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おかえり  作者: コメたろう
第三章 ぼくは、ここにいたい

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032体目 買ったのは、誰ですか?

金造が買った。


金造がお金を払った。


だから、金造の物。


ずっと、それだけで終わる話だと思っていました。


でも。


買った人が、痛みまで決められるのでしょうか。


怖いかどうかまで、決められるのでしょうか。


今回は、大村先生から金造への宿題です。(´・ω・`)

数日後。


大村法律事務所。


金造は高橋と並んで、大村先生の前に座っていた。


「今日は何です?」


「今後の裁判についてのお話です」


「ワシ、何もしてませんよ」


「存じています」


「新聞社にも電話してません」


「はい」


「浦さんのところにも行ってません」


「はい」


「取材も受けてません」


「大変結構です」


金造は満足そうに頷いた。


「ほら、高橋」


「はい」


「先生も褒めとる」


「その調子でお願いいたします」


「任せろ」


大村先生は一瞬だけ眉間に手を伸ばしかけたが、思いとどまった。


「では、本題に入ります」


「はい」


大村先生は机の上に資料を広げた。


「これまでの双方の主張と証拠、それから本人尋問の内容を踏まえて、今後さらに整理しなければならない点があります」


「まだあるんですか?」


「あります」


「長いなぁ、裁判って」


「そういうものです」


金造は資料を覗き込んだ。


「何を整理するんです?」


「まず、確認させてください」


「はい」


大村先生は一枚の書類を取り出した。


「ムギじろうさんを購入したのは、成田さんですね?」


「そうですよ」


「購入代金を支払ったのも?」


「ワシです」


「契約者名義も?」


「ワシです」


「メーカーへの登録も?」


「ワシです」


「間違いありませんね?」


「ありません!」


金造は胸を張った。


「全部ワシです!」


「分かりました」


大村先生は書類を置いた。


「では、その点については争いません」


「ほら!」


金造が高橋を見る。


「やっぱりワシのモンじゃないか!」


「旦那様」


「なんじゃ」


「先生のお話は、まだ終わっておりません」


「そうなのか?」


「はい」


大村先生が続ける。


「成田さんが代金を支払い、正規に購入したこと自体を、相手方も否定していません」


「だったら裁判なんか終わりでしょう!」


「終わりません」


「なんでです?」


「問題は、その先だからです」


「その先?」


大村先生は少し間を置いた。


「購入したという事実によって、購入者にどこまでの権限が認められるのか」


金造が首を傾げる。


「全部でしょう?」


「そこを争っています」


「またそこか!」


「最初からそこです」


高橋が静かに頷いた。


金造は腕を組んだ。


「でも先生」


「はい」


「買った物は、買った人間の物でしょう?」


「一般論として、所有権というものはあります」


「ほら!」


「ただし」


金造の顔が曇る。


「また、ただしか」


「大事なところです」


大村先生は別の資料を取り出した。


「現在の法律では、雇用されているアンドロイドについては、一定の安全や待遇、それから本人の意思を尊重するための規定があります」


「知っとりますよ。アンドロイド雇用……」


金造が止まる。


「……なんとか法」


「アンドロイド雇用機会均等法です」


「それです」


「ですが、ムギじろうさんは雇用されていたわけではない」


「そうです!」


金造の顔が明るくなる。


「ワシが買ったんです!」


「はい」


「給料も払っとらん!」


「はい」


「だから、その法律は関係ない!」


「直接適用されるかという点では、相手方も同じ主張をしているわけではありません」


「じゃあ何なんです?」


「雇用されているアンドロイドには、安全や意思について一定の保護がある」


大村先生はゆっくり話した。


「では、家庭用として購入されたアンドロイドには、それが一切ないのか」


金造が黙る。


「購入された瞬間に、痛みや恐怖、自らの意思といったものを、すべて無視していい存在になるのか」


「…………」


「それが、この裁判で問われています」


金造はしばらく考えた。


「でも」


「はい」


「ロボットでしょう?」


大村先生は金造を見る。


「はい」


「人間じゃない」


「はい」


「だったら、人間と同じにするのはおかしいでしょう?」


「人間と完全に同じ権利を認めるかという話と、何をしても許されるかという話は別です」


「…………」


