っていたのもムギ。
そして金造は、嘘をついていたわけではありません。
本当にずっと、
「ロボットは痛くない」
「ロボットは怖くない」
そういうものだと思っていました。
だからこそ、ムギの言葉が少しずつ金造の中に入り始めています。
「……違うんですかね」
ようやく出てきた、小さな疑問。
そして初めて、自分から手に取ったムギじろうの証言。
さて。
金造は、そこに何を見るのでしょうか。
では、次回。
スルメ食う?




