024体目 ワシは一人っ子だぞ?
裁判は、いよいよ本人尋問へ。
まず証言台に立つのは、成田金造。
果たして彼は、自分の行為をどう説明するのか。
なお――
本人はいたって真面目です。
たぶん、それが一番の問題です。(´・ω・`)
訴状が提出されてから、数か月が経った。
その間、双方から何度も準備書面が提出され、証拠の整理が進められた。
争点は、次第にはっきりしていった。
家庭用として購入されたアンドロイドは、所有者が自由に扱える「物」なのか。
それとも、雇用されるアンドロイドと同じように、安全や自己決定について一定の権利を持つ存在なのか。
そしてこの日。
成田金造の本人尋問が行われることになった。
傍聴席には、一般の傍聴人に混じって新聞記者の姿もあった。
橋上先生が立ち上がる。
「成田さん。いくつか確認させていただきます」
「どうぞ」
金造は妙に堂々としていた。
「まず、ムギじろうさんについてですが」
「誰です?」
「あなたが購入した家庭用アンドロイドです」
「あぁ、あいつか」
橋上先生は一拍置いた。
「成田さんは、彼を何と呼んでいましたか?」
「おい! お前! ですよ」
「名前は付けていなかった?」
「ロボットに名前なんぞ必要ないでしょう」
傍聴席で、ペンを走らせる音がした。
橋上先生は続けた。
「では、成田さんの家に来た初日のことを伺います。盆栽用のハサミを、彼に向かって投げたことがありますね?」
「ありますよ」
大村先生が、わずかに金造を見る。
橋上先生も一瞬止まった。
「……認めるのですね?」
「だって当たっとらんでしょう」
「当たらなければ問題ないと?」
「そうは言っとらん。ただ、当たっとらんと言っとるんです」
「その時、彼が震えていたことは覚えていますか?」
「あぁ、ガタガタ震えおって。根性ナシがっ! と言ってやりましたよ」
「怖がっているとは思わなかった?」
金造は、きょとんとした。
「ロボットなら怖くないじゃろ?」
橋上先生は何も言わず、手元の資料へ視線を落とした。
「では次に、彼の筐体を杖で打ち据えたことは?」
金造が眉をひそめる。
「……きょうたい?」
「はい」
「ワシは一人っ子だぞ?」
法廷が静まり返った。
橋上先生が金造を見る。
大村先生が俯く。
高橋は微動だにしない。
「……えーと、カバーです」
「あぁ! カバー!」
金造は納得したように頷いた。
「あれは……そうじゃ。ちょっと小突いただけじゃ」
なぜか誇らしげだった。
橋上先生は、証拠として提出されている写真を示した。
ムギじろうが以前使っていた、白い筐体。
その背面には、はっきりと亀裂が走っている。
傍聴席がざわついた。
「……背中、割れてる……」
「FRPだぞ……」
裁判長が傍聴席を見る。
「静粛に」
橋上先生は写真を示したまま尋ねた。
「これが、『ちょっと小突いた』結果ですか?」
金造も写真を見る。
「ロボットは丈夫なんじゃろ?」
大村先生が目を閉じた。
「成田さん。質問されたことだけにお答えください」
「まだ話の途中じゃ!」
「途中で結構です」
橋上先生が次の質問へ移った。
「では、ムギじろうさんを投げ飛ばしたことは?」
「投げ飛ばしたとは人聞きの悪い!」
「では、投げ飛ばしてはいない?」
「ちょっと放っただけじゃ!」
大村先生の眉間に皺が寄った。
「受け身くらい取れると思うじゃろ? ロボットなんじゃから」
「成田さん」
「なんじゃ?」
「それ以上は結構です」
橋上先生は淡々と続けた。
「池に突き落としたことはありますか?」
「突き落としたんじゃない。ちょっと押しただけじゃ」
「結果として池に落ちた?」
「まぁ、そうじゃ」
「なぜ押したのですか?」
「あいつが鯉に金魚の餌をやっとったからじゃ!」
「金魚の餌と鯉の餌の違いを、ムギじろうさんに教えていましたか?」
「そんなもん――」
金造は当然のように言った。
「口の大きさを見りゃ判るでしょうが!」
橋上先生はしばらく金造を見ていた。
「……では、充電について伺います」
「充電?」
「ムギじろうさんが失敗した際、罰として充電を禁止したことがありますね?」
「あぁ、ありますよ」
「充電できなければ、やがて停止することはご存じでしたか?」
「そりゃ知っとる」
「それでも禁止した?」
「罰なんだから当たり前でしょう」
「停止することについては?」
「死なんじゃろ」
法廷が静かになった。
金造は、その空気の意味が分からないらしい。
「人間だって一食くらい抜いたところで死にゃせんでしょう。ワシが子どもの頃は――」
「成田さん」
大村先生が遮った。
「ご自身の子ども時代のお話は結構です」
「まだ話の途中じゃ」
「結構です」
橋上先生が続ける。
「定期的なメンテナンスは受けさせていましたか?」
「メンテナンス?」
「メーカーが推奨する点検です。オイル交換なども含みます」
「そんなもの、しとらん」
「一度も?」
「動いとったんだから問題ないじゃろ」
「費用の問題ですか?」
金造が怪訝な顔をした。
「いや、金ならありますよ」
大村先生が金造を見る。
橋上先生も一瞬黙った。
「では、なぜ?」
「もったいないでしょう!」
大村先生が額に手を当てた。
橋上先生は資料を一枚めくった。
