028体目 まだ何もしとらん!
大村先生から、
「何もしないでください」
と、あれほど念を押された金造。
その日の午後。
本人はちゃんと言いつけを守っているつもりでした。
――途中までは。(´・ω・`)
大村先生から、
「何もしないでください」
と、これ以上ないほど分かりやすい指示を受けた、その日の午後。
金造は自宅の居間で腕を組んでいた。
「…………」
高橋は少し離れたところに立っている。
「…………」
「高橋」
「はい」
「ワシは何もしてないな?」
「今のところは」
「なんじゃ、その言い方は」
「事実を申し上げただけでございます」
金造は不満そうに鼻を鳴らした。
朝から新聞社には電話していない。
記者にも話していない。
浦家にも電話していない。
もちろん、大村先生にも余計な連絡はしていない。
完璧である。
「先生も心配性じゃな」
「そうでしょうか」
「ワシを子どもみたいに」
「…………」
「なんじゃ」
「何でもございません」
金造は新聞を広げた。
もう何度読んだか分からない。
『「帰りたくない。怖いから」――家庭用アンドロイド、法廷で訴え』
また腹が立ってきた。
「怖いってなんじゃ」
高橋は答えない。
「ワシが何をしたっていうんじゃ」
高橋が金造を見る。
「お答えしてよろしいのでしょうか」
「いや、いい」
「承知いたしました」
金造は新聞を畳んだ。
しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「高橋」
「はい」
「ちょっと出てくる」
「どちらへ?」
「散歩じゃ」
「お車は?」
「いらん」
「左様でございますか」
金造が立ち上がる。
数歩歩いたところで、高橋が呼び止めた。
「旦那様」
「なんじゃ」
「大村先生のお話は、覚えていらっしゃいますね?」
「覚えとるわ!」
「それでしたら結構でございます」
「ワシを何だと思っとる!」
「旦那様でございます」
「なら信用せい!」
「しております」
「顔が信用しとらん!」
「生まれつきでございます」
金造は「ふん」と鼻を鳴らして、部屋を出ていった。
玄関の扉が閉まる。
高橋は、その場に立っていた。
十秒。
二十秒。
三十秒。
そして、静かに時計を見る。
「…………」
もう一度、玄関を見る。
「…………」
高橋は電話を取り出した。
だが。
まだ、かけない。
大村先生は言った。
相手方へ行くようなことがあれば、すぐに連絡してほしい。
しかし金造は、散歩に行くと言っただけである。
まだ何もしていない。
高橋は電話をしまった。
一方。
金造は歩いていた。
「まったく……」
ぶつぶつ言いながら歩く。
「ワシは何も悪いことしとらん」
歩く。
「新聞社にも電話しとらん」
さらに歩く。
「浦さんにも連絡しとらん」
そして歩く。
「先生の言うことは、ちゃんと守っとる」
やがて。
金造の足が止まった。
目の前には、一軒の家がある。
「…………」
金造は家を見た。
表札を確認する。
「ここか」
大村先生の言葉が頭をよぎる。
――浦さんにも連絡しないでください。
「連絡はしとらん」
――相手方への直接の連絡、訪問――
「…………」
金造は少し考えた。
「まだ訪問もしとらん」
門の前に立っているだけである。
何もしていない。
「そうじゃ」
金造は頷いた。
「ワシはまだ何もしとらん!」
誰に言うでもなく宣言する。
そして。
門を開けた。
敷地の中へ入る。
玄関へ向かって歩く。
ピンポーン。
インターホンを押した。
少しして、声が聞こえた。
『はい』
「あー、成田です」
間があった。
『……成田さん?』
「そうです。ちょっと話がありましてな」
再び、沈黙。
『どちらの成田さんでしょうか』
「だから成田金造です! ロボットの!」
長い沈黙。
「聞こえとりますか?」
『聞こえてます』
「なら開けてください」
『開けません』
「なんでですか!」
『なんで来たんですか』
「ワシのロボットを返してもらいに来たんです!」
『裁判中ですよね?』
「だから話し合いに来たんです!」
『弁護士さんは?』
「先生は関係ない!」
『一番関係あると思いますけど』
「とにかく話を――」
『帰ってください』
「ちょっと待ちなさい!」
『帰ってください』
インターホンが切れた。
「…………」
金造はボタンを押した。
ピンポーン。
反応がない。
もう一度。
ピンポーン。
「浦さん!」
返事はない。
「話くらい聞きなさい!」
玄関の向こうで、浦姐ぇは旦那ちゃんを見た。
「……どうする?」
旦那ちゃんは静かに答えた。