「以前、新聞にも似た意見が載っていましたね」


金造の眉が動いた。


「ワシの味方だと思ったら違った人か」


「その方かどうかは存じませんが」


高橋がわずかに俯いた。


金造は腕を組み直した。


「難しいなぁ……」


「そうですね」


「ワシには、よく分からん」


大村先生は少し考えた。


「では、成田さん」


「はい」


「質問を変えます」


「なんです?」


「ムギじろうさんを買ったのは、誰ですか?」


金造は即答した。


「ワシです」


「では、ムギじろうさんが何を感じるかを決めるのも、成田さんですか?」


「…………」


金造が止まった。


「どういう意味です?」


「成田さんは、杖で叩いたことについて『ロボットは丈夫だ』とおっしゃいました」


「はい」


「ムギじろうさんは『痛かった』と証言しました」


「……はい」


「充電を止めたことについて、成田さんは『死なない』とおっしゃった」


「はい」


「ムギじろうさんは『怖かった』と証言した」


「…………はい」


「置き去りにしたことについて、成田さんは『自力で帰ってこい』と考えた」


「はい」


「ムギじろうさんは、帰る場所がどこなのか分からなかった」


「…………」


大村先生は金造を見る。


「買ったのは、成田さんです」


「はい」


「でも」


一拍置く。


「痛かったのは、誰ですか?」


金造は答えなかった。


「怖かったのは?」


「…………」


「雨の中で待っていたのは?」


「…………」


部屋が静かになった。


高橋も何も言わない。


金造は机の上の資料を見ていた。


そこには、ムギじろうの本人尋問の記録がある。


しばらくして。


「……先生」


「はい」


「ロボットって、本当に痛いんですか」


大村先生はすぐには答えなかった。


「少なくとも、ムギじろうさんはそう証言しました」


「怖いっていうのも?」


「はい」


「ワシが怒るから、嫌だって言えなかったっていうのも?」


高橋が金造を見る。


大村先生は頷いた。


「その可能性はあるでしょう」


金造は黙った。


いつものように、


ロボットだから。


ワシが買ったから。


ワシの物だから。


そう言えば終わる話のはずだった。


だが。


「……高橋」


「はい」


「お前、知っとったのか?」


「何をでしょうか」


「あいつが……怖がっとったこと」


高橋は少し考えた。


「怯えているように見えることはございました」


「なんで言わんかった」


「申し上げたことはございます」


「…………」


金造が高橋を見る。


「いつ?」


「旦那様が盆栽のハサミを投げられた時にも」


「なんて?」


「怖がっておりますので、おやめになった方がよろしいかと」


「…………」


「旦那様は、『ロボットなら怖くないじゃろ』と」


金造は黙った。


「……そうだったか?」


「はい」


「覚えとらん」


「左様でございますか」


大村先生は二人のやり取りを聞いていた。


金造は椅子にもたれた。


「先生」


「はい」


「ワシは……」


そこで言葉が止まる。


大村先生は待った。


「…………」


長い沈黙のあと。


金造が言った。


「ワシは、ロボットはそういうもんだと思っとったんですよ」


大村先生は頷いた。


「はい」


「丈夫で」


「はい」


「痛くなくて」


「はい」


「怖くなくて」


「はい」


「言われたことをするもんだと」


「はい」


金造は机の上の資料を見る。


「だって、そういうもんだと思っとったんです」


今度は誰も否定しなかった。


金造は、しばらくそのまま資料を見ていた。


やがて小さく呟く。


「……違うんですかね」


大村先生は、すぐには答えなかった。


そして静かに言った。


「それを考えるための裁判でもあるんだと思います」


金造は何も言わなかった。


ただ。


初めて、ムギじろうの証言が書かれた紙を、自分から手に取った。

金造が初めて立ち止まりました。


「ワシが買った」


それは事実です。


でも。


買ったのは金造でも、


痛かったのはムギ。


怖かったのもムギ。


雨の中で待っていたのもムギ。


そして金造は、嘘をついていたわけではありません。


本当にずっと、


「ロボットは痛くない」


「ロボットは怖くない」


そういうものだと思っていました。


だからこそ、ムギの言葉が少しずつ金造の中に入り始めています。


「……違うんですかね」


ようやく出てきた、小さな疑問。


そして初めて、自分から手に取ったムギじろうの証言。


さて。


金造は、そこに何を見るのでしょうか。


では、次回。


スルメ食う?

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