029体目 先生、ワシを見捨てないで下さい!
大村先生から、
「次はありません」
とまで言われていた金造。
その日のうちに警察署で、大村先生と再会することになりました。
先生。
予想以上に早かったです。(´・ω・`)
大村先生が警察署に到着したのは、高橋から電話を受けてからしばらく後のことだった。
受付で用件を告げ、案内された先へ向かう。
そこには。
「先生!」
金造がいた。
大村先生の姿を見つけた瞬間、椅子から立ち上がる。
「先生! 来てくれたんですか!」
「……来ました」
「よかったぁ……」
心の底から安心した顔だった。
その横には高橋もいる。
大村先生は高橋を見る。
高橋は静かに頭を下げた。
「申し訳ございません」
「いえ。高橋さんのせいではありません」
「先生!」
金造が割って入る。
「ワシも悪くないんです!」
大村先生は金造を見た。
「成田さん」
「はい!」
「まず、警察の方から事情は伺いました」
「なら分かるでしょう!」
「何がですか」
「ワシはロボットを返してもらいに行っただけなんです!」
大村先生が眼鏡を外した。
眉間を押さえる。
高橋が少し視線を落とした。
「成田さん」
「はい」
「今朝、私は何と申し上げましたか」
「…………」
「覚えていらっしゃいますか」
「覚えとります」
「では、言ってみてください」
金造は少し考えた。
「新聞社に電話するな」
「はい」
「取材に勝手に答えるな」
「はい」
「浦さんに連絡するな」
「はい」
「何かする前に先生に相談しろ」
「はい」
「それから……」
金造が黙る。
大村先生が待つ。
高橋も待つ。
「…………」
「成田さん」
「はい」
「訪問しないでください、とも申し上げましたね?」
「…………はい」
「なぜ行ったんですか」
「話せば分かると思ったんです」
「誰と誰がですか」
「ワシと浦さんが」
「裁判中の相手方と?」
「はい」
「私に相談せず?」
「はい……」
大村先生は眼鏡をかけ直した。
「しかも、先方から帰ってほしいと言われたにもかかわらず、敷地内に居続けた」
「いや、あれは――」
「インターホンも何度も押した」
「話が途中だったからです!」
「ムギじろうさんに向かって声をかけた」
「おるのが分かったからです!」
「成田さん」
「はい」
「今、ご自分で全部おっしゃいましたよ」
「…………」
金造は黙った。
大村先生は警察官へ向き直る。
「ご迷惑をおかけしました」
「いえ。こちらとしても事情の確認が必要でしたので」
警察官は金造を見る。
「成田さん。今回はまず、相手方のご自宅には近づかないようにしてください」
「でもワシのロボットが――」
「成田さん」
大村先生の声が飛んだ。
「……はい」
「返事だけしてください」
「はい……」
警察官が続ける。
「今後については、弁護士さんを通してください」
「……はい」
「今日はお帰りいただいて結構です」
金造の顔が一気に明るくなった。
「帰っていいんですか!」
「はい」
「捕まらんのですか!」
「今日は事情を伺ったものです」
「よかったぁぁぁ……」
金造は胸を撫で下ろした。
そして、すぐに大村先生を見る。
「先生!」
「はい」
「ワシ、この歳で牢屋に入るのはイヤなんじゃぁァァァァァァ!」
「入りません」
「本当ですか!」
「少なくとも、今ここでそのような話にはなっていません」
「よかったぁ……」
大村先生は深く息を吐いた。
「ただし」
金造の動きが止まる。
「今回のことと、現在進行中の民事裁判は別の問題です」
「別?」
「ムギじろうさんを巡る裁判は民事です。今日、警察が来たこととは分けて考えてください」
「じゃあ裁判で負けても牢屋には?」
「入りません」
「よかった!」
「そこだけ元気にならないでください」
「はい」
大村先生は金造をまっすぐ見た。
「成田さん」
「はい」
「今朝のお話を覚えていますね?」
金造の顔が曇った。
「……はい」
「私は申し上げました」
大村先生が一語ずつ区切る。
「私に相談せず、相手方に直接連絡したり、訪問したり、裁判に影響するような行動をした場合」
金造が小さくなる。
「代理人を辞任します、と」
「…………」
「そして今日」
「…………」
「あなたは、その日のうちに浦さんの家へ行きました」
「……はい」
「相談は?」
「……してません」
「先方から帰るよう言われても?」
「……すぐには帰りませんでした」
「結果は?」
「……警察が来ました」
大村先生は黙った。
金造も黙った。
高橋も黙った。
やがて金造が、恐る恐る顔を上げる。
「先生……」
「はい」
「本当に……辞めるんですか?」
大村先生は答えなかった。
「先生……」
金造の声が弱くなる。
「ワシを見捨てないで下さい……」
大村先生は眼鏡を外した。
机の上に置く。
そして両手で眉間を押さえた。
長い沈黙。
「先生?」
「……成田さん」
「はい」
「私は今、本気で辞任を考えています」
「せ、先生!」
「当然でしょう」
「困ります!」
「私も困っています」
「ワシ、どうしたらいいんですか!」
大村先生は顔を上げた。
「私の話を聞いてください」
「聞きます!」
「勝手なことをしないでください」
「しません!」
「相手方へ行かない」
「行きません!」
「連絡しない」
「しません!」
「新聞社にも連絡しない」
「しません!」
「取材にも勝手に答えない」
「答えません!」
「何か思いついても、まず私に相談する」
「相談します!」
「本当に?」
「本当です!」
大村先生は金造を見つめた。
金造も必死に見つめ返す。
「先生……」
「…………」
「ワシを見捨てないで下さい……」
再び沈黙。
やがて大村先生が、ゆっくり眼鏡をかけた。
「……今回だけです」
金造の顔が輝いた。
「先生!」
「次はありません」
「はい!」
「本当にありません」
「はい!」
「今日と同じことをもう一度されたら、私は辞任します」
「分かりました!」
「高橋さん」
「はい」
「何かありましたら」
「旦那様が何かする前に、大村先生へご連絡いたします」
「お願いします」
「承知いたしました」
金造が二人を交互に見る。
「ちょっと待て」
「なんでしょう」
「ワシを何だと思っとる!」
大村先生と高橋が顔を見合わせた。
「依頼人です」
「旦那様でございます」
「だったら、もう少し信用せんか!」
二人は黙った。
「なんじゃ、その顔は!」
高橋が静かに答える。
「旦那様」
「なんじゃ!」
「本日の出来事がございましたので」
「今日は今日じゃ!」
「本日でございます」
「細かい!」
大村先生は、また眼鏡を外した。
「先生! なんでまた外すんですか!」
「少し眉間が痛くなりまして」
「大丈夫ですか?」
「……誰のせいだと思ってるんですか」
「?」
大村先生は答えなかった。
大村先生。
朝に最後通告。
午後に警察署。
まさか同じ日のうちに、ここまで見事に約束を破られるとは思わなかったでしょう。
しかも本人は、
「ワシを見捨てないで下さい……」
しおらしい。
大村先生、今回だけは踏みとどまりました。
次はありません。
本当にありません。
たぶん金造も分かったはずです。
……今度こそ分かったよね?(´・ω・`)
なお、大村先生の眉間については、労災認定を検討したいところです。
では、次回。
スルメ食う?




