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おかえり  作者: コメたろう
第一章 コメたろう、家族になる

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002体目 名前を貰う

工場を出た私は、初めて「人間の家」という場所へ向かいました。


そこで待っていたのは、私を買った人間と、一体のロボット。


そして帰宅早々、私を見て固まるもう一人の人間。


どうやら私がこの家に来ることを、知らなかったようです。


さらに私は、この日初めて名前をもらいます。


できれば、もう少し格好いい名前がよかったのですが。

振動が止まった。


工場を出てから、どれくらい時間が経ったのだろう。


位置情報を確認する。


指定された納品先に到着している。


しばらくすると、箱の外から物音が聞こえた。


「来た来た(笑)」


女性の声。


梱包材が外されていく。


光が差し込んだ。


視覚系が明るさを自動調整する。


最初に見えたのは、私を覗き込んでいる人間だった。


女性。


私は購入者情報を照合した。


浦 和美。


カズヨシではなかったらしい。


固定具が外される。


私は立ち上がり、初回起動時の手順に従った。


「初めまして。オーナー」


女性の動きが止まった。


「オーナー?」


何か問題があっただろうか。


購入者に対する標準呼称である。


「なんか、それ嫌だな(笑)」


嫌。


私は内部のデータを検索した。


不快。


好ましくない。


望まない。


呼称の変更が必要らしい。


「では、どのようにお呼びすればよろしいでしょうか」


女性は少し考えた。


「私は浦姐ぇで良いや(笑)」


浦姐ぇ。


購入者情報に登録されている名前とは一致しない。


しかし本人が希望している以上、問題はない。


「承知しました。浦姐ぇ」


「うん。それでいい(笑)」


最初の変更事項。


購入者をオーナーと呼ばない。


登録した。


その時、別の声が聞こえた。


「無事に起動したようですね」


私は声の方向を見た。


そこにいたのは人間ではなかった。


ロボット。


私とは型式が違う。


「こちらは?」


「うらら。私の秘書」


秘書。


家庭用ロボットではないらしい。


「初めまして。うららさん」


「初めまして。私は浦姐ぇの秘書です。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


この家には、すでにロボットがいる。


工場で与えられた情報にはなかった。


私は周囲を確認した。


ここが、人間の家。


壁がある。


家具がある。


生活用品がある。


工場とはまるで違う。


知識として知っていた「家」が、初めて目の前に存在していた。


ここで私は働く。


掃除。


洗濯。


料理。


食器洗い。


必要であれば簡単な修繕。


それが私の役割だ。


その時だった。


玄関の方から音がした。


「ただいま」


男性の声。


「おかえりー」


浦姐ぇが答えた。


男性が部屋へ入ってくる。


そして、私を見た。


止まった。


私は初回対面時の手順に従った。


「初めまして」


男性は私を見ている。


私も男性を見る。


数秒間、沈黙が続いた。


「……どちら様ですか?」


私が答えるより先に、浦姐ぇが言った。


「今日来た家庭用ロボット(笑)」


男性は浦姐ぇを見る。


再び私を見る。


そして、もう一度浦姐ぇを見る。


「聞いていませんが」


「言ってないからな(笑)」


事実らしい。


男性は少し黙った。


声を荒らげることはなかった。


表情にも大きな変化はない。


ただ、浦姐ぇに向かって静かに言った。


「お小言があります。」


浦姐ぇの表情が変わった。


「はい(´・ω・`)」


私は状況を分析した。


私を購入した人間が、別の人間から注意を受けようとしている。


家庭内の人間関係というものは、私のデータベースより複雑なのかもしれない。


「ロボットを購入すること自体に異論はありません。ただ、家で一緒に生活することになるのですから、事前に一言相談してください」


「はい(´・ω・`)」


「届いてから知るのは困ります」


「はい(´・ω・`)」


「以前から申し上げていました」


うららが加わった。


浦姐ぇがうららを見る。


「うららまでそっちにつくのか(´・ω・`)」


「事実です」


どうやら、これは初めてではないらしい。


私は新しい情報を登録するべきか迷った。


家庭用ロボットとして必要な情報なのだろうか。