「次に、ムギじろうさんを車で連れ出し、その場に残して帰ったことについて伺います」
「置き去りみたいに言わんでくださいよ」
「では、どういうつもりだったのですか?」
「少し反省させようと思っただけじゃ」
「迎えには戻りましたか?」
「戻っとらん」
「では、どうやって帰宅すると?」
「ロボットなら自力で帰ってこい!」
「自宅までの経路を教えていましたか?」
「地図の機能とか付いてるじゃろ」
「ご自宅の住所を登録していましたか?」
「……知らん」
「住所を教えたことは?」
「そんなもの、いちいち教える必要があるのか?」
橋上先生は、それ以上追及しなかった。
「その日、雨が降ったことはご存じですか?」
「雨?」
金造は高橋を見る。
高橋が答えた。
「降っておりました」
「高橋に訊くな!」
「旦那様が私をご覧になったのでございます」
傍聴席から、押し殺したような音が漏れた。
裁判長が視線を向ける。
再び静かになる。
橋上先生が尋ねた。
「雨の中にアンドロイドを残すことに、問題があるとは思わなかった?」
「ロボットなら濡れても平気じゃろ?」
「取扱説明書は確認しましたか?」
「取り扱い説明書?」
橋上先生が黙った。
大村先生も黙った。
高橋も黙った。
金造だけが、不思議そうに三人を見ていた。
やがて橋上先生が、資料を閉じた。
「成田さん。アンドロイド雇用機会均等法はご存じですか?」
「あぁ。聞いたことくらいはありますよ」
「どのような法律だと理解していますか?」
「それを雇う時の法律でしょう!」
「ムギじろうさんには、掃除などの家事をさせていましたね?」
「当然じゃ。家庭用なんだから」
「それは労働ではありませんか?」
金造の顔つきが変わった。
「ワシは雇っとらん!」
声が法廷に響く。
「買ったんです!」
橋上先生は静かに尋ねた。
「つまり、購入したものだから、雇用されるアンドロイドとは違うと?」
「当たり前でしょう!」
「では、購入したアンドロイドについて、所有者はどこまで自由に扱えるとお考えですか?」
金造は胸を張った。
「ワシの金で買ったんだ。何をしても自由じゃろ」
大村先生が、ゆっくり目を閉じた。
橋上先生は金造から目を逸らさない。
「では、お手伝いさんを雇った場合にも、同じことができますか?」
「同じこと?」
「杖で叩く。投げ飛ばす。池に突き落とす。食事を与えない。屋外に置き去りにする」
「人間にそんなことしたら犯罪でしょう!」
「なぜ、アンドロイドなら許されるのですか?」
金造は、心底不思議そうな顔をした。
「だってロボットでしょう?」
法廷が静まり返った。
橋上先生は数秒間、金造を見つめていた。
「……質問を終わります」
大村先生が立ち上がった。
ここからは、金造側の代理人として質問する番だった。
「成田さん。ムギじろうさんは、正規の販売店から購入した家庭用アンドロイドですね?」
「そうですよ」
「代金を支払い、所有者登録もあなたの名義で行われた?」
「もちろんじゃ」
「雇用契約を結んだ事実は?」
「ない」
「給与を支払っていた?」
「払っとらん」
「購入時、販売店やメーカーから、家庭用アンドロイドについて雇用されるアンドロイドと同等の権利が保障されるという説明を受けましたか?」
「そんな話は聞いとらん」
大村先生は頷いた。
「では先ほど、『ワシの金で買ったんだ。何をしても自由』とおっしゃいましたが――」
一瞬、間を置く。
「これは当然、法律で許される範囲において、所有者として自由に扱えるという意味ですね?」
金造が首を傾げた。
「いや?」
大村先生の動きが止まった。
「……違うのですか?」
「ワシが買ったんだから、ワシが好きにしていいという意味ですが?」
大村先生は、ゆっくり眼鏡を外した。
眉間を押さえる。
しばらく、そのままだった。
「……以上です」
「もう終わりか?」
「終わりです」
「じゃが先生、ワシはロボットを返して欲しいんですじゃ」
「成田さん」
「なんです?」
「質問は終わりました」
「だからワシは――」
「終わりました」
裁判長が金造を見る。
「成田さん。代理人の指示に従ってください」
「……はい」
ようやく金造が黙った。
傍聴席では、新聞記者が猛烈な勢いでペンを走らせていた。
家庭用アンドロイドは、買った人間の所有物なのか。
買ったのであれば、本当に何をしても許されるのか。
そして――
ロボットなら、怖くないのか。
痛くないのか。
その答えを語る者の尋問は、まだ先に控えていた。
「筐体」
たった二文字で、まさかの兄弟構成まで明らかになりました。
ワシは一人っ子だぞ?
そこじゃない。
そして大村先生が必死に作ろうとした逃げ道を、本人が片っ端から塞いでいきます。
「ロボットは丈夫なんじゃろ?」
「死なんじゃろ」
「ワシの金で買ったんだ。何をしても自由じゃろ」
金造にとっては、どれも当たり前のこと。
だからこそ、この裁判で問われるものが見えてきました。
次に同じ出来事を語るのは――ムギじろうです。
金造が「たいしたことではない」と思っていたことを、ムギはどう感じていたのか。
同じ出来事でも、見えていた景色は同じだったのでしょうか。
では、次回。
スルメ食う?




