030体目 今度こそ何もしません!
昨日、警察署で大村先生と固く約束した金造。
勝手なことはしない。
相手方には近づかない。
取材にも答えない。
今度こそ、本当に何もしません。
たぶん。
きっと。
お願いだから何もしないで。(´・ω・`)
翌朝。
成田家の居間は、妙に静かだった。
金造はソファに座っている。
高橋は少し離れたところに立っている。
テーブルの上には新聞。
電話。
そして、金造。
高橋は時計を見た。
それから金造を見る。
金造は動かない。
五分。
十分。
十五分。
「高橋」
「はい」
「ワシは何もしてないな?」
「はい」
「新聞社にも電話してない」
「はい」
「浦さんのところにも行ってない」
「はい」
「誰にも余計なことを話してない」
「はい」
金造は胸を張った。
「完璧じゃ」
「まだ朝でございます」
「なんじゃ、その言い方は!」
「昨日も、午前中は完璧でございましたので」
「昨日の話はもういい!」
「承知いたしました」
金造は新聞を手に取った。
そして、すぐに置いた。
「読まんぞ」
「左様でございますか」
「読んだら腹が立つからな」
「賢明かと存じます」
「ワシは学習する男じゃ」
「左様でございますか」
「なんじゃ、その言い方は!」
高橋は答えなかった。
金造は腕を組む。
「先生も心配しすぎなんじゃ」
「そうでしょうか」
「ワシだって、一度言われれば分かる」
高橋が金造を見る。
「二度でございます」
「細かい!」
「昨日の朝と、警察署で」
「回数の問題じゃない!」
「左様でございますか」
金造は不満そうに鼻を鳴らした。
その時。
電話が鳴った。
金造の身体が反応する。
高橋も反応する。
二人同時に電話を見る。
プルルルル。
「…………」
プルルルル。
金造が手を伸ばした。
高橋も一歩動いた。
二人の視線が合う。
「なんじゃ」
「いえ」
「電話じゃぞ」
「存じております」
「出るぞ?」
「どうぞ」
金造が受話器を取った。
「はい、成田ですが」
『突然のお電話、失礼いたします。私、――新聞の者ですが』
金造の動きが止まった。
高橋の目が細くなる。
『現在争われている家庭用アンドロイドの裁判について、成田さんにお話を――』
ガチャン。
金造は電話を切った。
高橋が目を見開いた。
「…………」
「…………」
二人で受話器を見る。
金造が、ゆっくり高橋を見る。
「切ったぞ」
「はい」
「ワシ、何も喋ってないぞ」
「はい」
「先生の言いつけを守ったぞ!」
「お見事でございます」
「そうじゃろ!」
金造は嬉しそうだった。
「今度こそ何もしません!」
高橋は静かに頭を下げた。
「そのお言葉、ぜひ継続していただければと存じます」
「任せろ!」
昨日、警察署から帰ってきた男とは思えないほどの自信だった。
その日の午後。
大村法律事務所。
「……で、本当に切ったんですね?」
『切りました!』
電話の向こうで、金造が得意げに答える。
「何も話していない?」
『何も!』
「相手が新聞社だと名乗ったところで?」
『ガチャンです!』
大村先生は、しばらく黙った。
『先生?』
「……ありがとうございます」
『ほら! ワシだってやればできるんですよ!』
「はい」
『もっと褒めてもいいんですよ?』
「成田さん」
『はい!』
「電話に出ただけで褒められる状況を、まず疑問に思ってください」
『?』
大村先生は眼鏡を外しかけた。
途中で思い直して戻した。
「とにかく、その対応で結構です」
『はい!』
「今後、取材の申し込みがあっても、ご自分では答えないでください」
『分かっとります!』
「相手方にも連絡しない」
『しません!』
「ご自宅にも行かない」
『行きません!』
「裁判について、SNSなどに書き込むこともしない」
『えすえぬ……なんです?』
「分からないのであれば、今はそのままでいてください」
『はい!』
大村先生は小さく息を吐いた。
「それから、昨日の件についてです」
電話の向こうが静かになる。
『……はい』
「先方が、今後の裁判で触れてくる可能性はあります」
『なんでですか!』
「裁判中の相手方の自宅へ、直接出向いたからです」
『でも昨日のことは裁判とは別だって先生が――』
「警察の手続と民事裁判は別だと申し上げたんです」
『同じじゃないですか!』
「違います」
『難しいなぁ……』
「ですから、勝手なことをしないでくださいと言っているんです」
『はい……』
大村先生は机の上の資料を見る。
そこには、これまでの裁判記録が並んでいた。
杖。
池。
充電。
メンテナンス。
置き去り。
そして、本人尋問。
金造自身が語った言葉。
ムギじろうが語った言葉。
その上に、昨日の出来事まで加わった。
「成田さん」
『はい』
「これから先は、今まで以上に慎重に行動してください」
『分かりました』
「この裁判は、もうあなたとムギじろうさんだけの話ではなくなりつつあります」
『どういうことです?』
「新聞報道が続いています。世間の関心が高まっています」
『ワシ、有名になったんですか?』
「そこを喜ばないでください」
『はい』
「家庭用アンドロイドを、単なる所有物として扱っていいのか」
大村先生は資料をめくる。
「その問題そのものが、注目され始めています」
『でもワシが買ったんですよ?』
大村先生の手が止まった。
『金を払って』
「……はい」
『だからワシのモンでしょう?』
「成田さん」
『はい』
「その話を、今まさに裁判で争っているんです」
『そうでした』
大村先生は眼鏡を外した。
やはり眉間を押さえた。
『先生?』
「なんでもありません」
『また眉間ですか?』
大村先生の手が止まる。
「なぜ分かったんですか」
『昨日から何回もやっとるでしょう』
「…………」
『先生も身体には気をつけた方がいいですよ』
大村先生は天井を見た。
「ありがとうございます」
『いえいえ』
なぜ自分が、この人に健康を気遣われているのだろう。
大村先生は考えるのをやめた。
「とにかく」
『はい』
「何もしないでください」
『任せてください!』
今度こそ。
金造は自信満々に答えた。
『今度こそ何もしません!』
大村先生は、その言葉を信じることにした。
少なくとも。
今日一日くらいは。
新聞社から電話。
名乗られた瞬間、
ガチャン。
金造、できました。
何も喋ってません。
浦家にも行ってません。
警察も来てません。
素晴らしい。
……電話一本切っただけで、ここまで褒めてもらえる依頼人も珍しい気がします。(´・ω・`)
そして、ついに金造から大村先生への気遣いまで。
「先生も身体には気をつけた方がいいですよ」
その眉間の原因、おそらくあなたです。
とはいえ今度こそ、
「何もしません!」
大村先生も信じることにしました。
少なくとも、今日一日くらいは。
では、次回。
スルメ食う?