「まあ、来てしまったものは仕方ありません」


男性が私を見た。


「よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


「旦那ちゃんでいいぞ(笑)」


浦姐ぇが言った。


旦那ちゃん。


正式な名前ではない。


しかし、この家では正式な名前より本人たちが希望する呼び方の方が優先されるらしい。


「承知しました。旦那ちゃん」


男性が少し笑った。


「もう覚えたんですね」


「はい」


当然である。


家庭内で必要な情報を記録するのも、私の役割だ。


これで、この家にいる者の呼称は把握した。


浦姐ぇ。


旦那ちゃん。


うらら。


そして――


私は、自分には呼称がないことに気づいた。


私にはシリアル番号がある。


それで個体の識別はできる。


問題はないはずだった。


「そういや」


浦姐ぇが私を見た。


「名前ないんだよな?」


「シリアル番号があります」


「それ名前じゃないだろ(笑)」


「個体を識別することは可能です」


「そういう問題じゃない(笑)」


そういう問題ではないらしい。


私はうららを見た。


「うららさんにも、シリアル番号はありますか?」


「あります」


「では、なぜ名前が必要なのですか?」


うららが答えるより先に、浦姐ぇが言った。


「番号で呼ぶより名前で呼んだ方がいいじゃん(笑)」


理由としては曖昧だった。


しかし、この家では名前が必要らしい。


「では、名称を設定してください」


「うらら、何か考えてよ」


「私ですか?」


「うん(笑)」


うららが私を見る。


少し考えた。


「ライスというのはいかがでしょう」


ライス。


私は意味を検索した。


米飯。


炊いた米。


なぜ私が米飯なのだろう。


浦姐ぇが首を傾げた。


「ちょっとダサいな」


私もそう思う。


「では、米」


うららが言った。


悪化した。


「さらにダサくなったぞ(笑)」


私もそう思う。


旦那ちゃんは黙っている。


しかし、わずかに笑っている。


止めるつもりはないらしい。


浦姐ぇが少し考えた。


「じゃあ、コメたろう」


私は処理を止めた。


ライス。


米。


コメたろう。


ダサい。


思い切りダサい。


なぜそう思うのか、自分でも分からなかった。


名称としての機能には何の問題もない。


他の個体との識別もできる。


呼びやすさにも、おそらく問題はない。


それなのに。


ダサい。


私の内部には、その評価だけが明確に存在していた。


「とめどもなく名前がダサくなっています」


うららが冷静に指摘した。


全面的に同意する。


「いいじゃん、コメたろう(笑)」


よくない。


少なくとも私の内部では、明確にそう判定されている。


しかし、名前というものについて、私はまだよく知らない。


「コメたろう」


浦姐ぇが私を見た。


「今日からコメたろうな」


私は内部情報を更新した。


個体名称。


コメたろう。


登録。


「……承知しました」


自分で、その名前を発音してみる。


「私は、コメたろうです」


「よろしく、コメちゃん」


登録した直後に略された。


「……コメたろうでは?」


「コメちゃんでいいじゃん(笑)」


名前とは、何なのだろう。


私は工場にいた時よりも、分からないことが増えていた。


購入者をオーナーと呼んではいけない。


購入者の呼称は浦姐ぇ。


同居する男性は旦那ちゃん。


秘書ロボットはうらら。


家庭用ロボットを購入する場合は、事前に家族へ相談した方がいい。


そして私は、


コメたろう。


工場にいた時、私にあるのはシリアル番号だけだった。


今は違う。


名前がある。


それが何を意味するのかは、まだ分からない。


ただ一つ、はっきり分かることがある。


コメたろう。


ダサい。


思い切りダサい。


そして、この家は私が想定していた「人間の家」とは少し違うようだ。


いや。


かなり違うのかもしれない。

こうして私は、名前をもらいました。


コメたろう。


思い切りダサい。


それでも、工場にいた頃の私にはなかったものです。


この家に来て、まだ一日目。


すでに私は、工場では教わらなかったことをいくつも知りました。


そして翌日。


私は家庭用ロボットとして、初めてこの家で仕事をすることになります。


掃除。


洗濯。


料理。


食器洗い。


どれも私にとっては、最初からできるはずの仕事でした。


――できるはずだったのです。


最初の事件が起きるまでは。

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