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おかえり  作者: コメたろう
第三章 ぼくは、ここにいたい

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026体目 朝刊が届いた朝

昨日、法廷で語られたムギじろうの言葉。

その声は、翌朝。

一枚の新聞に載って、法廷の外へ出ました。

そして初めて、この裁判は「誰かの家の話」ではなくなります。

翌朝。


朝刊の社会面に、その記事は大きく掲載された。


『「帰りたくない。怖いから」――家庭用アンドロイド、法廷で訴え』


前日に行われた本人尋問で、家庭用アンドロイドのムギじろうが語った内容が、記事になっていた。


杖で何度も叩かれたこと。


失敗すると充電を禁じられたこと。


置き去りにされた日、雨が降ってもその場を離れず、迎えを待ち続けていたこと。


そして、以前の所有者である成田金造の家には「帰りたくない」と、自らの意思で答えたこと。


記事の最後には、ムギじろうの言葉が紹介されていた。


――呼ばれた時に、僕を呼んでるんだって、分かります。


その朝。


新聞社の社会部では、電話が鳴り始めていた。


「はい、社会部です。……昨日のアンドロイド訴訟の記事ですね」


記者が受話器を肩に挟み、メモを取る。


「はい……はい。ご意見として承ります。ありがとうございます」


電話を切る。


ほとんど間を置かず、また鳴った。


今度は隣の席だ。


「はい、社会部です」


さらに、その向こうでも。


「はい。今朝の記事についてですね」


電話を切った記者が、机の上に増えていくメモを見た。


「……すごいですね」


デスクが顔を上げる。


「何が?」


「今朝の記事です。問い合わせが止まりません」


「苦情か?」


「それもありますけど……」


記者がメモを何枚か拾った。


「両方です」


「両方?」


「『アンドロイドだって怖いものは怖いんじゃないか』」


一枚めくる。


「『機械に人権なんか認めたら、どこまで認めるつもりなんだ』」


もう一枚。


「『うちにも家庭用アンドロイドがいる。買った物だから何をしてもいいなんて考えたことはない』」


「反対も?」


「あります」


記者が別のメモを見る。


「『自分で金を出して買った物をどう扱おうが、所有者の自由だろう』」


デスクが椅子の背にもたれた。


「……割れたな」


「きれいに割れてますね」


電話が鳴った。


「はい、社会部です」


記者が受話器を取る。


「はい……家庭用アンドロイドをお持ちなんですね?」


ペンが動き始める。


「はい」


「……名前?」


記者の手が止まった。


「名前をつけていらっしゃる?」


デスクが新聞から顔を上げた。


「はい……はい。ありがとうございます」


記者が電話を切る。


「何だって?」


「名前をつけてるそうです」


「アンドロイドに?」


「はい」


記者は今朝の記事を開いた。


「ムギじろうの、最後の言葉を読んだって」


記事の終わりにある一文を指で示す。


――呼ばれた時に、僕を呼んでるんだって、分かります。


「自分の家のアンドロイドにも名前があって、毎日その名前で呼んでるそうです」


「へえ」


「『うちの子も、自分が呼ばれてるって分かってるんでしょうか』って」


デスクが黙った。


また電話が鳴る。


別の記者が取った。


「はい、社会部です」


少しして、その記者がこちらを向いた。


「家庭用アンドロイドの所有者です。この記事について話したいって」


デスクが机の上を見る。


朝から集まったメモは、すでに小さな束になっていた。


「昨日までは、この裁判の話だったんですけどね」


記者が言った。


「ん?」


「今朝から、自分の家のアンドロイドの話をする人が増えてます」


デスクは少し考えた。


そして、記事を閉じた。


「追うぞ」


「裁判を?」


「それもだ」


デスクがメモの束を指した。


「家庭用アンドロイドを、世間が何だと思ってるのか」


記者が頷く。


「特集、組みます?」


「まず取材だ。所有者だけじゃない。メーカーにも聞け。法律の専門家にもだ」


「はい」


「それから――」


デスクが今朝の記事をもう一度開く。


「次の期日も押さえろ」


「分かりました」


その時。


社会部の電話が、一斉に鳴った。


記者たちが、それぞれ受話器を取る。


「はい、社会部です」


「はい、今朝の記事ですね」


「ご意見として承ります」


賛成。


反対。


戸惑い。


怒り。


共感。


それまで家庭の中で、それぞれが何となく決めていたアンドロイドとの距離が、ひとつの裁判によって問い直され始めていた。


人なのか。


物なのか。


家族なのか。


機械なのか。


その答えは、まだ誰にも決められていない。


ただ一つ。


昨日まで法廷の中にあった問いは、今朝の新聞とともに、外へ出た。

法廷の中で交わされた言葉が、朝刊に載りました。


そして始まったのは、単純な賛成と反対だけではありません。


「うちのアンドロイドは?」


そう考える人たちが現れ始めました。


名前をつけている家。


ただの機械だと考えている人。


家族のように暮らしている人。


お金を出して買った以上、所有物だと考える人。


ムギじろうの裁判は、いつの間にか一体のアンドロイドだけの問題ではなくなりつつあります。


昨日まで法廷の中にあった問いは、とうとう世間へ。


さて。


この朝刊を読んだ、あのお方は――。


大村先生。


たぶん今日も、眉間が大変です。(´・ω・`)


では、次回。


スルメ食う?

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