「警察に連絡しましょう」
「だよね」
「敷地内に入っていますから」
浦姐ぇはスマートフォンを手に取った。
玄関の外では、金造がまだインターホンの前にいた。
「まったく、話の分からん人じゃな」
その時。
家の中から、かすかに声がした。
「ムギ、こっちにいよう」
金造の耳が動いた。
「…………」
玄関を見る。
「おるんじゃないか」
一歩、近づく。
「おい!」
家の中で、ムギの身体が固まった。
その声を知っている。
「おい! お前!」
ムギの手が震え始めた。
コメたろうが、その横に立つ。
「ムギ」
「……はい」
「こっちにいろ」
「はい……」
外から、また声がする。
「ワシじゃ! 出てこい!」
浦姐ぇの表情が変わった。
旦那ちゃんが玄関の前に立つ。
「開けないでください」
「うん」
しばらくして。
遠くから、サイレンの音が聞こえてきた。
金造が振り返る。
「ん?」
音が近づいてくる。
やがて家の前で止まった。
警察官が降りてくる。
金造の顔が明るくなった。
「おぉ!」
警察官へ向かって手を振る。
「お巡りさん、いい所に!」
警察官が金造を見る。
「どうされました?」
「ちょうどよかった!」
金造は玄関を指さした。
「ワシのロボットが、この家に人質にとられとるんです!」
警察官が家を見る。
それから金造を見る。
「人質……ですか?」
「そうです!」
「こちらのお宅の方ですか?」
「違います!」
「では、なぜ敷地の中に?」
「ロボットを返してもらいに来たんです!」
警察官が一瞬黙った。
「こちらのお宅の方から、入っていいと言われましたか?」
「言われとらん!」
「門は?」
「開けて入りました!」
「…………」
もう一人の警察官がメモを取り始める。
「現在、そのアンドロイドについて裁判中だと伺っていますが」
「そうです!」
「弁護士さんは?」
「おります!」
「今日こちらへ来ることは、弁護士さんに相談されましたか?」
「しとらん!」
警察官二人が顔を見合わせた。
「成田さん」
「はい!」
「ひとまず、こちらの敷地から出ていただけますか」
「なんでワシが!」
「お話を伺いますので」
「話ならここで!」
「先方が帰ってほしいとおっしゃっています」
「ワシのロボットが中におるんですよ!」
「その件は裁判中なんですよね?」
「そうです!」
「でしたら、ここで直接解決しようとなさらないでください」
金造が固まった。
警察官は穏やかに続けた。
「まず敷地の外へ出ましょう」
「いや、しかし――」
「成田さん」
「…………」
金造は不満そうに玄関を見た。
そして警察官に促され、門の外へ出る。
「少し詳しくお話を伺いたいので、ご同行いただけますか」
「同行?」
「はい」
「どこへ?」
「署です」
「…………」
金造の顔色が変わった。
「ワシが?」
「はい」
「なんで?」
「事情を確認するためです」
「いやいやいや!」
金造が一歩下がる。
「お巡りさん、違うんです!」
「何がですか?」
「ワシはロボットを返してもらいに来ただけで!」
「そのお話も含めて伺います」
「ちょっと待ちなさい!」
警察官に促され、金造が歩き始める。
「お巡りさん!」
振り返る。
「ワシじゃないんです!」
警察官が首を傾げる。
「はい?」
「ワシじゃ!」
「……はい?」
「お巡りさーんっ!!」
その頃。
成田家では。
高橋の電話が鳴った。
「はい、高橋でございます」
話を聞く。
「…………」
高橋の顔から、表情が消えた。
「承知いたしました」
電話を切る。
数秒、動かなかった。
それから別の番号へ電話をかける。
『はい、大村です』
「大村先生」
『はい』
「だ、旦那様が……」
『成田さんが?』
高橋は一度、息を吸った。
「旦那様が警察に!」
電話の向こうが静かになった。
『…………』
「先生?」
やがて。
ひどく落ち着いた声が返ってきた。
『高橋さん』
「はい」
『最初からお願いします』
「何もしないでください」
ここまで分かりやすく言われたのに。
新聞社には電話していない。
浦家にも連絡していない。
だから金造の中では、ちゃんと言いつけを守っていました。
――訪ねて行くまでは。
そして警察が来れば、なぜか味方が増えたと思う男。
「おぉ! お巡りさん、いい所に!」
違います。
あなたを迎えに来ました。(´・ω・`)
一方その頃、大村先生のもとには、高橋から一本の電話が。
「旦那様が警察に!」
大村先生。
まだ午前中にした最後通告の余韻すら残っております。
次回。
先生、出番です。
スルメ食う?




