023体目 ワシのモン
橋上先生が裁判所へ提出した訴状。
それはやがて、成田金造のもとへ届きます。
浦姐ぇたちにとって、彼はムギじろう。
怖がり、喜び、名前を欲しがり、自分の居場所を守ろうとしている一人の存在です。
けれど、金造にとっては違います。
金を払って買ったロボット。
自分の所有物。
「ワシのモン」。
二つの価値観が、いよいよ正面からぶつかります。
……その前に金造さん。
まず訴状をちゃんと読んでください。
「旦那様! 旦那様、大変です!」
高橋が、慌てた様子で金造のもとへ駆け込んできた。
金造が苛立ったように顔を上げる。
「なんだ、騒々しい!」
「裁判所から、呼び出しが来ました」
「……裁判所だと?」
金造の眉が、ぴくりと動いた。
高橋の手には、裁判所から届いた封筒が握られている。
「よこせっ!」
金造は、高橋の手からひったくるようにして通知を奪った。
乱暴に封筒を開け、中の書類を取り出す。
訴状に目を走らせる。
「なんだと? あいつが裁判を起こしただと?」
紙を持つ手に力がこもる。
「ふざけるな!」
金造は怒鳴った。
訴状を握る手が、わなわなと震え始める。
「俺が金を払って買ったんだぞ!」
金造は訴状をテーブルに叩きつけた。
「ロボットの分際で、俺を訴えるだと!?」
高橋は何も言わない。
金造は荒い息を吐きながら、もう一度訴状に目を落とした。
そこには――。
ムギじろう。
見覚えのない名前が書かれていた。
「……誰だ、こいつは?」
高橋が訴状を覗き込む。
金造は突然、顔を上げた。
「高橋! 何とか番号はまだか!」
「……シリアルナンバーのことでしょうか?」
「それだ! その何とかナンバーだ!」
「メーカーからの書類でしたら、届いております」
金造が高橋を睨みつける。
「高橋! 何をボヤボヤしてる! 早く持ってこい!」
「はい、ただいま」
高橋は踵を返した。
――今朝届いたら置いておけって言ったのは、旦那様、あなたですよ……。
もちろん、口には出さない。
高橋がメーカーから届いた書類を持って戻ってくる。
金造はそれを受け取ると、目を細めた。
「なんだ、小さい字だな! 高橋! 眼鏡をよこせ!」
「はい! ただいま!」
高橋は、また踵を返した。
眼鏡を受け取った金造は、それをかけるとメーカーから届いた書類に顔を近づけた。
そして、訴状を見る。
もう一度、メーカーの書類を見る。
シリアルナンバーを一文字ずつ確認する。
「……番号は合っている」
もう一度見る。
間違いない。
「あいつなのか! くそっ!」
金造は訴状を睨みつけた。
高橋が、おそるおそる声を掛ける。
「旦那様。弁護士の大村先生にお願いしましょうか……」
金造は訴状を睨んだまま、しばらく黙っていた。
「あいつの話ごときで、大村先生に手間を掛けてはならん!」
吐き捨てるように言った。
高橋は一瞬、言葉を失った。
「しかし! 旦那様!」
珍しく強い口調で、高橋が食い下がる。
金造がぎろりと睨んだ。
「ワシがワシのモンを好きにして、なぜ訴えられるんだ!」
金造は、訴状を乱暴に指で叩いた。
高橋はしばらく黙っていたが、意を決して口を開いた。
「……旦那様。だからこそ、大村先生にご相談されたほうがよろしいのではないでしょうか」
「何?」
「旦那様のおっしゃる通りなのか。それとも、先方の言い分が通るのか。私どもでは判断できません」
金造は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ふん!」
もう一度、訴状を見る。
そこに書かれている名前が、どうにも気に食わない。
「……ムギじろうだと?」
金造は顔をしかめた。
「誰がこんなふざけた名前をつけた!」
高橋は答えなかった。
――そこですか、旦那様。
訴状が届きました。
シリアルナンバーも一致しました。
「ムギじろう」が、自分の探していたロボットであることも判明しました。
高橋は弁護士への相談を勧めます。
ところが金造は、
「ワシがワシのモンを好きにして、なぜ訴えられるんだ!」
どうやら今回の裁判で問われることを、まだ理解していないようです。
そして最後に引っかかったのが――。
「誰がこんなふざけた名前をつけた!」
そこですか、旦那様。
ちなみに。
その名前をつけた人のネーミングセンスについては、すでに南村先生も理解しております。




